63 有能メイドのルーシア1
「しばらくの間、部屋にこもって仕事の整理をしたい。軽食を用意してもらえるか?」
「かしこまりました、ディオン様」
ルーシアは一礼して去っていく。
俺は部屋に入り、執務用の椅子に腰かけた。
まず頭の中を整理する。
普段の領地経営にワイン事業の報告、バルゴたち騎士隊の訓練状況、セレスティアの研究所設立の進捗、ミリィの販路開拓、クリスティナの土壌改良……。
たった半日不在にした間にも、領内でみんながそれぞれ動いている。
当然それに伴う問題も出てくるし、成果も出てくる。
それらを受けて、今後の方針を決定する――課題は山積みだ。
「だけど、やりがいはあるよな」
俺は小さく微笑んだ。
やらされている仕事じゃない。
これは俺が選んで、俺自身の意志で始めた仕事だ。
この領地の窮状を救い、俺自身の没落と破滅の運命も変える――そのためにやっていることなんだ。
と、
こんこん……。
控えめなノックの音がした。
「どうぞ」
「失礼いたします」
ドアが開き、ルーシアが入ってきた。
コーヒーと軽食を載せた銀のトレイを運んでくる。
「軽食をご用意しました。どうぞお召し上がりください」
「ありがとう」
いい匂いがする。
軽い炒めものとスープなんだけど、ルーシアが作ったものは一流レストランも顔負けなくらいに美味しい。
と、もう一つ小さな焼き菓子が置いてあった。
以前、俺が『気に入った』と話したことがあった菓子だけど、確か領内では手に入らないはず――。
「こちらは私の方で手配して取り寄せました。前にディオン様がお気に召したようなので」
ルーシアが微笑む。
「最近、特にお忙しそうですから。少しでも気が休まれば、と」
「ありがとう、ルーシア。嬉しいよ。それにすごく気が利くんだな」
俺は彼女を褒めた。
「恐れ入ります」
恭しく一礼するルーシア。
彼女は万事に付け控えめだが、仕事はそつなくこなす。
そして、時折こういった気遣いも見せてくれるんだ。
目立たないけど、すごく優秀なメイドなんだろうなと以前から想っていた。
ふと【鑑定】してみた。
【メイド技能:S】
そう表示される。
「なるほど……納得」
「?」
俺のつぶやきにルーシアがキョトンとする。
「君の働きは素晴らしい。どうか、これからも俺を支えてくれ、ルーシア」
「どうかなさったんですか、急に……」
「有能な人材は宝だからな。ぜひこれからも力を貸してほしいと思っただけさ」
俺はルーシアの肩に手を置いた。
「ありがとうございます、ディオン様。そう言っていただけると嬉しいです」
ルーシアは頬を赤く染め、笑顔になった。
「誇らしい気持ちになれます」
バルゴの剣術にセレスティアの錬金術、クリスティナの人望やミリィの商才、そしてルーシアのメイド技能。
俺の周囲にはSランクの才能たちが満ちている――。
それは得難い幸運であり、大切にしなきゃいけない縁だと思う。