はじめてのおつかい
最近の俺の日課を紹介しよう。
まず、朝起きてごはんを食べ、歯を磨き、その後魔導書を読みながら魔法の勉強。
次に、実際に外に出て裏の空き地に行き、両親どちらかの付き添いの下、魔法の実践練習に勤しんでいる。
(はぁ、毎日同じ生活は疲れてきたな。近所に同世代の子どもがいないから、魔法で競い合ったりもできないしな。)
とにかく、今の生活では人に会わない。この世界に来てから、会ったのは俺の家族とご近所さんぐらいだ。
(そういえば、親戚とかいないのかな?誰1人として会ってないぞ。この世界ではそれが普通なのか?
今度、それとなしに聞いてみるか。もしかしたら、同世代の友達を作るチャンスかもしれないしな。)
まぁ、幸いなことにまだモチベーションはあるし、置いていかれないようにもう少し頑張っておこう。
そうして、今日も空き地で魔法の実践練習だ。今日はヘリアが見てくれる日だが、妹のルウナ(妹の名前は両親の大口論の末、生まれてから1週間後に決まった)の世話してから来るそうだ。
「放出する系の魔法はパパやママがいないところで使っちゃダメよ!」
一応、釘は刺されているため、今日は少し趣向の変わった特訓をしてみる。
しかし、最近なんだか外が騒がしい。
天正歴1000年祭もあるらしいが、なにやら勇者が生まれるらしい。世界を救う力を持っているんだとさ。
残念だったな。勇者。世界は平和だぞ。
だが、勇者というものを見てみたい気もするな。やっぱりドラ◯エみたいな、THE勇者って感じなんだろうか。
まぁ、死ぬまでに拝める機会があったら見に行ってみよう。大体、凱旋パレードとかするもんな。知らんけど。
よし。気を取り直して、今日挑戦するのは魔法制御だ。
魔導書には、初級魔法であろうとその魔法を自由に操れるほどの魔法制御ができるようになって、初めて初級魔法士に認められるそうだ。
(原理をある程度理解してからは、結構成長が早いな。魔法制御も炎魔法ならそれなりにできる気がするぞ。)
こんな俺でも、やはり得意不得意はあったらしく、炎魔法が得意で、雷魔法が苦手だった。
いつも通り手のひらから、火を生み出し、色々な形に変えてみるつもりだ。
うーん。そうだな、最初は矢の形にでもしてみよう。
手のひらに魔力を集め、火を作り出し、玉の状態から変形を試みる。
「グギギギ!!」
変な力み声とともに、精一杯形を変えようとしている。
しかし、火の玉はムニュムニュとパン生地のように、色々な形に変えられそうな変形の片鱗だけ見せて、霧散した。
くそぅ。めちゃむずいじゃねーか。
(恥ずかしいな。さっきまである程度理解したから成長は早いとか自慢げに語っちまったよ…やっぱり、慢心は敵だな…)
なかなかできずに、苦戦していると…
「あんた下手ね!こうやってやるのよ!」
そこには、俺と同じぐらいの背丈の少女がいとも簡単に炎を様々な形に変えていた。
炎を矢や長方形に伸ばしたりしている。
髪は綺麗な金色で、髪型は頭に2つ耳のようにだんごが乗っている。シルエットは、夢の国の世界一有名なねずみのようだ。
また、全身を覆うような灰色のローブを着ており、そのローブの刺繍などから、どことなく気品も感じる。
そのうえ、誰がどう見ても美少女だ。
「だ、だれですか!?」
「わたし?私はウリルよ!あんたは?」
さぁ、名乗りなさい!とでもいいたげな態度で、腕を組んで聞いてくる。
(なんか、貴族とかかな…?失礼のないようにだけしとかないとな。いきなり、打首なんてこともあり得るかもしれない。)
「ぼくは、トラン・テラルドです。そこにある家の長男になります。」
「へぇー、その年にしてはすごく礼儀がなってるわね…そんなことよりも、今魔法の練習してたの?」
そういえばそうだ。年齢は俺とおそらく同じぐらいの3,4歳なのに簡単に魔法制御してたよな?
くそぅ、もう才能の差を見せられなきゃいけねーのか…
「そうです。今は、魔法制御の練習をしていました。」
「かなりのちびすけだけど、年齢は?」
おめーもだいぶ、ちびすけじゃねーか。おっと、こんなこと言って俺の首がさよならしてしまう。
「3歳です」
「へぇー!私の一個下ね!いいわ!今日から子分にしてあげる!」
テッテテッレー!トランはウリルの子分になった!
