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ウィッシュ

作者: かのん

 メイド服に身を包んだ少女ロマは、朝の支度を進めて行く。

 朝一番は、カーテンを開き窓を開けて外の空気を家の中へと招き入れる。太陽の日差しを感じながら、ロマは外を眺める。

 蝶々が飛び交う庭には、美しい薔薇が咲き、他にも様々な植物達が生き生きとしていた。

 いつもならば、庭の手入れへと移るロマだけれど、今日は違う。

 高揚した様子で、部屋の中の奥へと向かい、首にかけていた鍵で扉をカチャっと開く。

 部屋の中には、様々な機材が置いてあり、その中央に光の玉のようなものが一つ浮いている。

 ロマが時計の針へと目を移すと、西暦と年月日とがピタリと目的の時間を指し示した。

「お誕生日おめでとうございます。マスター」

 静かにそう告げた瞬間、光の玉が眩しく輝き、可愛らしい瞳がぱちりと開く。

「起動完了」

「はい。おはようございます。さぁ、今日から忙しいですよ」

 楽しそうにそう口にすると、ロマは光を手の上へとすくいあげ、部屋を出て、出たその部屋にはしっかりと鍵をかける。

「私はロマ、貴方にこれから人間についての知識を与えていきます。貴方が目指すのは人間です」

「人間……ヒューマン……」

「そうです。貴方の体は小さな機械の集合体であり、簡単に言うとロボットという存在です。学び、成長する過程にて体を構築しなおし、いずれ人間となるのです」

「了解」

「ふふふ。そういう時は、わかったよ、というのです」

「わかったよ」

「いいですね。さぁ、まずは、形の生成からですね。カタログを見ながら決めていきましょうか」

「わかったよ」

 ロマは楽しそうに、部屋を移動すると、今の部屋の本棚から、いくつかの人のカタログを取り出すと机の上に広げていく。

「まずは、赤子の形状からにしましょう。どんな風貌にしますか?」

 カタログには、眼球、唇、骨格、様々な物が事細かに記載されており、ロマはそれらに指さしながら口を開く。

「私はこちらをお勧めします」

「わかったよ」

「ではこちらにいたしましょう」

 ロマはそういうと、指でカタログをはじいた瞬間、空気中にそれらの体の部位が浮かび上がりそれらが一つに構築され、そして光をロマはその中へと押し入れる。

 その瞬間、光は体を呑み込み、赤子の姿へと変換される。

「ここから貴方の姿は成長していきます。人間と同じ速さで成長を予定しており、人間としてしっかりと学び、立派な人間になるのです」

「わかったよ」

「基本的な情報をこれからインストールします。ただしこちらは成長した後にしか見れないように設定しておきますので、それまでは閲覧不可です」

「わかったよ」

 ロマは机の上のカタログを片付けると、机の上に赤子を乗せた。

 そしてロマが指をはじいた瞬間に、赤子の周りにたくさんの文字列が浮かび上がりその周りをぐるぐると巡る。

 映像も移りだされ、人間としての歴史が赤子にインストールされていく。

 そしてぱちりと赤子は目を開けると言った。

「これより、赤子からの人間の成長経験をスタートする」

「かしこまりました」

「ふわぁぁっぁあん」

 ロマはにっこりと微笑み、赤子を抱きしめると、トントンと背中をあやすように叩く。

「ほーらほら、大丈夫ですよ。すぐにミルクを準備しますからね」

「あぶぅぅ〜」

 赤子をあやすロマはとても幸福そうで、それから赤子が育つまでの十五年ほど、ロマは笑顔で子育てを楽しんだ。


 そして子どもの成長とは早いもので、ロマは大きな声で怒鳴り声をあげた。

「こら! ウィッシュ! またあなた盗み食いしましたね!」

「ロマは怒りん坊だなぁ。いいだろう? ちょっとだけだよ」

