80~89
カクヨム版の80~89をまとめたものになります
80 遺跡攻略完了、そして――
「本格的な調査は後ほど行うとして――」
ヴィオラが言った。
「まずこの魔道具を持ち帰り、解析しよう。魔物を生み出す種子のことや、その対策法、それに異界の扉のことも分かるかもしれん」
「学術的な調査はあたしに任せて♪」
グラディスの声が弾んでいる。
「はは、そちらは後ほどちゃんと調査チームを組んで行えばよい。もちろんそこにはお前もメンバーとして入ればよいだろう」
「ありがとうございます、殿下」
ヴィオラの提案にグラディスは嬉しそうな顔をする。
「それから『鉄の牙』も本当にご苦労だった。お前たちのおかげで遺跡探索は滞りなく終えられたぞ。ギルドへの報酬は当然だが、それとは別に私からも褒賞を出そう。想定以上の成果だったからな」
「ありがたきお言葉」
三人の冒険者たちは恭しく頭を下げた。
「そして――ディオン、ウェンディ」
最後に彼女が俺とウェンディに向き直る。
「お前たちにも助けられた。正直、私が一番役に立っていないのではないかと思っている」
「そんなことはない」
俺はすぐに首を左右に振った。
「君はこのパーティの精神的な支柱だ。王女の君が中心にいたから、俺たちは十全に力を発揮できた」
「いや、彼らが十全に力を発揮できたのは、お前の力だ」
ヴィオラが今度は首を左右に振る。
「一緒にいて痛感させられたよ。人を束ねる者の力。信頼感や安心感、あるいはカリスマと呼ばれるものなのか……それは私よりも、お前にあった」
「ヴィオラ……」
「私も王女として、もっと磨かねばならないと思ったよ。自分の力を、心を」
言って、ヴィオラは微笑む。
「私にとっても大きな学びの場になった。ありがとう、ディオン」
「そう思えるなら、君には立派な資質がある……なんて、ちょっと偉そうかな?」
「はは、ありがたく受け取るよ。それから――ウェンディ」
ヴィオラがウェンディに視線を向ける。
「お前の【植物魔法】は実に見事だった。お前なくして、ここまで円滑に最深部にたどり着くことはなかっただろう。ありがとう」
「そ、そんな……あたしはただ、えっと、夢中で……えへへ」
ウェンディは照れたような顔になった。
「それに――ディオン様が勇気づけてくれたし」
チラチラと俺を見て、それから自分の手の甲に視線を落とす。
あ……俺が手にキスしたことを思い出してるな、さては。
「? どうかしたか?」
「う、ううん、ちょっと……ね」
「ふふ……あたし、見てたよ。ディオンくんが君の手にキスしてたよね?」
グラディスがニヤリと笑った。
「!」
俺とウェンディは同時に硬直する。
「ふうん……?」
ヴィオラが俺をジト目で見た。
「戦いの最中にそんなことをしていたのか……手に、口づけを……むむ」
なんだろう、ちょっと悔しそうな顔に見えるんだが……?
