罪を着せられた少女は夢の中で星を作る
「綺麗だね。君が作る夢は?」
「そうですか? そう言ってくださり嬉しいです」
そう言いながら僕は夢の中で女の子に花を生み出していた。満開のサクラの木に大きなヒマワリの花、一面のコスモス、と季節に関係なく咲き誇る花々は綺麗だった。
「次は何の花を咲かせますか?」
「君の好きな花がいいな」
女の子はキョトンとした顔になったが、少し悩んでパンジーの花を咲かせた。僕は「パンジーが好きなんだね」と言うと女の子は「はい」と返事をした。
「お姉さんが好きな花なので」
「そうなんだ」
夢の中で花がいっぱいになった所で、日が昇っていく。夢が終わる時間だ。
「そろそろお別れですね」
「君の名前は?」
「マホロです」
「僕はアシオ。目覚めたら、きっとお礼を言うよ」
そう言って僕は夢で彼女と別れた。僕は貴族の血を引く学生。春休みに旅をしていたのだが、途中で流行り病にかかり、とある村の教会で休んでいた。病はとても辛くて、死んでしまうかもしれないと思った。しかも眠れば夢の中は魔物でいっぱいで、休まる暇はなかった。
でも夢の中でマホロが魔物をすべて花に変えてしまった。それ以来、病気もどんどんと良くなってきた。マホロは僕がうなされている時に毎日看病してくれて、夢の中でも僕を元気付けるため綺麗な夢を見せてくれた。
目覚めたら、お礼を言おう。そう思っていたがマホロじゃなくて、ナーシャと言う教会のお手伝いをしている貴族の娘が看病してくれたと言われた。マホロの居場所を聞いたが、みんな知らないと言っていた。
結局、彼女に会えず帰る事になったのだが来年になったら探そうと考えていた。
そして僕は一年後、あの村に戻ってきた。
*
「なんだ、これ」
目的の場所に近づくにつれ、どんどんと雪が降り積もっていた。
丁度一年前、すでに雪は無くなり春の花が咲いていた。それに雪が降っても積もるくらい降らない場所だ。
だがすでにブーツが埋まるほど積もっていて、歩くのもやっとである。しかも雪が降っているのは目的の村のみだけで、隣の村は降っていなかった。
「何が、どうなっているんだ?」
ようやく村に着くと雪降ろしてみんな忙しい。そして表情は暗く、話しかけづらい。それに雪がこんなにも降っているのに、子供が全く出てこない。珍しい景色だから雪遊びでもするだろうに。
僕はそう思いながら、お世話になった教会に向かった。
教会に着くとお世話になった神父が出迎えてくれた。神父も教会の屋根の雪下ろしをしていて大変そうだった。
「こんにちは、神父さん」
「ああ、アシオ君!」
「去年のお礼をしたいと思い来たんですが、すごい雪ですね」
僕がそう言うと神父は「そうですね」と悲しい顔をしていた。
その時、雪が降ってきた。チラチラと真っ白い小さな雪だがどんどんと降ってくる。神父は「教会の中でお話をしましょう」と言い、僕を教会に入れた。
教会内は非常に寒かった。シスターの姿もなく、シンと静まり返っていた。
「そう言えば、僕を看病してくれたナーシャはいらっしゃいますか?」
「あの子は今、自分の屋敷にいると思います」
「じゃあ、後で伺います。去年、あの子が僕を看病してくれたおかげで元気になりました」
「実はあなたの看病をやっていたのは、ナーシャじゃありません」
神父は重々しくそう言って、奥の部屋を開けた。
部屋は暖炉がついていて、とても暖かった。近くにはベッドが置いてあり、眠っている子がいた。
マホロだった。
「実はナーシャの親にあなたを看病したのは、ナーシャにしてほしいと言われていたのです。でも本当はこのマホロが、あなたの看病していました」
「……なんとなく分かっていました。彼女は夢の中に居て、僕を元気づけてくれましたから」
「夢ですか?」
どうやら神父はマホロの力について知らないようだ。僕はマホロの夢についての事を内緒にしようと思った。僕が黙っていると神父はマホロの話をしました。
