22 恋する錬金術師(セレスティア視点)
やがて馬車は領主の館に戻ってきた。
ディオンとの視察もこれで終わりだ。
今日一日は、本当に夢のような時間だった。
それがもう終わってしまう――。
セレスティアの胸に寂しさと喪失感が同時に去来する。
「今日は……本当にありがとうございました」
「礼を言うのは俺の方だ。一日付き合ってくれてありがとう」
ディオンが微笑む。
ただそれだけでドキンと胸が弾むのを感じた。
どこか陰のある美貌と優しげな笑顔のギャップが、セレスティアの気持ちを虜にしていた。
「君が錬金術を本気で学びたいと思っていることが伝わってきたよ。研究所を建てるのは正しい選択だった」
「……!」
セレスティアは身を乗り出した。
「私、ディオン様の期待に応えられるように頑張ります。絶対……絶対に……! だから、これからも――よろしくお願いします!」
言葉に熱がこもる。
錬金術の才能、というのは、まだまだ実感が薄いが、少なくともディオンは自分の才能を信じてくれている。
だから、その期待に応えたいという気持ちが強かった。
今日一日を一緒に過ごし、ますますその思いが強くなった。
「俺はいつでも君の味方だ。これから君を支えていくよ」
ディオンがセレスティアの手を取る。
「ディオン様――!」
心臓が痛いほどに鼓動を早め、うっとりした気持ちで彼を見つめていると、館から一人のメイドが出てきた。
「お帰りなさいませ、ディオン様、セレスティア様」
「ただいま、ルーシア」
ディオンが彼女に微笑む。
メイドの少女ルーシアはこちらをチラリと見て、
「お二人とも、仲がよさそうですね」
「えっ? えっ? えええええええっ!?」
セレスティアは思わず声を上げてしまった。
「そ、そんな、私なんかがディオン様と――」
「ふふ、顔が赤いですよ?」
ルーシアが微笑む。
「こ、これは、その……」
「セレスティアは照れ屋なんだ。あまりからかうなよ」
ディオンがルーシアに言った。
「ふふふふ……」
が、ルーシアは意味ありげにセレスティアを見ている。
見透かされているのだろう。
セレスティアの、ディオンに対する思いを。
あるいはこのルーシアもディオンのことを――?
ぱたん。
セレスティアは自室の扉を閉めると、ふうっと息をついた。
「はあ、まだドキドキしてる……ぅ」
胸に手を当てながら、何度も息を漏らす。
ディオンと一緒に過ごした一日は、実質的にデートと言っていい時間だった。
彼はそう思っていないだろうが、セレスティアにとっては生まれて初めてのデートだった。
馬車での移動や研究所の視察で交わした会話の一つ一つを鮮明に思い出す。
「ディオン様……」
その名前をつぶやくだけで幸せな気持ちになれた。
実際に出会うまで、彼に対する印象はあまりよくなかった。
冷徹で傲慢で、悪の令息だと噂されていた。
実際、彼の態度に耐えかねて辞めていった使用人が数十人単位でいるという話も聞いていた。
だが、実際に出会った彼は、まったく違っていた。
優しくて、思いやりがあって、領主の息子として堂々としていて、そして何よりもセレスティアの価値を心から認め、期待してくれている――。
薬師見習いをしていたときは、自分は取るに足らない存在だった。
上司からは厳しい叱責を受ける毎日だったし、同僚も自分を見下していたように思う。
実際、セレスティアは薬師としてはそれほど有能ではなかった、と自覚している。
今までの人生で、自分の能力を誰かに評価してもらった経験がなかった。
だから、彼が自分を評価し、期待してくれたことが本当に嬉しかったのだ。
だが――嬉しいのは、それだけが理由ではないのかもしれない。
「私、ディオン様のことを……」
いや、駄目だ。
芽生えかけた自覚を、すぐに否定する。
彼にはすでに婚約者がいるのだ。
「私は……今は、錬金術のことに集中しよう……集中……集中……」
自分に言い聞かせた。
彼から贈られた魔導書がいくつもあり、今は自宅で読みふける日々だ。
薬師見習いの職は既に辞しており、セレスティアはここ数日、朝から晩まで錬金術の魔導書をずっと読んでいた。
内容は難解だった。
だが、読んでいくうちにスッと自分の中に入ってくる感覚がある。
読めば読むほど理解が深まり、最初は難解だと感じた記述も、理解が進んでいく。
それが楽しかった。
自分には錬金術の才能がある――。
ディオンの言葉を素直に信じられる。
「がんばらなくっちゃ……」
ページを繰る指先に力がこもる。
今は分不相応な恋心はいったん忘れて、錬金術に打ち込もう。
彼の期待に応えるために。
そして自分の可能性を切り開くために。
今は――。
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