..81 探索の後の祝宴
ヴィオラはあいかわらず俺をジト目で見ている。
「いや、あれは彼女を落ち着かせるための緊急措置で……」
俺は慌てて言い訳をするが、
「ふーん、情熱的ねぇ」
グラディスはニヤニヤとからかうだけ。
さらにヴィオラはむすっとしたままだ。
「手にキスなんてされたの、初めて……はふぅ」
ウェンディはますます顔を赤くしてうつむいてしまう。
なんとも気まずい空気だった。
遺跡から戻った俺たちは、拠点にしていた宿場町の酒場で軽く打ち上げをすることになった。
『鉄の牙』の人たちはギルドへの報告があるとかで一足先に別れ、残った俺とヴィオラ、ウェンディ、そしてグラディスの四人でちょっとした祝宴を開いた。
席に着くなり、グラディスが俺の隣にぴったりと体を寄せてきた。
「ねえディオンくん、あたしと抜け駆けしない? この後、二人でさ」
色っぽい吐息と共に、豊満な胸が俺の腕に押し付けられる。
この人、本当に距離感近いんだなぁ……。
っていうか、胸大きいし柔らかい……。
「あ、意識してるでしょ?」
「はは……光栄だけど、俺には婚約者いるので」
俺は内心のドギマギを押し隠し、苦笑を浮かべてみせた。
「なーんだ、つまんないの。でも、そういう真面目なところも好感が持てるわよ?」
グラディスは悪びれることもなくウィンクしてくる。
「お前は相変わらずだな」
向かいの席でヴィオラが呆れたようにため息をついた。
「ディオン様、なんかモテモテ……」
ウェンディは俺とグラディスのやり取りを、少し不安そうな顔で見ている。
「まあ、ディオンの女癖の話はいったん置いておいて」
「いや、俺は別に女癖が悪いわけじゃないだろう」
「ジュリエッタに後で言いつけようかな?」
「それはやめてお願い」
「冗談だ」
思わず真顔になった俺に、ヴィオラは微笑んだ。
「ともあれ――今回の探索は大きな成果があった。魔道具の解析次第では、【魔界の扉】とやらの場所が特定できるかもしれん。そうなれば……ローゼルバイト領の疑いも晴れるだろう?」
俺への気遣いが感じられる言葉だった。
「ああ、感謝するよ、ヴィオラ」
俺は礼を言った。
ただ、実際には問題が解決したわけじゃない。
むしろ、これから問題になる可能性だってある。
(もし俺の領内に扉があったら、どうなるんだ……? 疑いが晴れるどころか、さらに立場が悪くなる可能性だって……)
セフィロトの存在。
魔界の扉。
そして、その先に――ゲームと道筋が多少変わるが、結局は悪役令息として破滅の運命をたどることになるのか……!?
依然として気が抜けない状況は続く――。
..82 魔道具解析
領地に戻った俺は、自室で遺跡から持ち帰った魔道具を前にしていた。
一つはコンパスのような形をしたもの。
そしてもう一つは扉のレリーフが刻まれたもの。
遺跡で発見した魔道具は複数あり、そのうちのワンセットを借り受けることができたのだ。
俺としても領内に【魔界の扉】に通じる場所があるのかどうかは早いうちに確定したかったからな。
ヴィオラに借りることができて助かった。
「セレスティアを呼んでくれ」
俺は控えていたルーシアに命じた。
すぐに錬金術師の少女、セレスティアがやって来た。
「ディオン様! お呼びでしょうか!」
彼女の息は弾んでいる。
顔も赤いし、ここまで走ってきたんだろうか?
妙に興奮しているような……?
「ああ。セレスティア、君の錬金術の知識でこれを解析してほしい」
俺は二つの魔道具を彼女に見せた。
ここは錬金術の才能Sランクのセレスティアの出番だろう。
「特にこのコンパスのような魔道具だ。これの使い方を調べてほしい。それが最優先だ」
「は、はい! ディオン様! お任せください!」
興奮気味にうなずくセレスティア。
「なんだか張り切っているみたいだな」
俺は微笑んだ。
「ディオン様があたしを頼ってくれたんですもの。ここは頑張りどころだと思っています」
顔を赤らめ、俺をまっすぐ見つめるセレスティア。
「必ず解析してみせます」
「ありがとう。君がいてくれて頼もしいよ」
「……!」
セレスティアが息を呑むのが分かった。
意気に感じてくれてるんだろうか。
さっきの言葉には特に【人心掌握】はかけてないんだけどな。
まあ、彼女自身、錬金術師として古代の魔道具にすごく興味を引かれてるってことだろう。
「ディオン様のために、あたし――」
真っ赤な顔でそう言うと、セレスティアは魔道具を抱えて出て行った。
彼女の態度には好感や微笑ましさを抱きつつ、俺はやっぱり不安を捨てきれない。
領内に【魔界の扉】に通じる場所があった場合、俺はどう対応すればいいんだろう。
そして俺に待ち受ける運命は――。
..83 魔道具起動
数日が経った。
セレスティアは、俺が持ち帰った魔道具の解析に没頭しているはずだ。
「あのコンパス型の魔道具……あれが鍵になるはずだけど……」
執務室で書類仕事を片付けながら、俺は彼女の報告を待っていた。
すると、その願いが通じたように――。
ばたんっ!