マホロは普通の家の子なのだが、姉が傷を癒す力を持った聖女だった。しかし姉は病気で死んでしまった。それ以来、家族は妹のマホロに聖女の力を期待したのだが彼女は全く無かった。期待に応えられなかったマホロだったが、それでも教会の手伝いをしていたそうだ。
アシオが去った後、教会の像が無くなってしまった事件が起こった。
貴族の娘、ナーシャはマホロが持って行ったと発言をしたがマホロは否定した。
だがみんな、マホロの親でさえもナーシャの言葉を信じてしまった。
この村では【罪のネックレス】と言うものがある。罪人がつけるものだが、もし罪を犯していない者がつければ、たちまちこの地は雪で覆われてしまうのだ。
「つまりマホロは何もしていないのに罪のネックレスをつけたから、この地は永遠の冬になってしまったのか。だったらマホロの首から外せば!」
「身に着けている人間じゃないと外せないのです。それに罪のネックレスをつけた人間は眠ってしまい、容易に起こせないのです」
神父は悲しい目をしながら「でもこれが我々の村の罪なんだと思います」と言った。
「私達がマホロの言葉を信じていれば、こうして春の来ない冬を送ることになったのですから」
「ところで像は見つかりましたか?」
「はい。見つかりました。ナーシャが隠していたのです。いたずらで隠していたのですが、次第に事が大きくなって言いだせなかったようです。それでマホロに罪を着せました」
神父はナーシャについてため息交じりで話した。彼女はマホロの姉のようにいい子で優しい聖女に見られたいから、教会のお手伝いなどをしていましたが聖女の力もないし、よくサボっていた。そしてマホロがやっていたお手伝いも全部、自分がやったと言う事をしていたと言う。
神父がナーシャの話しをしている間、僕はマホロを起こす方法を考えていた。
マホロは夢の中に入れる力を持っているのだから、僕自身も入れるのでは? と思った。夢の中で赤いリボンを結んで手を繋いで目を閉じれば、夢の中に入れると言っていたから。
神父が出ていき僕はマホロが看病してくれた時、結んでくれたリボンを出した。そして手に結んでマホロの夢の中に入っていった。
マホロの夢は雪のように真っ白だった。空もなく花もない、魔物さえもいない、寂しい何もない空間だった。
そこにマホロが座ってぼんやりしていた。
「マホロ!」
「あ、アシオ」
マホロの顔が一瞬、明るくなったがすぐに暗くなった。
「マホロ、話しは聞いたよ。辛かったね」
そう話しかけたがマホロの表情は晴れず、暗い顔をしている。僕が「マホロ、起きよう?」と言うと「起きたくないよ」と言う。
「だってみんな私の事を信じてくれないんだもの。私がいない方が幸せだもの」
「そんな事言わないで」
「だって私はお姉さんみたいな力が無いから信じてくれないし、やってもいない悪い事も私のせいにされちゃう。だったら夢の中に居たい」
とっさに君が起きないと村がずっと冬になってしまうんだと言おうとしたがやめた。そして僕は何にも言わずにマホロの傍に座った。特に彼女は僕と一緒に座っても怒らなかった。
真っ白い夢の中でマホロに話した。
「ねえ、なんで夢の中は真っ白なの?」
「何にも思いつかないから」
「……ねえ、僕も夢の中で何かを作れるかな?」
「うーん、分からない」
僕は立ち上がって「ちょっと、やってみるね」と言った。そして僕はある物をイメージした。そして僕の手のひらには小さな星が生まれた。
いつの間にかマホロは立ち上がって僕が作った星を見て、「わあ、すごい」と言った。
そして真っ白い夢の中を真っ暗にした。
「お星さまだから、夢の中は真っ暗にした方がいいでしょ」
「確かに」
「すごいキラキラ光っている」
僕の手のひらのお星さまは更に輝いた。マホロに星をあげると嬉しそうに「ありがとう」と言ってくれた。
「僕、君のために星の話しを集めたんだ」
「え? どうして?」
「マホロはきっと夜が好きだと思ったんだ。だっていつもマホロが作る夢は夜だからね」