「もう……貴方も、もう十五歳になったのですから、そろそろしっかりしてください」

「いやいや、十五ってまだまだ子どもでしょう?」

「大人への仲間入りの年です」

 ウィッシュという名前は、元々指定されていた物であり、ロマは十五年でその名前を何度呼んだだろうかと微笑む。

「大きくなりましたね」

 そう呟くと、ウィッシュは笑い声を立てた。

「そりゃあ十五歳ですから」

 誕生日を迎え十五歳になり、赤子のころと比べて、ウィッシュは体も大きくなり、そして身長もすでにロマと同じくらいにまでなった。

 ウィッシュは大きく背伸びをすると言った。

「なぁ、ロマ。もう俺も十五歳だし、外の世界へと冒険へ出かけたいんだけど」

 そう呟くウィッシュに、ロマは笑顔を向ける。

「もちろんです。貴方は世界を旅して、希望となるのですから」

「お! 前までは今はまだその時ではありませんって言ってたのに! っていうか希望って何?」

「十五歳ですからね。希望は希望です」

「希望ねぇ? とにかく、ロマも一緒に行こう! 旅なんてしたことないから、すごく楽しみだな!」

「え?」

「ん?」

 ロマが驚いたように固まり、それをウィッシュは首を傾げる。

「え? ロマは行かないのか?」

 不安そうな表情のウィッシュに、ロマは優しくその頭を撫で、それからゆっくりと抱きしめた。

「……大きく、なりましたね」

「まぁね?」

 ウィッシュは愛おしそうにロマを抱きしめ返す。

「ロマ、大好きだよ!」

「えぇ……私も大好きですよ」

 その日の夜、ロマは静かに眠っているウィッシュに毛布をかけ直すと、奥の部屋の鍵を開けて中へと入る。

 西暦と年月日を知らせる時計が、カチカチと音を立てている。

「マスター。明日でこの生活も終わりですね」

 部屋の香りをかぐように、胸いっぱいにロマは空気を吸い込むと、ゆっくりと息をつく。

 長い時間が、ここで流れていった。

 だけど、後少しでそれも終わりを迎えることだろう。

 役割を自分は果たせただろうかとロマは思いながら、机の上に飾られた写真を胸にぎゅっと抱きしめる。

「マスター……やっと会える」

 ロマはそう呟き、それから写真を元の位置へと戻すと部屋に鍵をかけることなく部屋を出た。

 ウィッシュは、翌朝目覚めると朝の身支度を整えて、それからいつものように朝食を食べるためにリビングへと向かう。

「ロマ~?」

 いつもならば朝食の準備がされているはずが、机の上にはなにもない。

 それを見て、ウィッシュは首を傾げた。

「ロマ?」

 部屋を探しても、どこにもロマの姿が見当たらず何かあったのだろうかと、焦るウィッシュ。

 そしていつもは鍵の掛けられている部屋が、開いていることに気がついた。

「……なんだこれ……」

 扉を開けると、中には様々な研究の書類が片づけられており、機材がいくつも並んでいた。それらは地面につなげられており、奇怪な音を立てている。

 冷却用の空調が回っている為か、少し肌寒い。

「どうして……これ」

 そこで、ウィッシュは取った覚えのない写真が机の上に飾られていることに気がついた。

「あれ……これって……ロマ? 隣は、俺?」

 そう呟くけれど、ロマとこんな写真を撮ったことはない。それに、見たことのない場所であり、知らない人間が何人も一緒に笑顔で映っている。

「……これ、何が起こって……るんだ?」

 その時、頭が突然割れるような痛みを発し、意味が分からずにウィッシュはその場にうずくまった。

「なんだ……痛い。痛い!」

 頭をぐっと抑えるけれど、吐き気まで襲ってくる。

「気持ち悪い……ロマ、ロマァ!」

 叫ぶけれど、いつもならばすぐに来るロマが、現れない。

 ウィッシュは顔をあげると、気持ちの悪さと頭の痛さを堪えながら、歩き始めた。

 家の中にはロマがいない。

 外?