「ディ、ディオン様っ! 分かりました! あのコンパスは……!」
扉が勢いよく開かれ、セレスティアが息を切らして飛び込んできた。
ノックも忘れるほどの興奮ぶりらしい。
目の下にはうっすらとクマができているが、紫色の瞳は爛々と輝いていた。
「セレスティア、解析が終わったのか」
俺は椅子から立ち上がり、彼女を迎える。
「は、はいっ! ……あ、すみません興奮してしまって」
「いや、そこに座ってくれ」
俺は彼女に椅子を進め、俺自身ももう一度着席した。
「コンパス型の魔道具、あれは特定の魔力パターン……それと、空間の歪みを探知するみたいなんです」
セレスティアが説明を始める。
「異空間とか、強い魔力などを探すことができます。その使用方法も把握しました」
その手には、解析結果をまとめたであろう羊皮紙が握られていた。
「よくやってくれた、セレスティア」
俺は椅子から立ち上がり、彼女の手を取った。
さすがはSランクの才能だ。
「たった数日で解析してしまうとは――君のような優秀な錬金術師が側にいてくれることを嬉しく思う」
「っ……!」
たちまち彼女の頬が赤く染まる。
「その魔道具の解析は一刻も早く終えてほしいと思っていたんだ。心から礼を言うよ、セレスティア」
「えへへ……ディオン様のお役に立てて嬉しいですぅ……」
セレスティアはデレデレした様子で体をくねらせている。
俺の褒め言葉が錬金術師としてのプライドをくすぐった感じだろうか。
まあ、実際に彼女は優秀。
いくらでも賞賛したいところだけど、まずは魔道具を使った領内の探知の方が先だろう・
「さっそくだけど、その魔道具で調べたいことがあるんだ」
俺はセレスティアとともに研究所に赴き、魔道具を起動させた。
すると、
「領内の一点で、すごく強い反応がありますね……」
セレスティアが説明する。
「強大な魔力の反応――隣接する異空間に、その発生源があるようです」
「……!」
自分の顔がこわばるのが分かった。
魔道具が示しているものは、おそらく――。
領内に接した異空間内に【魔界の扉】が存在する……!?
..84 調査行
俺はセレスティアが特定した地点へ、すぐに向かうことにした。
彼女と、さらに護衛としてバルゴを指名する。
他には誰も連れて行かず、三人だけの調査行だ。
……正直、今回の調査でローゼルバイト家にとって不都合な事実が判明するかもしれない。
その時、情報の漏洩を防ぐためには、できるだけ調査に同行する人数を減らす必要がある。
セレスティアは魔道具の操作のために必要だし、護衛も一人はいた方がいい。
となれば、騎士の中でもっとも腕が立つバルゴが適任だろう。
バルゴは先日、【ギガントウルフ】との戦いで覚醒ともいえる力を見せた。
その後も訓練に励み、着実に強くなっているはずだ。
というわけで、俺たち三人の調査行となったわけだった。
「ああ、二人は初めての顔合わせだな。セレスティア、こちらは騎士のバルゴだ。バルゴ、こちらは錬金術師のセレスティア。三人で連係して調査を終えよう」
「はい!」
バルゴとセレスティアが同時にうなずく。
「バルゴです。よろしくお願いいたします」
「あ……セレスティアと申します。私こそ、どうもよろしくお願いしますぅ」
と、二人も挨拶を交わす。
お互い、そこまで社交的なタイプじゃないし、おとなしいものだ。
俺たちは馬を走らせ、領内の辺境地域へと向かった。
馬車を使わないのは、今回の調査行にかかわる人数をできるだけ減らすためである。
バルゴは馬も達者だし、俺もそつなく乗りこなせるが、セレスティアはそれほど乗馬が得意じゃないみたいで、彼女のペースに合わせての道程になった。
「すみません、私が足を引っ張ってしまって……」
「いや、むしろ馬車を使用できなくてすまない」
謝る彼女に、俺も謝罪した。
「余計な苦労をかけさせているな」
「そ、そんなこと! 私はディオン様のお役に立ちたいので! 指名していただいて嬉しいです!」