ちょっと驚いた顔になったが、マホロは少しほほ笑んだ。その時、空間の向こうから日が昇ってきた。マホロの夢は日が昇ったら起きる時間になる。
「そろそろ、お別れだね」
「うん」
「また来るね」
「本当?」
「絶対に、行くよ」
僕とマホロはそう言ってお別れした。
*
それから毎日、マホロの所へ行って夢の中に入って星を作っていった。真っ暗な空間で僕は手のひらで星を作りおいていくと星空になっていく。初めて会った時、マホロは見ているだけだったが、次の日に来た時は一緒に作ってくれた。
「あれがウサギ座」
「ウサギさんの星があるんだ」
「うん、それからあれが大船座」
「へえ」
キラキラとした星空を見上げながらマホロはニコニコと僕の話しを聞いてくれた。話が終わったら流れ星を見せてあげる。これはマホロが出した流れ星だ。
「やっぱりすごいね。マホロの流れ星」
「そうかな」
「夢を操れるからすごいよ」
僕がそう言うとマホロは少し悲しそうな顔になった。
「でも夢から覚めたら忘れるし、操れても分からないよ」
「僕には分かるよ。みんなが分からなくてもマホロが操っていたんだって」
「夢は所詮、夢だもん。目が覚めたら無くなるよ」
「でもいい夢だと目覚めがいいよ」
僕の言葉にマホロは嬉しそうに笑ってくれた。
「ねえ、今度は本当の星を見ようよ」
「うーん」
マホロは笑ってくれるようになったが起きるのはまだ怖いようだ。でも無理やり起こすのも可哀そうなので、強く誘わないようにする。今まで信じてもらえなかった人たちに会うのは勇気がいるのだから。
やがて夢の中で日が昇る。僕がそろそろ起きる時間だ。
「また明日、夢の中で会おうね。そうだ、次はマホロと一緒に星座を作ろう」
「星座を作る?」
「そう! 星と星を繋げて星座を作るんだ。僕らの夜空を作ろう!」
「うん!」
そんな約束をして僕とマホロは夢で別れた。
*
マホロとの夢が終わって外に出るとまた雪が降っていた。みんな愚痴も言わないで雪下ろしをしている。恐らくマホロの言葉を信じなかった村の罪と思っているのかもしれない。
そんな時、ナーシャがパタパタと走ってきた。
「お久しぶりです。アシオ」
「こんにちは、ナーシャ」
この村に来て初めて見たナーシャはニコニコ笑っている。ただ村の人間達はナーシャを見ると嫌な顔になった。それに気が付いているのかナーシャは「教会に入りましょう」と言って、教会の中に入っていった。
神父に礼拝堂を貸してもらってナーシャは僕とお話しをした。
「マホロの病室で何しているんですか?」
「早く起きてって念じている」
「それにしては長すぎませんか?」
「色々と看病もしているからね」
何か探るような顔でナーシャは僕を見ていた。僕はマホロが夢を変えられる力は言わない方がいいと思った。
「私、マホロに謝りたいんです。意地悪して、犯人扱いして……」
他にも意地悪な事をしているでしょうと思ったが言わなかった。
「でもマホロって眠っているでしょう。謝っても聞こえないみたいで」
「それでも念じれば聞いてくれるかもしれませんよ」
「そんなわけないでしょう」
口をとがらせてナーシャはそう言って、礼拝堂から出て行ってしまった。
村でのナーシャの評判は最悪だった。悪戯してマホロに罪を着せたのだから、当然である。そして彼女自身、みんなに嫌われている状況をどうにかしたいと思っているようだ。
でも今、マホロにナーシャを会わせるのはよくない気がする。彼女は現実が怖くなった張本人なのだから。そう考えてマホロの夢を変えられる力は話さなかった。
次の日、窓を見ると景色が見えないくらい吹雪となっていた。僕は驚いてすぐにマホロの所に向かった。するとナーシャが僕と同じように赤いリボンを巻いてマホロの手を握っていた。
この吹雪はマホロがやっているかもと思い、すぐにナーシャが握っていないマホロの手を握って夢の中に入った。
マホロの夢はとんでもないことになっていた。僕が作った星はポロポロと落ちて、夜空にヒビが入っている。そしてマホロは大泣きして、ナーシャは落ちてくる星から逃げていた。
