8話 黒い手
今日は悠馬を見張る為に、悠馬の家に泊まる事になった。
「渚…なんか悪いな…」
「別にいいよ。」
「ははっ…なんかいつもは俺が守ってやらねーとって思ってたの
にな〜」
「…」
「渚も男って事か〜」
「何言ってんだよ。寝るぞ?」
「あぁ、ありがとな」
床に布団を敷いて雑魚寝すると隣から寝息が聞こえてくる。
「全く…世話が焼ける…」
唯一の友人だからこそ、死なせたくない。
僕にとって大事なんだ…。
夢の中で昔の泣き虫な自分を見下ろしていた。
いつもみんなからのけものにされて、誰にも構ってもらえない。
そんなひとりぼっちの渚にいつも手を差し伸べてくれる友人。
懐かしい昔の夢だった。
『オキテ…ハヤク…タスケテ…』
耳元で聞こえる声に飛び起きると横で寝ているはずの悠馬をみた。
誰もいない!!
「悠馬…?」
慌てるようにスマホを取った。
外で車で待機していると言っていた斉藤刑事に電話で知らせる。
「もしもし、悠馬出て行きませんでしたか?」
「悠馬くん?来てないけど?居ないの?」
「はい、家からいなくなってるんです」
渚も外に出るときょろきょろと見回した。
「どしてこうなったんだよ……そうか…」
渚は自分の手の中から出て来た近藤絵里を思い出してじっと眺めた。
するとゆっくりと再び手が出て来た。
そして目の前で指を差した。
「案内してくれるのか?」
頷く彼女の手に導かれるように斉藤刑事と合流してから近くの公園
へと向かった。
「あれ?なんで俺こんなところに?」
今、気がついたように悠馬はここが近くの公園の中である事を知っ
た。
目の前には見知った顔がある。
「あれ?先輩?どうしてここにいるんすか?」
「磯貝、お前絵里に何をしたんだ?」
「絵里とはもう結構前に別れたっすよ?なんか彼氏ができたって言
われて…ちょっ、それって先輩の?」
「嘘を言うな!お前が酷い事をしたんだろう?許さない…許さない」
目の前にいるのに、まるで別人のようになった先輩に説得を試みる
が、全く聞こうともしなかった。
掴まれると力強い力で押さえ込まれ首に指がめり込んできた。
「かはっ…せ、せんぱ…」
「絵里を殺したくせに…のうのうと生きているのが許せない」
優しい先輩だったはずだ。
なのに、今はまるで別人だった。
遠くから友人の声が聞こえる。
頼む…来ないでくれ…お前まで巻き込みたくねーんだ…
「悠馬ーー!!」
「あなた…近藤勇雄ね、観念しなさい。」
「お前は誰だ?絵里をいじめていた奴らの仲間か?」
「警察よ!殺人及び死体遺棄の容疑で逮捕します」
近藤という人が異常なのは一目で分かった。
何か突き動かされているような気がする。
斉藤刑事が目の前の体格のいい男に飛びつくがびくともしない。
その間にも悠馬の容体が悪くなる一方だった。
せめて奴の手を緩める方法は…!?
「お願い。出て来て止めてくれ!」
必死に願うと渚の腕の中から女性の姿が現れたのだった。
透けていて半透明な姿だったが写真で見た彼女だった。
「え…絵里…なのか…」
物凄い力に圧倒され、斉藤刑事でさえ手を焼いていたが、目の前
に絵里の姿が現れると咄嗟に手を離すと目の前に現れた絵里へと
手を差し伸べた。
透けた体は斉藤刑事にも見えていた。
「嘘でしょ…何よ、これ」
「絵里…絵里なのか?返事をしてくれ…お前を死に追いやったのは
この男か?」
首を横に振る彼女に兄の勇雄は項垂れながら何度も話しかけている。
すると、身体に張り付いていたモヤが次第に薄れていった。
力も抜けて気力すら無くなった気がする。
「近藤勇雄、殺人容疑で逮捕するっ!」
「…」
斉藤刑事によって連行されていった。
「悠馬!ゆう…ま?」
「すぐに救急書を呼ぶわ。応急処置を…どうしたの?」
「えっ…あ、そうですね…」
気落ちしたような渚を一人置いて斉藤刑事は電話を握る。
初め悠馬に近づいた時、体がヒヤッとしたのだ。
冷たい感じがして寒気がした。
触って揺すって見た途端に何かグニャっとしたものに触れた気がし
た。
あの時、黒い手を握り潰した時と同じ感覚だった。
身体に中に何かが入り込むような嫌な感覚。
目覚めない友人に不安を抱きながら、サイレンの音と共に救急車へ
と乗り込んだのだった。