と、セレスティア。
「僕もです、ディオン様」
バルゴも言った。
「騎士たちの中から、僕を選んでいただいて……本当に光栄に思っています」
「剣なら、君以上に頼りになる者はいないからな。今回も何かあったときは頼むぞ」
「――お任せください」
恭しくうなずいた彼の瞳には、以前よりも自信の増した光が宿っていた。
それなりに経験をつみ、騎士団でも揉まれ、実戦での覚醒を経て――自分の実力にある程度の手応えみたいなものをつかんでいるのかもしれないな。
本当に、頼もしい。
「さあ、行こう」
それから、さらに二時間ほど進み――。
「ディオン様、魔道具に反応が!」
セレスティアが叫んだ。
俺たちは馬を止め、魔道具を改めて確認する。
セレスティアが持っているコンパス型の魔道具の針が激しく震え始めていた。
「この近くです」
と、セレスティア。
つまり、この付近に【魔界の扉】につながる空間がある、ということか――?
..85 魔道具が示す場所へ
コンパスの針が激しく震え始めた。
特定の方向を指し示し、微かな光を発している。
「この奥です……!」
セレスティアが指し示したのは、深い森の中。
俺たち三人は徒歩で森の中に歩みを進めた。
この辺りはモンスターが出没する。
俺とバルゴはいつでも剣を抜けるように、気を張り詰めていた。
進むにつれて、空気が重く淀んでいくのを感じる。
瘴気といってもいい異様な気配。
やっぱり、ここにあるのか……!?
嫌な予感が増していく。
やがて、俺たちは森の奥にある開けた場所にたどり着いた。
そこにあったのは――。
「っ……!」
前方に黒く渦巻く何かが漂っていた。
俺は、これを知っている。
ゲームで見たやつだ。
「空間の、裂け目……!」
苦い気持ちでうめく。
まず間違いなく、この向こうに【魔界の扉】があるだろう。
「ディオン様、これは――」
バルゴが剣を抜いた。
「禍々しい魔力が漂ってきます……」
セレスティアは怯えた顔だ。
「あの向こうに【魔界の扉】が存在している可能性がある。セレスティア、魔道具で探知してくれ」
俺は彼女に言った。
「えっ、【魔界の扉】って――」
「その魔道具で探知できるはずだ。違うか?」
「は、はい、でも……」
セレスティアは躊躇している様子だ。
こうなることは彼女も予想できていただろうが、実際に空間の裂け目を前にすると、やはり動揺してしまうのだろう。
「もし、この向こうに【魔界の扉】があるようなら王国に報告する必要がある。王国全体の――いや、世界全体の危機にもつながる」
俺は彼女に懇々と説明した。
【人心掌握】をフル作用させて説得する。
「頼む、セレスティア」
「……わ、分かりました」
ゴクリと息を飲み、セレスティアが魔道具を取り出す。
「では、探知します」
いよいよ判明する。
この向こうに【魔界の扉】があるのかどうか。
だけど――。
魔道具が示した結果は、俺の予想とは少し異なっていた。
..86 異空間に潜むもの
「うーん……魔道具が示す反応が、かなり不明瞭ですね」
セレスティアが眉間を寄せた。
「不明瞭、というと?」
俺の考えでは、まず間違いなく、目の前の空間の裂け目の先に【魔界の扉】があるはずだ。
「【魔界の扉】があるんだろう?」
「それが――魔道具の反応は、それを断定するには心もとない反応なんです」
と、答えるセレスティア。
「禍々しい気配は存在するんですけど、強くなったり弱くなったり、揺らめいているんです……検知される魔力や瘴気が安定していないので、少なくとも【魔界の扉】のような強烈な負のエネルギーを発するものはないんじゃないかと……」
「扉が、ない……?」
俺は安堵と疑念の両方を覚えた。
今までの状況とゲーム本編のシナリオを照らし合わせ、扉はおそらくあるはずなんだ。
けれど、実際に魔道具の反応としては『おそらく存在しない』と出ている……らしい。
いや、これはもう少し詳細に捜査すべきか?