「あ、アシオ! 助けて!」
「ナーシャ! どうして、ここに」
「私もマホロが夢の中に入れるって知っていたの。それでアシオがやっているように、夢の中に入って彼女とお話ししたの」
僕は「何か言ったの?」と言うと、彼女は不味いって顔になったが口を開いた。
「意地悪してごめんなさい。だからマホロに早く起きて。起きないと村が雪で埋まるって……」
「他にも色々と言っただろ」
「……あなたがずっと寝ているから、ずっと私が責められるし、起きないなんて嫌がらせなのとか、こうしてずっと傷ついているふりして、みんなに迷惑かけないでとか」
「そんな酷い事を言ったの?」
「だって、私だって辛いんだもん! ずっと毎日謝っても雪はやまないんだもん! このままだと私はずっと村のみんなに謝らないといけないじゃん。謝ったってみんな許してくれないし」
しまいにはナーシャも泣いてしまった。
ナーシャをなだめようとしたが、壊れた夜空から日が昇ろうとしていた。まずい。もうすぐ僕らの目が覚める。
すぐに泣いているマホロの方へ行く。マホロは泣き止んで鼻をスンスンと鳴らしていた。
「本当は私だって起きたいもん」
「うん、そうだよね」
「でも怖いもん。みんな私を信じてくれないんだから」
「そうだよね。でもみんな反省しているし、今度は信じてくれるから」
「それは私が雪を降らしているからでしょ? そんな事が無ければ、すっと信じてくれないでしょ?」
僕が「そんな事ないよ!」と言おうとした瞬間、マホロが立っている場所に穴が開いて彼女が落ちてしまった。すぐにマホロの腕を掴んだが、僕も一緒に落ちてしまった。
*
穴の底は真っ暗でマホロの姿は見えなかった。
「マホロ! 僕は君に見せたいものがあるんだ!」
そこで僕はたくさんの星を思い浮かべた。
すると真っ暗な穴にたくさんの星が輝いた。
「こんなことしても無駄だよ」
星の明かりでマホロは座り込んでいる姿があった。僕は彼女の傍に座った。
するとチラチラと空から雪が降ってきた。あっという間に降り積もって、辺りが真っ白になってしまった。
せっかく雪が降ったので僕は小さな雪だるまを作ってあげると、マホロが悲しそうな顔で口を開いた。
「村にたくさんの雪が降っているんだね。私のせいで」
「マホロのせいじゃないって神父は言っているよ。みんな、マホロの言う事を信じなかったから、こうなってしまったって思っているみたいだよ」
「でもみんなが困っていなかったから、私の言う事を信じ無かったって事だよね」
「そうだけどね。でもみんな、困っていなくても反省してくれるよ」
「そうかな? ナーシャの嘘をみんな信じていたし」
「僕は最初から信じていたよ」
僕はそう言うとパッとマホロが顔をあげた。
「だって夢で会ったんだもの。覚えているよ、ちゃんとマホロが僕を励まして看病してくれたことも」
「ありがとう、アシオ」
「君に見せたい世界があるんだ。だからすぐにとは言わないけど、目が覚めてほしいな」
「うん、分かった」
そう言うとふっと朝日が昇った。
目が覚めると先に寝ていたナーシャが居なくなっていた。あの悪夢で起きて、逃げ出したのだろう。
「あ、アシオ」
パッとマホロの方を見ると半分目を開けてウトウトしていたが、起きていた。
「マホロ、起きれたんだね」
「うん。まだ眠いけど」
「起きなくてもいい。ずっと眠っていたから、無理やり起きると倒れちゃうかも」
「ありがとう。でもネックレスを取らないと」
そう言ってマホロは細い腕を首に回してネックレスを取った。ネックレスを僕が受け取るとマホロはにっこり笑った。
「これで村に春が来るね」
「そうだね。ありがとう」
そして僕はマホロが立てるくらい元気になったら、見せたい物の話しをした。見たことない花や綺麗な山、そして流星群の話しの事を。
「絶対に見に行こう。見に行って夢の中で再現してみよう」
「うん、一緒に行こうね」
僕らはそう言って約束した。
窓を見ると雪は止み、暖かな春の日差しが雲の切れ間から見えた。