プロローグ
「ふぅ〜…なんか起きねぇーかなー。」
そんな小さな声で発した言葉とともに会社のデスクで凝った体を伸ばして、ため息をつく。
生まれてからそれなりに楽しく生きてきたが、何かに夢中になれることはなかった。
今は24歳の会社員。毎日、無気力に惰性の日々を過ごしている。
俺は小さい頃から、なんでも器用にこなすタイプだったため、勉強さえ始めてみれば成績がぐんぐんと伸び、難関大学に合格した。
しかし、別にいい大学に入りたいと言うような野望があったわけではなく、周りがやっているからと言うような軽い理由で勉強をしていた。
そのまま、難関大学から無難な大企業に就職。2年も経ってしまえば、ある程度仕事もわかってきた。
俺には出世欲がない。
毎日がゲームのデイリーをこなすような感覚に陥り、意義を見いだせずにいた。
仕事に意義を求めるなって言いたいんだろ?
分かってるさ。俺でもそんなこと。
まぁ、見てもらったらわかる通り、俺には大きな夢もない。
それなりの人生を歩めたらいい。でも、なにか大きなことに挑戦してみたい。と心で思っているだけの典型的なダメ人間だ。
えっ、今の会社で上を目指せばいいじゃないのか。って?
おいおい、馬鹿なこと言うなよ。全くダメ人間を理解していないな。
忙しくなるのも嫌なんだよ。
人生自由な状態で、生き甲斐につながるような挑戦がしたいってだけだ。
だが……もう、この世界に24年も生きてればわかる。そんなの夢物語だ。不自由を楽しめる人間だけが大きな挑戦権を得られるんだ。
このまま、卒なく人生を送り死んでいくんだろうか。
そんな考えに耽りながら、会社を出る。
これまでの人生を考えた時、その時々では熱中していても何かを成すような大きな成果は何も得られていない。
なぜなら、上には上がいるからだ。
繰り返しになるが、自分は何事も上手くできるタイプだと自負している。
人よりも吸収がはやく、生き方だけ見ればうまくやってきたと思う。
だが、「本物の才能」を前にしたら自分の才能なんて「偽物」だった。
生まれてから色々なことに手を出してきた。塾、書道やピアノ、柔道やテニスやら様々なスポーツまで、すべて上手くやってのけ、すごいと持て囃され、本物の才能を前に挫折する。
できないことも少なかったが人前でできると豪語するほどのこともなかった。
それが俺の人生だ。
この世界で「才能」とはそれほど無慈悲なものなのだ。「努力」すれば、なんとかなる。そんな世界なら今の人類の進歩は確実になしえていない。「才能」を持った人間が「努力」して始めて、本物になるのだ。
だが、俺にあった才能は「なんでも器用にこなす」って言う才能だ。欲しい人は欲しいと思うだろう。でも、上手くはなれるがトップにはなれない。
まさしく、器用貧乏だ。
「まぁ、やるしかないか」
ほとんどの人間が「持たない側」だ。俺1人がくよくよ悩んだ所で現実は変わらない。とにかく今を一生懸命に生きよう。そう決めて俺はまた歩き出した。
家までの帰り道の交差点で信号を待ちながら、晩御飯をどうしようかと考えていると、4,5歳ぐらいの少女が後ろから話しかけてきた。
「みてみてー!キレイでしょ!」
そう言って見せてきたのは小さなキラキラしてボール?玉?であった。おそらく、UFOキャッチャーや近所の駄菓子屋で手に入れたのだろう。
「キレイだね!おじさんにくれるの?」
「あげないよ!見せただけ!宝物だもん!」
あぁ、かわいい!俺にロリコンの趣味は無いがこれはかわいいな。こういう子が小悪魔系な女の子に育っていくのだろう。
後ろにいた、お母さんから「ごめんなさいねぇ〜」と言った言葉に軽く会釈で返した。何を言いますか!疲れた日々の癒しになってます!
俺は少女の頭を撫でながら言った。
「じゃあ、無くさないように大切にするんだぞ!」
すると、少女は満面の笑みで返した。
「うん!」
うんうん!可愛い少女に声をかけられた。これは確実に今日はいい日だな!
帰りに鰻でも買って帰ろうか!
さっきまでくよくよ悩んでた自分が馬鹿らしくなってきた。
しかし、さっきから気になるのがなんかさっき見せてくれた玉、奥の方が赤黒く光ってないか?まぁ、元からあの色だったと言われるとそんな気もしてくる。まぁ…いいか。
「ねぇねぇ!お兄ちゃ・・$\=+:「)/」&-・・だった〜?」
ん?なんだ途中にノイズのようなものが入って聞こえなかった。耳鳴りか?いや、違うな。あの玉が今度は確実に光った気がする。
「えーと、ちょっとその玉貸してもらってもいい?」
少女はぽかんとした顔をしてからまた笑顔で
「いいよ!でもあげないからねー!」
「ありがとう!すぐ返すね!」
少女からその玉を受け取ったその時だった。
トラックが減速する様子もなく俺たちがいる交差点の歩道へと突っ込んできたのだ。そして、まさにその軌道上には俺と少女がいた。走って回避、いや、間に合わない!
「あぶない!!!!」
すぐさま、少女を突き飛ばした。次の瞬間、俺は恐ろしいほどの速度で吹き飛んだ。自分が体験した中で1番のスピードと浮遊感を感じた。そしてコンクリート製の壁に激突した。
「カハッッッッ!!!!」
大きな血の塊を吐きながら、ドサッと音を立てて地面にダイブした。このままどこまでも落ちて行きそうなほどだ。
これは、、、死んだな、、、
初めての経験でも分かる。これは死んだ。恐らく次に目をつぶればもうこの世に俺はいないだろう。
顔が1ミリも動かないから少女の安否や自分の体がどうなっているかなどは分からない。だが、体は灼熱の風呂に入っているほど火照っている。
(体は無事じゃないだろうな。なんか人として曲がっちゃいけない方向に曲がってる感じするし。
少女は無事だってことを祈っておこう。無駄死になんて俺が可哀想だしな。)
走馬灯のように自分の人生が思い出される。人の顔色伺って、才能の壁にぶつかったら、やる気無くして、本気になるのが馬鹿らしいなんてさえ思って…
ああ、もっと好きに生きればよかったな。何もしてないじゃないか。後悔先に立たずってこういうことなんだな。
まぁ、でも最後に少女を助けれたじゃないか。自分の人生での最大のビッグイベントがまさか、死ぬ直前だとは。
周りの大人がうるさいな……静かにしてくれよ……最後なんだから……
そう思いながら目を瞑った。
最後に視界の端で握ったままであった少女から貰った玉が光った気がした。