53 主人公ウェンディ・ラミルの学院生活4(ウェンディ視点)
「どうかしたの、ウェンディ? 顔が赤いけど」
ジュリエッタが怪訝そうに彼女を見つめた。
その声に、ウェンディは内心でぎくりとする。
「えっ? あ、ううん」
慌てて首を左右に振るウェンディ。
心臓がどきどきと早鐘を打っている。
(ごめんね、ジュリエッタちゃん)
ちょうどジュリエッタの婚約者のことを考えていたところに、その彼女本人から問いただされると、妙な罪悪感を覚えてしまう。
だって、あの人はジュリエッタの婚約者なのだから。
自分が想いを馳せるなんて……。
湧き上がる想いを懸命に打ち消した。
「本当に……なんでもないから……」
言いながら、ウェンディはその笑顔が引きつっているのを感じていた。
ごまかせているだろうか? と不安になってくる。
――と、そのときだった。
「ん? あれはなんだ」
ヴィオラがすっと立ち上がり、前方に目を凝らす。
彼女の視線の先で、ざわめきが聞こえてきた。
きゃあきゃあ、と甲高い声がそれに混じっている。
女子生徒たちが何やら騒いでいるようだ。
「えっ……?」
ウェンディはハッとした顔で前を見つめた。
一人の少年が、こちらに向かって歩いてくる。
制服姿ではない。
ということは、学院の生徒ではないのだろう。
スラリとした長身が目を引く。
黒い髪に、深く赤い瞳。
どこか陰を含んだ色香を感じる、その妖しいまでの美貌は――ウェンディにとって、見覚えのあるものだった。
そう、彼女がこの二カ月間、ずっと焦がれるように想っていた少年の姿だ。
「ディオン様……!」
思わず熱情を込めてつぶやいてしまった。
「ディオン!」
その隣で、ジュリエッタがパッと顔を輝かせ、弾むような声を上げた。
「ふふ、久しいな」
ヴィオラがニヤリと楽しそうに笑う。
彼は王立学院の生徒ではない。
けれど、数か月前まではここに在籍していたと聞く。
素行不良や、そもそも通学に熱心ではなかったために、半ば退学扱いの自主退学となったようだが――。
そんな噂も、彼のミステリアスな魅力を増しているようにウェンディには思えた。
「ジュリエッタ、ヴィオラ。それに――」
ディオンがこちらに気づいたようだ。
彼の視線がジュリエッタとヴィオラを順番に捉え、最後にウェンディに向けられた。
「ウェンディも。久しぶりだな」
微笑む彼の顔は――二か月ぶりに間近で見ても、やはり心臓が跳ね上がるほどに魅力的だった。
「お、お久しぶりです、ディオン様」
ウェンディはドギマギしながら、手を振った。
気持ちがどうしようもなく弾むのを自覚していた。