俺が思案にふけっていた、そのときだった。
「なんて……禍々しい気配なの……くっ……!」
突然、セレスティアが震え出した。
恐怖のためか、顔が真っ青になっている。
しまった、魔道具を通じて瘴気に触れすぎたのか?
精神と肉体に悪影響が出ているのかもしれない――。
「大丈夫だ、セレスティア。俺がいる。バルゴもいる。しっかりしろ」
俺は自分の声に【人心掌握】の力を乗せて、彼女に伝えた。
少しでも彼女の恐怖を和らげることができればいい。
……が、それでも彼女は青ざめたままだった。
【人心掌握】を使っても、十分に効果が得られていない――?
それだけ瘴気が強大ということだろうか?
魔界のオーラである瘴気には、人間の精神に侵食し、汚染する力がある。
気を強く持てば大丈夫だが、心の弱い人間はまれにそのまま精神を砕かれて廃人になることもある、という設定だったはずだ。
あるいは、セレスティアは特に感受性が強いのかもしれない。
「あ……あぁぁ……」
彼女が泡を吹き始めた。
「お、おい! しっかりしろ!」
俺はセレスティアの肩を掴んで揺さぶるが、通じない。
瞳孔が開ききっていて、焦点が合っていない。
これはまずい、かなり危険な状態だ――。
「ちいっ……!」
俺は意を決して彼女の唇に自分の唇を重ねた。
前回、ウェンディの手にキスをして発動した【接触型・人心掌握】。
あれと同じ原理で、より強く俺の想いを、力を、言葉に乗せて彼女に送り込む。
「気を強く持て、セレスティア。俺が側にいるぞ――」
唇を触れ合わせながら、俺は彼女を落ち着かせるために言葉を紡いだ。
俺の存在を、彼女の心に深く刻み込むように。
「……んっ――ぅ……」
ほどなくして、セレスティアの体の震えが収まり、瞳に光が戻り始めた。
ゆっくりと焦点が合っていく。
「……まるで王子様の目覚めの口づけですね」
不意に、バルゴがそんなことをつぶやいた。
……こいつ、そういうことも言うんだな。
ちょっと意外に思った。
いや、今はまずセレスティアのことだ。
――さっきのキスは、命を救うための緊急避難ということで許してもらおう。
俺は内心でそう結論付けた。
とはいえ、この状況を無駄に彼女に伝えて、気持ちを傷つけるのもよくないし、かといって黙っているのも罪悪感があるし……。
どうすればいいんだろう?
俺はセレスティアから視線を外し、答えの出ない問いに頭を悩ませた。
..87 キスの余韻と恋心の自覚
「ありがとうございました……ディオン様……私、気を失ってましたよね……」
セレスティアが弱々しい声で語る。
「あなたのおかげで……目を覚ますことができました……」
ん? まさか、俺がキスしたことに気づいているのか?
もしそうなら、まず謝罪を――。
「す、すまない、セレスティア。俺は……」
「ディオン様、私……嬉しいです」
俺の言葉を遮るようにセレスティアが微笑んだ。
「だから、謝らないで――」
気づいているんだろうか?
