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推しの引退宣言を聞いてしまった暗黒騎士

 それは、その言葉は思いもしない決意に満ちた宣言だった。


『わ、わたし、引退しないといけないかもしれないですワンっ』

「なんだとぉぉぉぉぉ!」


 俺が推しに推している配信者〈わふわふワンコ〉は突然、引退宣言をしたのだ。

 彼女は元々ポメラニアンというかわいいワンコなのだが、とある日に悪い魔法使いの魔法によって人の姿に変えられてしまったかわいそうな女の子である。


 そんな彼女は配信アプリ〈キャスティング〉に現れ半年ほど。文句つけようのないほど人気を得て現在ランキング一位になった彼女が、とても悲しそうな顔をし涙を流しているではないか。

 一体誰が、どんな奴が、愛しのワンコを追い込んだんだ!


『う、うぅ、わ、わたし、悪い魔法使いに脅されて、スーパー爆茶を一万個分集めないといけなくて……でもそんなお金なんてなくて……』


 彼女は涙ぐみながら語る。それを聞いた俺の頭はプッツンときていた。

 く、またあのクソジジイか! 俺のワンコをよくもいじめやがって。いいだろう、お前の企みはこの俺が全能力を使って阻止してやろう。


 そんな決意をしつつ、俺はコメントを書き込む。


〈俺がそんなことさせません〉

〈絶対にワンコを助けます〉


『え? でも、スーパー爆茶一万個分はお金にしたら百万プラント金貨だよ? そんな大金はいくらなんでもヤタガラスさんには――』


〈大丈夫です〉

〈絶対に用意します〉


〈待ちな!〉

〈アンタだけにいいカッコさせないよ〉


〈そうだぞ!〉

〈僕にも弄ってもんがある!〉


『オバケネズミさん、セキトバさん……うぅ、ありがどうございまずぅぅぅ』


 彼女は泣いて喜んでいた。だがこのままではその涙は悲しい色のまま。

 その悲しみを喜びに変えてやらなければ俺達は悪い魔法使いに負けたことになる。

 そんなことさせない。絶対にわふわふワンコの引退を阻止してやる!


〈すみません〉

〈俺、ちょっと仕事頑張ってきます〉

〈ヤタガラス気をつけろよー〉

〈僕達もいるから無理するなーw〉

〈お、三バカが張り切ってる!〉


〈ワンコちゃんの引退がかかってるからなw〉

〈俺達も頑張らないと!〉

〈ワンコちゃん頑張るから負けないでー!〉

〈わんわんして〉


〈変態帰れ!〉

〈wwwww〉〈www〉〈w〉〈w〉〈www〉

〈囲んじまえw〉

〈www〉〈w〉〈wwwww〉〈www〉


〈囲めーw〉

〈誰がお前らなんかにぎゃー!〉

〈ボコボコにしろw〉

〈やれやれーw〉


〈www〉〈w〉〈wwwwww〉〈www〉〈www〉


 さて、コメントを見るのはこのぐらいにしようか。

 やることができた。ならそれを達成させるためにまずは目の前の敵を一掃しようか。


「た、隊長! 敵が砦を取り囲んでいます!」

「門を破ろうとしています! このままでは敵歩兵が一斉になだれ込んできますよ!」

「隊の負傷兵が八割を超えました! 戦闘になったら勝ち目がありません!」

「物資がない! いや、戦う武器すらまともなものがないぞ!」


 ふむ、配信を見ている間に少々不利な状況になっていたか。上司に「戦場で配信を見るな」と注意を受けていたが、まあ今さらか。


 俺はそんなことを考えつつ戦渦が起きている砦を見渡した。

 ここはララハ湿原。様々な場所が湿地となっており足場が悪い戦場だ。そのため軍馬での移動どころか人の足での移動すら一苦労する土地である。


 そんな場所に立てた強固な砦を拠点にし、俺は隣国の軍隊と戦っていた。

 まあ、配信が見たかったから全部副隊長に指揮を任せていたが、少し荷が重かったようだ。


「ゼフォー隊長……すみません、ぼ、ぼくでは力不足でした……」


 泥だらけになった新品の皮の鎧に身を包んだ優男が泣きそうになっている。将軍の嫡男と聞いて指揮を任せてみたが、どうやら思ったほど能力は高くないようだ。だが頑張ったあとが見える。俺が配信を見終わるまでよく持ち堪えたと褒めてやろう。