 外には、ロマが育てる野菜の畑と、花々の咲き誇る庭がり、その先には大きな塀がある。

 ずっと、外は危ないから大人になったらあの壁の外へと出てもいいとそう言われていた。

 足取りは、重い。

 何が起こっているのか分からない恐怖が胸の中を渦巻く中、壁に設置されている扉のノブへと、手をかけた。

 冷たい感触に、背中が泡立つ。

「……ロマ」

 怖いけれど、開けなければとそう思い、ウィッシュは扉を開け外へと出た。


 風が、吹き抜けていく。


「え?」


 青い空が広がっているが、緑豊かな大地は一切なく、地面は金属であった。


「なんだよ……これ……え? だって、え?」


 これまでロマには様々なことを教えてもらってきた。

 美しい緑の大地、大きな海、人々の暮らし。

 だけど、こんなこと、教えてもらっていない。

「……ここは? 何?」

 ウィッシュは、ゆっくりと歩いていくと遠くに大きな木が立っているのが見えた。

「な、なんだあるじゃん。木が……あぁ、もしかしてここ、何かの……施設、なのか?」

 木が見えてウィッシュは走り出す。けれど、その足取りはゆっくりと遅くなっていく。

「あはは……ははは……木じゃない……」

 木だと思ったものは、それは、人工的に作られた木のように見える何か。

 そしてその木の根元にロマの姿があった。

「ロマ!」

 名前を呼ぶと、こちらを振り返るロマ。そして笑顔で両手を開いた。

「ウィッシュ」

「ロマ!」

 抱き着き、ガタガタと震えているとロマがウィッシュを優しく大丈夫だと諭すように抱きしめた。

「何ここ! ロマ、どうなっているの?」

「……ウィッシュ。情報を閲覧可能にしますね?」

「え?」

 次の瞬間、ロマがウィッシュの額に触れた瞬間、体が硬直する。そして、視界が反転した後、ウィッシュは、その場にしゃがみこんだ。

「……なんだ……この……情報は……」

「おめでとうございます。これにて、人間の成長経験を取得完了といたします」

「ロマ?」

「現時点を持ちまして、マスター指示達成とし、ロマはマスターと眠る許可を得ました」

「え?」

 ロマはウィッシュに笑みを向けると、言った。

「マスターは、貴方に未来を託しました。どうか人間として、この地球をどうかよろしくお願いいたします」

「え? ……どういう……」

「この木に、触れて」

「ロマ?」

 腕を取られ、手を木へと触れさせられる。その瞬間、木に光が走りそれが粒子化する。

 白銀のカラダに緑の光が走って見えるロボットが、そこにはあった。

「……ははっ……ロボット……か」

「マスターが作り上げた、希望です。そしてこの子は貴方だけを受け入れる。貴方は世界で唯一の存在だから。大丈夫です。きっと。さぁ、乗って。もう、ここも終わりの時を迎えるでしょうから」

「え? ……」

 次の瞬間、爆音とともに空だと思っていた天井が崩れ落ちる音が鳴り響いた。そしてそこから見たこともない蜘蛛型の巨大なロボットが、目をギラギラと光らせながらこちらを視界に捕らえるのが分かった。

