3話 黒い手
授業をしながら一人ずつ呼ばれていく。
あの死体が上がった河岸では青いビニールシートが今も貼られていた。
流石に1日では学校中の生徒を面談するのは無理だったのだろう。
明日へと持ち越されたのだった。
「まさか、警察に事情聴取される日が来るとはな〜。」
「悠馬はどうだったの?」
「ん?別に〜、ただ聞かれた事を答えただけかな〜」
「そっか…」
「なんだ?コンビニのバイトのことで何か言われたのか?」
悠馬がわざとらしく揶揄ってきたが、渚はその事は話していない。
「別に、話す事でもないだろう」
「ふーん、まぁいいや。あぁ〜マジで肩が重いな〜」
「あ、あのさ…その肩なんだけど…」
悠馬の肩に乗っている手を払うように持っていた教科書で叩いてみた。
するとポロッと床に落ちた。
「えっ…」
「あれ?なんか軽くなった気がするぜ。渚、何かやったのか?」
「いや、何も…うわぁっ!」
「どうした?」
「な、なんでもないよ…ごめん、ちょっと用事があるから…」
床に落ちた手が動き出して渚の方へといきなり向かって来たのだった。
慌てて悠馬と別れると逃げ出すように駆け出していた。
カサカサっと音がして追ってくるのを逃げるように走った。
誰にも見えていない不気味な手だけが床を器用に追いかけてくる。
こんなの誰に話しても信じてはくれないだろう。
それに、叩き落とせたのには渚自身も驚いた。
なぜあんなことができたのだろう?
角を曲がるとちょうど目の前の人にぶつかってしまった。
「うわっ…」
「あぁ、ごめんさいね。大丈夫?」
警察だと名乗った女性だった。
まだ学校にいたらしい。
転んだ拍子に飛びかかって来た手を思いっきり踏み潰していた。
グニャっと何かを潰した感触が伝わって来た。
そして、まるで野太い声が悲鳴の如く耳に響いて来た。
倒れた拍子に耳を塞ぐと、やっと止まった。
「君、大丈夫?何かあったの?」
「いえ…何も…」
「何もない割に顔色悪いわよ?何かから逃げてたってわけでも…
無さそうだけど…」
渚の後ろを眺めてみたが誰も来ていなかったから、そう判断した
のだろう。
「なんでも…ないです。すいませんでした」
すぐに立ち上がるとそのまま帰ろうとする。
が、すぐにその警察によって呼び止められた。
「ねぇ、本当に何も知らないの?」
「…」
「君、さっきもそうだけど。何かに怯えてない?何かあったのなら
私に教えてもらえない?」
「どうせ信じないくせに…なんでもないです。それより後ろのお姉
さんが早く帰ってって言ってますよ?隣の家が大変だって、早く
止めてって…」
「君、それはどう言う…」
これは一つの賭けだ。
信じて動くか、それとも疑って何もしないか。
警察の女性の後ろでは似たような顔の女性が必死に訴えている。
だが、それはあくまで霊が言っていることで事実とは限らない。
しかし、次の瞬間腕を掴まれるとその女性に強引に引きずられるよう
に連れてこられてしまった。
「ちょっと、強引過ぎじゃないですか?僕、関係ないですよね?」
「関係なくはないだろう?君が言ったんじゃないか。隣の家が大変だ
って…」
「それは言いましたけど…」
いきなり車に押し込められると急発進した。
向かうは自宅だろう。
本当に、ただの学生の言う事を信じたのか?
警察ってこんな事してていいのか?
「もし、僕が言った事が嘘だったらどうするんですか?」
「嘘なのか?」
「それは…」
「なら、自分の言葉に責任を持ってくれ。飛ばすぞ?」
その女性は一気にアクセルを踏み込んだ。
着いたには普通にセキュリティの聞いたマンションだった。
「それでどうするんですか?」
「それは君次第だろう?」
「え…僕?」
「私がインターホンを鳴らすからドアが開いたらすぐに中に飛び込め。
あとは私がいいようにしてやる」
「それって、不法侵入になるんじゃ…」
にっこり笑って『任せろ』と言われても不安でしかない。
「何もなかったら僕って、ただの犯罪者になるんじゃないですか!」
「だから、それはその時だろ?」
「ちゃんと責任取ってくださいよっ!」
「分かった、分かった…」
この警察の女性を信じていいのだろうか?
後ろではそっくりな顔の女性があわあわと慌てている。
覚悟を決めるとドアの後ろに隠れてカメラに映らない位置に隠れたの
だった。