57 魔創樹セフィロト
「魔物は『種子』から誕生する、というのが魔術師協会の解析の結果だ。その種子のことを【メタシード】と呼ぶことにしたそうだ」
ヴィオラが説明を始めた。
知ってる話だが……ここは初耳のフリをしておこう。
「【メタシード】か……」
俺は相槌を打った。
「どこからともなく種が飛んできて、地面に落ちたら、そこから魔物が出てくるんでしょう? 厄介ね」
ジュリエッタが顔をしかめる。
「城壁では侵入を防ぐことは難しいでしょうし」
「ああ、対応に苦慮するのはそこだ」
ヴィオラがうなずいた。
確かに、空から降ってくる種子を城壁で防ぐのは難しいだろう。
「あの……【メタシード】っていうのは、どこからか飛んでくるの?」
ウェンディがおずおずとたずねた。
「種子っていうことは、本体がどこかにあるとか?」
本体――。
ゲームの設定では【メタシード】は【魔創樹】と呼ばれる魔界の樹木が生み出し、時空を超えてこの世界に飛んでくる。
もっとも、それを主人公のウェンディが知るのはゲーム後半に入ってからだ。
「まだ仮説だが……どうやら異空間に本体となる樹木が存在しているようだ」
ヴィオラが答えた。
なるほど、現段階でもそこまで判明しているのか。魔術師協会の解析能力も侮れないな。
「異空間――別の世界ってことよね?」
ジュリエッタが確認するように言う。
「そうだ。神話に語られる【魔界】ではないかという説もあるし、竜族の作り上げた特殊な空間だという説、あるいは錬金術師の術式だとか、古代文明の遺産の暴走だとか……とにかく、いくつもの仮説が出ている段階でまだ特定はされていない」
ヴィオラは説明を続ける。
「ただ、その異空間はこの世界と極めて近しい場所にあり、二つの世界は扉でつながっているようだ。そして、その扉は――グレイス王国のどこかにあるらしい」
「…………」
俺は平静を装い、その話を聞いている。
ゲームでは、魔界の扉は俺の領地――ローゼルバイト領にあったはずだ。
もし、この世界でもそうだとしたら――。
領内に魔界の扉があると知られたら、国からの心証は最悪だろう。
ただでさえ悪評のある俺だ。
『魔界の力をもって国内に混乱をもたらした』とか、『国内の転覆を狙っている』とか、そんな穿った見方をされる可能性だって十分にある。
ただの貴族ならまだしも、俺は悪役貴族だからな……疑われ始めたらキリがない。
「既に候補地は絞り込まれつつあるらしい」
ヴィオラが、まるで俺の心を見透かしたかのように、意味ありげに言った。
「候補地……」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ちなみに、お前のローゼルバイト領もその一つだ」
「……!」
まさか、そんな直球で来るとは……!
俺は思わずヴィオラを凝視した。
彼女の真紅の瞳が、俺の反応を探るように細められる。
さて、この話題にどう対処するか――。