ってふざけんな!そんな暴挙許すか!さすがに、おままごとの延長線的なやつだよな。
だが正直、魔法の先生とかは困ってないが(両親が教えるのが上手いんだよな)ちょうど競い合いたいと思っていたことだ。
ちょっと、俺より魔法が上手いライバルがいた方が燃えるってもんだろ。
「やったー!ウリルの親分の子分にしてくれるんですか。親分のためなら、なんでもやったりますで!」
どうだ!子供心に刺さる、下から出る立ち回り、一朝一夕では身につかないこの小物感!
前世は24歳会社員。下っ端舐めんなよ。上司をおだてるスキルと機嫌を良くするスキルだけは自信がある。
「ふんふん!なかなか見込みがあるわね!じゃあ、探検にでも行く……」
「ウリルお嬢様!!!」
なんだ、衛兵みたいな人たちが2人来たぞ。
やっぱり、いいところの子供だったか…
「げっ………」
「すぐに逃げ出して、私たちを困らせないでください!」
苦労しているのだ。いいだろう。私が許す。連れて行きなさい。
「いまは、子分と遊んでるの!邪魔しないで!」
「いいえ、散歩に行きたいと言って、逃げないと約束したのはお嬢様ですよ。約束を破ったので今日は帰りますよ。」
「えぇーー!」
どうやら、散歩中に抜け出してきたらしい。
「そこのお坊ちゃんがお嬢様の相手をしてくれたのですか?」
「はい。トラン・テラルドです。お嬢様が遊んでくれていました。」
「おぉ。これは丁寧にありがとう。また、何かあったら遊んであげてくれないかな?」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
よし、なんだが知らないがそれなりにいい家系に恩を売れたんじゃないか。うちは、金銭的にも裕福じゃないし、無銭で売れる恩は売っておこう。
「それでは、失礼するよ。
行きますよ。ウリルお嬢様。」
そういって、トボトボと帰っていくウリル。さっきまでの大きな親分の背中が、年相応の少女に戻っていた。
少し歩くと、ウリルは振り返って
「いつでも遊びに来ていいわよ!私の家に!」
笑顔で手を振裏返してあげると、次は嬉しそうに足取りを軽くした。
とは言ったものの、どこに家があるかすら聞いてないんだから行けるわけがないんだが。
まぁ、俺よりも魔法に秀でてるやつはごまんといるんだ。慢心せずに精進しなければ。
「トランー!」
そういって、家から手を振るヘリアがやってきた。何か焦っているようだがどうしたんだ?
「ルウナが熱を出しちゃって…お使いで薬屋に行ってきてくれない?」
所さん見てますか?
はじめてのおつかいが始まりそうです。
°°°
俺のはじめてのおつかいが始まった。
ヘリアの話では、薬屋は家を出てすぐの道をただただまっすぐに進むだけで着くとのこと。片道10分ってとこか。
ちなみに、病気に治癒魔法は効かないらしい。効かないと言っても、超級以上の治癒魔法は病気も治せるらしいが治癒魔法の超級魔法士を熱が出たって理由で動かせないらしい。
まぁ、早速出発だ。
何度かヘリアの買い物に付き合って、通ったことがある道だ。そもそも一本道だし、迷子になることはないだろう。
「こんにちはー!!」
通りすがりの人に元気に挨拶をしながら、目的地に向かう。
もちろん、妹のことは心配だがはじめてのおつかいにすこし心も踊っている。
歳がまだ3歳なため、あたりまえに1人で外出など許されていなかったからな。
「えっーと、ここら辺かな?」
いつも、ヘリアが食材を買うあたりに着いた。
前世でいうところのフリーマーケットみたいな感じで道の両脇に物を売りたい人が集まっている。
いろいろな物を見てまわりたい気持ちも強いが一旦、薬屋を見つけてからにしよう。
3歳の子どもが1人でキョロキョロしながら歩き回っているのを見て、近くにいたおばあちゃんが心配そうに話しかけてきた。
「ぼうず、迷子かい?」
「いえ、妹が熱を出してしまって、薬屋にお使いに来たんです」
「ぼうず、その年でしっかりしてるね〜!薬屋ならそこさ」
おばあちゃんは驚きながらも、指差して教えてくれる。
「ありがとうございます。行ってきます!」
「あぁ、行ってらっしゃい」
会話は最小限で切り上げ、薬屋まで小走りで移動した。
看板には、いかにも薬屋っぽい薬草の紋章が描かれている。
(うんうん!異世界は薬屋でもテンションが上がるな!)