 まあ、このかわいそうな青年よりはわふわふワンコのほうがかわいいがな!


「よくやった。ここからは俺に任せろ」

「た、隊長……!」


 さて、まずは拠点の安全確保か。敵が乗り込んでこようとしているから、それを阻止すればいいということだな。

 なら、あの門を破ろうとしている兵器を破壊すればいいだけの話か。


「ヨーテル、俺の弓はあるか?」

「軍費がないので売りました」

「わかった、適当な弓と矢を持ってこい」


 く、推し活に金を使いすぎたか。まあいい、とにかく射撃できればどうにかなる。

 そう考えていると部下のヨーテルが布と石を持ってきた。


「これはなんだ?」

「古代に使われていた投石器です」

「ただの布と石だろ?」

「もうこういうのしかないんですよ! 金がなさすぎて武器がないんですようちは!」


 あー、推し活をしすぎたか。あとで上司に怒られる。

 まあいい、布はともかく石で遠距離攻撃の術を得た。これでどうにかしよう。


 さあ、石に魔力を込めよう。爆発しないように圧縮に圧縮を重ね、さらに圧縮して、と。

 あとは大きく足を上げ、振りかぶって思いっきり投げるのみ!


 俺は力加減なんて考えずに石を破門機に投げた。もちろん、普通に石を投げてもただ外側に傷がつくだけで破壊には繋がらない。

 だから徹底機的に石ころに魔力を込めた。込めて込めて込めまくり、それを思いっきり投げる。


 それはなかなかのスピードが出て、あまりの威力ためか破門機の強固なボディーを貫いたのだった。


「うわぁあぁぁあああぁぁぁぁぁッッッ」

「ぎゃあぁあああぁぁぁああぁぁぁぁぁッッッ」


 戦場に悲鳴が響き渡ると同時に破門機が大爆発を起こした。

 どうやら動力源となっていた魔力石を破壊したようだ。さすが俺である。


「報告します! 隊長の攻撃により敵方は甚大な被害が出た模様!」

「爆発して門が壊れたが敵が撤退していったぞ!」

「敵を指揮していた将校を捕らえました!」

「た、隊長! やっぱ隊長は最強だぁぁ!」


 なんだかわからないが事態が好転したようだ。よかったよかった。

 そんなことを思っていると捕虜が連れてこられる。その頭は栗のような形になっており、身体はまるまると太っている。誰がどう見ても戦場に出るような人物ではないが。


「く、やりおったな。まさか石ころ一つで戦況が覆させられるとは」

「俺が丹精込めて魔力を込めたんだ。当たり前だろ」

「さすがは〈死地巡りの鴉〉か。だが、お前とてこの戦争は終わらんぞ!」

「悪いがもう終わらせる。俺は約束をしてしまったからな」


 推しを助けるって約束をな。

 俺がそんなことを宣言すると、捕虜となった将校は目をひん剥いたかのように大きくさせた。もしかして驚いているのか?


