66 貴族令嬢とメイド、恋のバトル(ジュリエッタ視点)
「ルーシア、待って!」
ジュリエッタは若いメイドの後ろ姿を見つけると、走って追いかけた。
「ジュリエッタ様?」
キョトンとした顔で振り返るルーシア。
ジュリエッタは彼女の元まで駆け寄った。
「はあ、はあ……よかった、気がついてもらえて……」
息を整える間もなく、深々と頭を下げる。
「さっきは……失礼な態度を取ってしまったわね。本当にごめんなさい」
自分の行いを思い返し、あらためて罪悪感がこみ上げた。
「ジュリエッタ様……私のような者に、そんな……」
ルーシアは明らかに恐縮している様子だ。
それも当然だろう。
自分は侯爵家の令嬢で彼女は一介のメイドに過ぎない。
そこには絶対的な身分の差が存在するのだか。
だからこそ――さっきのような態度は、決して取るべきではなかった。
相手が逆らえないことを分かっていながら、感情に任せて攻撃的な言葉をぶつけるなど……最低だ。
自己嫌悪に、ジュリエッタの心は深く沈んでいく。
「いえ……違うの。自分を恥じているの。どうしたら、あなたに許してもらえるかしら……」
ジュリエッタはうつむいたままだ。
「お気になさらないでください」
ルーシアの声は落ち着いていた。
「お顔をお上げください」
「……ルーシア」
ジュリエッタは言われたとおり、顔を上げた。
ルーシアは笑顔だ。
相手が怒っていないことを察して、少し安堵する。
と――、
「ジュリエッタ様からすれば当然の態度でしょう? 過去はともかく、今のジュリエッタ様は――ディオン様に恋してらっしゃいますものね?」
言って、ルーシアが口の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。
さっきまでの恐縮した態度とは違う――。
「でも、あたしだって」
ルーシアは続ける。
「ディオン様と一緒にいる時間なら、ジュリエッタ様よりずっと多いんですよ?」
「ルーシア……?」
ジュリエッタは眉をひそめた。
メイドらしからぬ、挑戦的な態度だった。
「身分違いですけど……でも、古今東西、身分の差を乗り越えて結ばれた貴族の男性も女性もいくらでもいます」
ルーシアの瞳が、爛々と輝いた。
「あたしは……以前のディオン様は高圧的で、人使いが荒くて、本当に嫌でした。嫌悪感しかありませんでした。ですが、今は違います」
「ち、ちょっと、あなた……何言って……」
ジュリエッタはルーシアから放たれる気迫に押されていた。
反射的に後ずさる。
「こういう時だから本音を言っているんですよ?」
ルーシアは一歩踏み出し、ジュリエッタとの距離を詰める。
「平たく言いますと――『ケンカを売って』います」
ルーシアの眼光が、さらに鋭さを増した。
「あたし、退きませんから。ディオン様のことを本気で好きになったんです」
「……!」
ジュリエッタは息を呑んだ。
まさかの宣戦布告だった。
こういった恋の戦いや駆け引きには慣れていない――というか、完全に未知の体験だった。
「……私だって退かないわ」
それでもジュリエッタは自分を奮い立たせ、ルーシアと向かい合う。
「私だって」
ごくり、と喉が鳴る。
今まで誰にも言えなかった、心の奥底に秘めていた本音。それが堰を切ったように口をついて出た。
「私だって……ディオンが好きなんだから!」
「では、恨みっこなしですね」
ルーシアは不敵に微笑む。
「恋の勝負にメイドも貴族も関係ありませんから」
「……上等じゃない」
ジュリエッタも言い返す。
互いの間で、見えない視線の火花が激しく散った。
二人の美少女が熾烈な恋のバトルを開始したことを――ディオン・ローゼルバイトは当然のごとく、何も知らないのであった。
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