52 主人公ウェンディ・ラミルの学院生活3(ウェンディ視点)
魔物騒動は当時、学内でも大きな話題になっていた。
ウェンディは小さく息を呑んだ。
(……ディオン様。やっぱり、ただの『悪の令息』なんかじゃない)
あの日、目の前で咲いた花を見たときのように、心の奥で何かが揺れた気がした――。
彼が自分に向けてくれた優しい言葉、自信を与えてくれた力強い眼差しを思い出す。
「……ん? ウェンディまで複雑な表情だな」
ヴィオラに鋭く指摘され、ウェンディはハッとした。
さすがは王女様だ。観察眼に優れているのだろうか。
生き馬の目を抜くといわれる宮廷で生きていくには、それくらいの観察眼を備えていかなくてはならないということなのかもしれない。
「あ、あたしは、別に」
ウェンディは慌てて首を振る。
「……ちょっと、ウェンディまでディオンを意識してるんじゃないでしょうね?」
ジュリエッタが不安そうな、少し咎めるような目でウェンディを見た。
「ち、違うよ、ジュリエッタちゃん」
ウェンディは慌てて手を振った。
(違う……けど……)
完全に否定できない気持ちが、ウェンディの中に確かにあった。
と、
「あれから調査が進んで、一つの事実が判明した。どうも魔物を生み出す種子――【メタシード】なるものが存在するらしい」
ヴィオラが声を潜めた。
「王国内の各地からそれが飛来したという報告がある。そのうちの一つは……ローゼルバイト領からやって来た、という話だ」
「えっ、それってディオンの家の領地じゃない!」
ジュリエッタが声を上げた。
「……声が大きい」
「あ、ごめん」
慌てたように口を手で押さえるジュリエッタ。
「でも、ディオンの家が……そんな……」
「いや、あいつ自身がなんらかの悪事や陰謀に加担しているとは思えん」
ヴィオラがフォローした。
「目を見れば分かる。綺麗な、澄んだ目をしていた。それに私を助けてくれた……あのときのディオンは――うん、格好よかったぞ」
「……なんか、ちょっとにやけてない?」
「そんなことはない」
ヴィオラは言ってニヤリとした。
「お前の婚約者を取る気はないから安心しろ。まあ、以前に聞いたように婚約破棄でもするつもりなら、私とて考えなくもないが――」
「ち、ちょちょちょちょちょちょっとヴィオラ!」
「はは、慌てるな。冗談だ」
「もう……」
言いながら、ジュリエッタの顔は赤い。
(ジュリエッタちゃん……ディオン様のこと、本気で好きなんだ)
ウェンディは確信した。
二人は婚約者であり、しかも当初は婚約破棄を思い詰めていたジュリエッタが、現在ではディオンに惚れている――となれば、もはや問題はないのだろう。
自分が割って入る余地などない。
(……って、ちょっと待って! 割って入るって何よ!?)
ウェンディは自分の考えにギョッとなった。