「ブワッハッハッハッ! 何バカなことを言っている! 我らは大木と呼べるほど大きくなった国よ。出始めたばかりの新芽が、我らに勝つだと? ふざけるのも大概にしろ!」


 何やら怒っている。なんかわからないが怒っているな。

 というか言葉が回りくどい。もっとわかりやすく言ってくれ。俺、魔力バカだけど学がないから大バカって呼ばれてるし。


「貴様らは我らの糧になる存在。ならなければいけぬ存在よ! 食われねばならんのは貴様らだ! なのに我らの命を断つだと。そんなこと起きるかぁぁ!」

「ふざけんなお前!」


 あ、よくわかんないけど頭のいい部下達が怒ってる。このままだと手を出しちゃいそうだな。

 もしかしたら殺しちゃうかな。別にいいけど殺すと面倒なんだよな。

 しゃーない、殴っちゃお。


「ふざけているは貴様ら――ぶほぉー!」

「隊長!」

「え、ちょっ、隊長?」

「なんかうるさいから殴っといた。たぶんしばらく起きないと思うが」


「いや、でも、情報を――」

「そんなまどろっこしいのもういいだろ。こいつらは最悪。なら潰すでいい」


 俺がそんなことを言い放つと部下達は笑い出す。

 はて、何か面白いことを俺は言っただろうか?


「そうだな。確かにそうだ」

「大木も腐っちゃったらただの枯れ木だ」

「俺、隊長を尊敬しますよ」

「隊長がバカで安心しましたよ」


「バカで悪かったな。それより、そろそろ反撃するぞ」


 金がないからどうせ短期決戦しかできないだろうしな。

 ということで俺は隊に号令を出した。


「見てくれが立派な大木をぶった切りにいくぞ!」

「「「「おおー!!!」」」」


 俺が号令を出してからは怒涛だった。あっという間に敵拠点に攻め込み、あっという間に敵総大将を捕縛する。

 そのことを本国にいる上司に連絡すると大変驚かれた。


 だって普段から真面目な物言いしかしない年下の上司が「マジ?」って訪ねてくるほどだったもん。


「やりましたね隊長!」

「ああ、やったな」

「祝杯を上げましょう! 勝利の宴を上げましょうよ!」

「悪いがお前達だけでやっててくれ。俺は、約束を果たしてくる」


 宴に誘ってきた副隊長の誘いを断り、俺は砦の一室に引きこもる。そしてポケットにしまい込んでいたクリスタルを手に取り、キャスティングを開いた。

 まだ配信をやってくれていたわふわふワンコに挨拶コメントを書き込み、そして約束であるスーパー爆茶を投下する。


『わわっ、スーパー爆茶五千個分!?』


〈すみません〉

〈すぐに用意できるのがこれぐらいしかなくて……〉


『そ、そんな。五千個分なんてすごすぎるよ!』


〈ヤタガラスだけにいいカッコさせないよ!〉

【スーパー爆茶×3500 投げられました】


『うっそー! 大丈夫なの、オバケネズミさん!?』


〈大丈夫大丈夫、明日からの生活に困るだけだから〉

〈全然大丈夫じゃねーwww〉

〈やばすぎw〉

〈バカだろこいつら!w〉


〈ぼくを忘れちゃこまるぜ〉

【スーパー爆茶×4000 投げられました】


『えええええー!!!』


〈目標超えたw!〉

〈やばすぎるだろw〉

〈さすが三バカwww〉

〈舐めてたぜw〉


〈やっばw〉〈やっばw〉

〈www〉〈wwwww〉〈w〉〈w〉〈wwwww〉

〈もうお前らしか勝たんわw〉


『す、すごぉー……あ、ありがとね、みんな!』


 わふわふワンコが歓喜している。頑張ったかいがあったな。

 さて、これでよし。貯金を全て使ってしまったがいいだろう。


 戦争には勝利したし、ムカつく敵は倒したし、言うことなしだ。

 今日もいい夢を見られるぞ。


 そう俺は思っていた。

 後にこの戦いが〈ララハ湿原の奇跡〉と呼ばれ、さらに俺が戦場を駆け抜けることになるとはこの時、考えもしない。


 そして、全ての貯金を使い切ったことを上司に知られ大目玉を食らうことも俺は知らずにいた。


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