実際に中に入ってみる。
中は思ったよりも広く、文字は読めないがいろんな種類の薬草やらよくわからん粉やらが並んでいる。
文字を読めないのが致命的だな。文字の勉強は魔導書の書いてある範囲ならすこし分かるが、薬草やモンスターの名前などは読めない。
くそー…魔法にばかり集中していて、基本的なところを失念していた…
「へい!いらっしゃい………なんだ、ぼうずお母さんは一緒じゃないのか?」
店員が話しかけてきた。
薬屋の店員といえば、薬の研究者っぽい感じを勝手に想像していたが、どちらかというと陽キャの雰囲気を持つお兄さん?おじさん?がでてきた。
「妹が熱を出してしまって…熱が治まる薬などありましたら頂きたいです!」
「おう!その年でお使いか!すげーなぼうず!すぐに用意しちゃるから待っとけー!」
その後、すぐに薬を調合して持ってきてくれた。クッタ草とヤジマ草のブレンドだとか。
病状の説明とかは別にしなかったので、おそらく、万能風邪薬みたいな感じなのだろう。
風邪には、はやめのパブ◯ンだよなやっぱ。
薬を受け取り、薬屋で売ってる品を見たい気持ちを抑えて外に出る。
すると、大通りの道を小走りで駆け抜ける少女が…
どこからどう見ても、ウリルだよな。
おそらく、また逃げ出したのだろう。
お転婆娘とはこのことだな。
「あ!トラン!また会ったわね!」
げっ…見つかった。
一応、急いでいるのだが無碍に扱う訳にもいかないしな。
「先ほどぶりです。ウリルの親分。また衛兵さんから逃げているんですか?」
「違うわよ!逃げているんじゃなくて、おじさんたちの足を鍛えてるのよ!」
なんとも、口が立つ物言い。衛兵さんもうまいこと言いくるめられているのだろう。
「わたしの家、ここから近いから寄って行きなさいよ!付いて来て!」
今にも走り出しそうな格好で、先導するように少し前に出るウリル
「あ、ちょっと待ってください!妹が熱を出していて、今日は帰らなくちゃいけないんです!」
「妹さんが熱を!?あんたそういうのは早く言いなさいよ!すぐにうちの治癒魔法士のところに行くわよ!」
「え…?でも、超級魔法士じゃないと治せないってママが言ってましたよ?」
「何を言ってるの?だから、その超級魔法士を連れて行こうって言ってんのよ!」
おいおい、超級魔法士なんて世界に100人もいないって話だったぞ?それが家にいるだと?
家が神官かなんかの家系なのか?
この世界の高位な治癒魔法士は神官として、教会に所属しているらしい。
つまり、聖職者and医者ってことだ。
どちらにしろ、願ってもない話だ。
相手がウリルだから、法外な値段をふっかけられるとも思わないしな。
「じゃあ、急いで行くわよ!遅れず、付いてくるのよ!」
「分かりました!お願いします!」
そういって、2人で大通りを駆け抜けた。
少し走ってすぐに見えて来た、大きな家。
うちの100倍ぐらいありそうな敷地だな。
「ここよ!」
「あ!お嬢様!」
門番の衛兵の人たちを軽く無視して中へと駆け込んで行くウリル
「初めまして。ウリルのお友達のトランです。中へ入ってもよろしいでしょうか?」
さすがに、俺まで無視してこんなお屋敷の中に入る訳にはいかない。
超級魔法士のお力を借りる身でもあるしな。
「ウリルお嬢様の…?どうぞお入りください。」
ウリルが戻って来て俺の手を引っ張るような形でお屋敷の中へと入っていく。
「ただいまー!!レレスはいる!?」
「おかえりなさいませ。お嬢様。レレスはここにおります。」
そこに出てきたのは、メイドだった。黒髪で無表情な、いかにも仕事人な感じだ。
そのうえ、スタイルが抜群にいい。
ボッ、キュッ、ボンでは収まらない。バボーン、キュッ、ボンだ。最初にボンバーマンがやりすぎたみたいだ。
っていうか、マジメイドだ…
死ぬ前に見れて良かった…
一回死んでるんだけどな。
「レレスすぐに外出の準備をして!トランの妹が熱を出したの!」
「トランといいますと…そこの男の子のことでしょうか?」
「そうよ!今日から私の子分になったの!」
「左様でございますか。子分の妹君の熱となれば一大事でございますね。お嬢様、今すぐにでも出られますよ」
なんか、ポンポンと話が進んで行くがおそらく、この方が超級魔法士なのだろう。
ただのメイドが超級魔法士?そんなのってアリなのか?
ウリルはかなり身分的に高位ってことだけは確かだな。
「申し遅れました。トラン・テラルドです。
あの…熱ってだけで超級魔法士の力を借りてしまってもよろしいのでしょうか?」
「トレリーナ家メイド長のレレスティアです。もちろん、ウリル様のお友達に協力は惜しみません。」
なんでいい人なんだ!
しかも、メイド長とはこの人以外にもメイドがいるのか!?
是非とも、見てみたい物だな!
「とにかく、すぐに出発よ!」
そんなウリルの号令とともに、また屋敷から飛び出して、我が家へと向かった。