それとも――。
「今は、魔道具の反応のことでしょう?」
セレスティアがゆっくり立ち上がる。
「大丈夫か? ――っと」
ふらついた彼女を、俺は横から支えた。
「もう少し休んでいろ」
「……は、はい」
俺たちはしばらく休息を取った。
「とにかく、いったん戻ろうか。本格的な調査はもう少し準備を整えてからだ。現状で、他に調べられそうなことはあるか?」
「いえ、この二つの魔道具を使って可能な探知はすべて終えました。その結果の解析は、研究所に戻ってからになります」
と、セレスティア。
その声音は、既にはっきりしたものに戻っていた。
※
(私、ちゃんと気づいてますからね……ディオン様)
調査行からの帰路、セレスティアは隣に座るディオンの横顔を見つめながら、うっとりとつぶやいた。
強烈な瘴気を浴びて意識がもうろうとしたとき、ディオンが自分の唇を奪ったことを――。
その驚きと甘美な感触によって、セレスティアの意識は覚醒し、気をしっかりと持つことができた。
それがなければ、もしかしたらセレスティアは瘴気に取り込まれて、二度と意識を取り戻さなかったかもしれない。
(初めてのキス……ディオン様と……ふふ)
唇に残る熱い感触を思い返しながら、セレスティアは悩ましげな吐息をもらした。
もともと淡い憧れを抱いていた相手ではあるが、先ほどのキスを受けて、その気持ちは一気に加速していた。
(私は、ディオン様が――好き)
相手に婚約者がいても、もうこの気持ちは止められない。
この気持ちは――まぎれもなく恋心なのだと。
錬金術師の少女は完全に自覚していた。
..88 ヴィオラへの報告
調査から戻り、資料をまとめると、俺はその足で王都に向かった。
ローゼルバイト領内で瘴気を発する不審な空間が存在する――。
そこに【魔界の扉】が存在するかどうかは不明だが、まずは第一報として報告することにした。
もちろん、この情報によってローゼルバイトは目を付けられるだろう。
しかし、だからこそ迅速に報告する必要がある。
下手に時間を置くと、何かを隠しているのではないかと怪しまれる可能性があるからな。
判断の慎重さと行動の迅速さ――その両方が同時に求められる局面だ。
王都に到着すると、幸いにもすぐにヴィオラに会うことができた。
彼女は王族でありながら、以前の事件で共闘した戦友でもある。
その信頼関係は、俺にとって大きな心の支えとなっていた。
「――以上が、俺の領内で探知された不審な異空間についての報告だ」
俺はヴィオラに対し、調査で判明した内容を詳細に説明する。
現状、俺が抱えている錬金術師に調査結果を解析させていることも付け加えた。
「……なるほど、お前の領地で不審な異空間、か」
ヴィオラは腕を組み、険しい表情で俺の報告を聞いていた。
「実際に、そこに【魔界の扉】があるのかどうかは、まだ分からない。もし扉があるなら、もっと強烈な瘴気の反応があるはずだ、とセレスティアは言っていたからな」
俺は補足情報を加える。
「セレスティア? その錬金術師というのは女か?」
ヴィオラがわずかに眉をひそめる。
「ああ。俺とそう年齢は変わらないが……優秀な素質を持っているよ」
俺はセレスティアのことを思い浮かべ、にっこりとして説明した。
彼女の才能は本物だ。
「個人的には宮廷錬金術師に匹敵……いや、凌駕する才能だと思っている」
「……ほう」
ヴィオラが興味深そうに、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「お前がそこまで言うなら、私も一度会ってみたいものだ」
「はは、機会があれば、な。ちょっと人見知りはするが――」
俺はセレスティアの性格を思い出し、苦笑した。
確かに彼女は優秀だが、初対面の人間に対しては極度に緊張する傾向がある。
