2話 黒い手
みんなには見えないものが見える。
そんな事を言えば昔のようにハブられてイジメにあうだろう。
昔の自分は本当に怖がりだった。
悠馬がいつも庇ってくれたからいいようなものの、悠馬がいなか
ったらきっと一人ぼっちだっただろう。
「聞いたか?この近くの河原で男子学生の死体が見つかったんだ
ってよ!」
「死体…?」
「そうなんだよ。それが…ここだけの話、この学校の生徒だって
話なんだよ」
ニュースにもなっているらしく、顔写真もすぐに出回ってきた。
「この人…」
「知ってるのか?」
「うちにコンビニで買い物してた…悠馬みたいにゴムとローショ
ンを…」
「おいおい、変な事言うなよ〜」
「昨日、悠馬も買ったでしょ?」
「ん?俺が?…俺、行ってねーぞ?家にいたしな〜」
「そんな事…」
言おうとしてやめた。
この被害者の男子学生に見覚えがあったのは事実で、なんで覚え
ているのかを思い出してゾッとした。
「そうだ、あの日も…アレを見たんだ…」
その男子学生がレジに来た時に、肩に乗っていた黒い手。
そして、次の日はもっとはっきりと見えた手が肩に食い込む様に
力強く握り締めていたのが印象的だったのだ。
そして、次に数日開けて見た時には…首を絞めるかのように巻き
付くように手があったのだった。
昔はもっと色々なものが見えていた。
街頭のそばに立っている血だらけの少女や、交差点でうろうろと
徘徊している老人。
子供の時は声をかけてしまったせいで周りから変な目で見られた。
声をかけられた霊は嬉しそうに付き纏ってきて毎回話しかけてく
るのだ。
それを無視すると怒って怪奇現象を引き起こす。
そう…いきなり花瓶が割れたり、突然突風が吹いて書類を飛ばして
しまったりだった。
学校で邪魔されるのが一番厄介だった。
いきなりロッカーが開いて掃除道具が倒れて来たりと、たまたまな
偶然が重なるのだ。
掃除をしていればいきなり水道が壊れて水浸しになったり、一緒に
当番になった人はいつも渚を嫌がった。
『僕のせいじゃないのに…』
どんなに言っても信じては貰えなかった。
しかし、悠馬だけは違った。
何が起ころうが、気にしなかったのだ。
『すげー偶然が起こるのな!マジおもろいじゃん!』
何があっても動じないし、めげなかった。
そのおかげで渚も我慢できたのだ。
ずっと無視すれば、霊だって飽きて他に行く。
それまでの辛抱だった。
いつしか、小学校からずっと一緒にいるようになった。
そして、今度は悠馬が取り憑かれているのだ。
自分にはどうしようもない。
そう思いながらも、考えずにはいられない。
(どうしたらいい?…どうしたらアレを剥がせるんだ?)
多分、あの手が首に近づくほど危険なはずだ。
今はまだ肩に落ち着いている。
それが唯一の救いだった。
まだ猶予があると言うことに他ならないからだ。
「悠馬、あのさ…」
「だから〜俺は昨日コンビニに行ってねーし、ゴムも勝ってねー
って」
「あっ…別に、そう言う事じゃ…」
「ごめん。なんか少し前から肩が重くてさ〜。ついイライラしち
まうんだ」
それはそうだろう。
その原因は多分その肩に乗っている手のせいだろう。
しかし、それが見えているのは渚だけのようだった。
「最近彼女出来たんだよな?どんな子?」
「ん?あれ?言ったっけ?」
「うん、そう聞いたんだけど、どんな子なのかなって…」
「うーん、可愛い子だぞ?えーっと、あれ?どんな顔だっけ?…髪は
長かったような…いや、短かったっけ…?」
曖昧な言い方に本人すらも気づいていない。
「どこで知り合ったの?」
「そうそう、それはだな〜ほら、橋の上で泣いてるところに俺が声かけ
たって訳。それで、彼氏に振られたからって聞いて、付き合う事にし
たんだよ〜」
「ふーん…それってあの死体が上がった川の?」
「ん〜言われてみれば…そうかも。まぁ偶然だろ?」
「うん、そうだといいね…」
渚は一縷の不安を抱えながら自分の席についた。
担任が入ってくると、今から一人ずつ警察の面談を受ける趣旨を伝えて
きたのだった。