「何……あれ……」

「ウィッシュ」

 名前を呼ばれ振り返ると、ロマが微笑んでいた。

「十五年、ありがとうございました。貴方との暮らしは、本当に幸福でした」

「ロマ? ロマ! 逃げよう! 早く!」

 ロマの腕を取ると、その感触にウィッシュは目を丸くし、そして、口をわなわなと震えさせながら呟いた。

「ロマ……体が……冷たい……」

「本日で、この体の機能は停止いたします。私は、マスターと一緒にやっと眠れるんです」

 嬉しそうに頬を赤らめて微笑むロマ。

「マスター?」

「はい。貴方を作った存在です。私は彼の命により、貴方を育てました」

「……命で……」

「はい。ですから……」

 そう言った瞬間、ロボットが天井を突き破ると、こちらに向かって武器を構え突進してくるのが見えた。

「ロマ! とにかく今は行こう! このロボット動くんでしょう!」

「ウィッシュ!」

「え?」

 ロマがウィッシュを突き飛ばす。ロマがこちらに向かって微笑んでいるのが見えて、ウィッシュは目を見開いた。

 爆音が響き、先ほどまで自分が立ていた場所の地面が攻撃によりえぐれている。

「ロマ……ロマ!」

「ウィ……シュ……」

「ああぁぁっぁあ……か、体が、体が……」

 ロマの、下半身が砕け散り、そして、上半身だけがかろうじて形を保つ。そしてその姿を見て、ロマが、人間ではなかったのだと、突きつけられる。

 ロボットだ…。

「……ウィッシュ……どうか、どうか」

 そう呟き、ロマが、ゆっくりと瞳を閉じる。

「うわぁぁぁぁぁぁ」

 ウィッシュはそう声をあげながら、ロマが示したロボットの元へと走りそして嗚咽をこぼしたあと、ぐっと唇を噛む。

「ロマ……」

 今、何が何かは分からない。

 頭が混乱して何が正解で何が不正解なんて分かるはずもない。

 だけれど、今、これに乗らなければならないということだけは分かる。

「……」

 ロボットに手が触れたその瞬間、ウィッシュの体の周りが緑色の光で包まれ、次の瞬間、気がつけばロボットの中に呑み込まれ、そして、操縦席のような場所にいた。

「ロボットの……これが……中……」

 緑色の光が自分の体と溶け込むようにつながっていくのが分かる。

『起動するためのパスワードをお願いします』

「パスワード?」

 突然のアナウンスに目を見開く。

 パスワードなんて知らない。そう思った時、衝撃が走り、こちらに向かってロボットが攻撃を仕掛けてきているのが分かる。

「うわぁぁぁ」

 衝撃が体に痛みを与えてくる。

「いってぇ……なんだよ、パスワードって何だよ!」

 頭の中で懸命に考える。

「ロマ……なんだよ。くそ……パスワード……」

 必死に何かヒントはなかったかと考えた時、先ほどのロマの言葉を思い出す。

「……希望……?」

『パスワード、確認いたしました』

 ハッとして顔をあげると次の瞬間、緑の光が金色へと変換されていく。

 体の中が、パチパチと弾けるような感覚が走りぬけていく。

「うわぁ! なんだ、なんだこれ!」

『接続完了。全ての同期が完了いたしました』

 その瞬間、自分の視界とロボットの視界が一致する。目を見開き、鮮明に敵の姿が目に映る。

「あれだ……あれが、ロマを」

 動かし方なんて知らないはずなのに、頭の中がこのロボットの動かし方を理解している。

 あるはずのない知識が自分の中にあり、そして無我夢中でロボットを操る。

「くそがぁぁっ」

 相手のロボットは、人型ではなく蜘蛛のような形をしており、八本の脚を動かしながら、こちらに向かって糸を飛ばしてくる。

 その糸が付着した部分が爆発し、それをよけながら、ウィッシュはロボットの拳で、蜘蛛型ロボの頭を勢いよく砕いた。

 爆発が起こり、ロボットは赤い光を点滅させたあと、沈黙した。

 ウィッシュは、大きく息を吐き、それからロマの穂へと視線を向ける。

「ロマ……」

 ロボットを動かし、ロマの傍まで行くと、ロボットを降りる。

 横たわるロマは、まるで眠っているようだった。

 抱き上げると、パラパラと部品が転げ落ちていって、冷たい体に、もうここにはロマはいないのだと、自覚させられた。

「ロマ……」

 彼女を一度ぎゅっと抱きしめてから、歩き始める。

 マスターという人の傍で眠りたいと言っていた。

 何か手掛かりはないかと歩いていくと、自分達が暮らしていた家の横に、別のドーム型の入り口があることに気がついた。

 そこへ入ると、美しい庭があった。そして、銀色の墓石があり、そこには庭に咲いていた薔薇の花が手向けられていた。

「ロマ……君が眠りたかったのは……この人の傍なのかな……」

 涙が止まらなかった。

 聞きたいことはたくさんあるのに、頭の中に情報が駆け巡る。

 そして自分の知らない情報を目の前に突き付けてくるのだ。

「……わかったよ」

 目から涙が溢れてくる中、ロマを墓石の横に寝かせてあげる。

 埋めることは……どうしてもできなかった。

 だから、たくさん花を摘み、ロマの周りに手向けた。

 そんなロマの頬に、ウィッシュは口づけると涙をぬぐった。

「人間に……俺は……なれたのかな」

 立ち上がると、荷物をまとめに一度家に戻り、ロマとマスターと呼ばれている人の写真を握り締め、外へと出た。

 ロボットを見上げて、ウィッシュは微かに笑みを浮かべる。

「行こうか……この世界の……希望になりに」

 静かにそう呟き、ロボットへともう一度乗り込む。

 外の世界は今、どうなっているのだろうか。

 それを確かめる為に、ウィッシュは開けられた外へと繋ぐ穴へと向かって、飛び立ったのであった。




書いていて楽しかったです(´∀`*)ウフフ

読んで下さりありがとうございました。

もしよければ、評価やブクマを入れていただけると嬉しいです(●´ω`●)



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