「ともあれ、俺としては王国に叛意があるわけじゃない。もし【魔界の扉】が領内の異空間に存在するなら、これの対応に全力を尽くしたいし、当然王国とも密に連携したいと思っているさ」
俺は真剣な表情でヴィオラに告げる。
「うむ。私も、お前のことを信じている。こうして真っ先に報告に来てくれたことを嬉しく思うぞ」
ヴィオラは力強くうなずいた。
その言葉に俺は安堵する。
「俺も、君を信じている。他の王族にいきなり言うのは、正直なところ……少し不安だった。問答無用で投獄されることはないだろうが、最初から疑いの目で見られていたかもしれないからな」
ヴィオラだからこそ、こうして率直に話せるのだ。
「私たちは戦友だ。その信頼は、これからも続いていく」
「そう願いたい」
俺たちは見つめ合い、互いに微笑んだ。
この信頼関係で、これから先の局面を乗り切っていきたいものだ――。
..89 アレクシスとの再会
「【魔界の扉】や【セフィロト】の存在……そして、【メタシード】によって生み出されるモンスターによる被害は王国全体の問題だ。お前たちローゼルバイト家がそれを意図的にもたらしているわけではない、ということは私から王に強く伝えるつもりだ」
ヴィオラが言った。
「ありがとう。ただ……おそらく『ローゼルバイトに王家への叛意あり』と考える貴族はいるだろうな。王族だって――」
俺はため息をついた。
そこはどうしたって避けられない。
「ああ。私としてはアレクシス兄上にも、この件を相談したいと思っている。お前とも顔見知りだし、どうだろう?」
「アレクシス様がローゼルバイト家の後ろ盾になってくれるなら、ありがたい話だ」
俺は言った。
「では、さっそく兄上に話を取りつけよう。できるだけ早い段階で会った方がいいと思うし、緊急案件ということで伝える」
そして、その日の午後、さっそくヴィオラを交えたアレクシスとの会談が実現した。
スピード感があってありがたい。
これはヴィオラ自身の有能さにも起因しているんだろう。
持つべき者は友だちである。
「私だって、お前の役に立てるんだからな」
アレクシスの元へ向かう途中、ヴィオラが言った。
「感謝してるよ」
「ウェンディやジュリエッタだけじゃない、私だって……」
ん? 彼女の横顔に一瞬、寂しげな様子が見えた気がしたけど……?
俺とヴィオラはアレクシスの執務室に案内された。
「しばらくぶりだな、ディオン」
椅子から立ち上がり、俺たちを出迎えるアレクシス。
「ご無沙汰しております、アレクシス様」
俺は一礼した。
「プライベートのときは『様』も別にいらんぞ」
アレクシスが笑う。
精悍で整った顔立ちをした十七歳の王子。
ゲーム内では攻略対象キャラクター……つまりヒロインのウェンディと結ばれるルートが用意されているキャラの一人である。
とはいえ、この世界では特にウェンディと接点があるわけではなさそうだが――。
「今回は少し込み入った話になります、アレクシス」
「敬語もいらない。正直言って、俺はお前と良き友人になれそうな予感がしている。この際、もっとくだけた口調で話す間柄にならないか?」
アレクシスが促した。
「俺は、もっとお前のことを知りたいんだ、ディオン」
友人、か。
これから先、俺は【魔界の扉】関連で苦境に立たされるかもしれない。
その際、力になってくれるのは王族であるヴィオラやアレクシスだろう。
アレクシスとはもっと仲を深めておく方がよさそうだ――。
そんな打算を頭の中で働かせつつ、俺は微笑んだ。
「では、お言葉に甘えて……ここからは友人として話させてもらうよ、アレクシス」
言いながら、俺は【人心掌握】を最大にして語り掛ける。
「俺も、君とは良き友人になれそうな予感がしている。今後ともよろしく頼む」
さあ、ここからは人脈作りの時間だ――。
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