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第六話 聞かれたくなかったこと

 ふわふわとした感触、まるで鳥の生毛の如く弾力感のあるそれは全身を優しく包み込み懐かしい匂いを伝達する。滑らかで暖かくあの世に誘う、深淵が見えない誘惑は何度も俺の意識を底なしの沼に落としていき、目を覚ます頃には視覚の届く範囲に紅の色彩が灯って………


「って、どこの教科書の情景描写だよ!」

「‼ びっくりしたー!」


 ビクッとした小さな応答。体を起こし瞳を音の方角に移動させると、一人の学生が佇んでいる。場所は保健室らしく、気持ちの良い安らぎを与えたのはここのベッドのようだった。


「篠崎…さん?」


  確認するように問いかけると、彼女ははぁ、と息を吐き「うん」と小声で呟いた。

髪型がショートヘアーのせいで眼鏡のわりにおてんばに思えるが、目線は手元の本におかれ何事にも動じない雰囲気が滲み出てるのが意外な組み合わせである。


「急に大きな声を出さないで」

「あ、悪い」

「……それと、いきなり現れて倒れたあなたを運んだことは褒めて欲しい」

「よく運べたな」

「引きずったし」

「引きずったのね」


 ジロジロと眺める俺が気に食わなかったのか、鋭い物言いでこちらに睨みをきかす。教室での態度と似てるな、と深みを持つ俺は脳内から一つの言葉を取り出した。


「ありがと」

「別に」

「で、なんで鼻歌歌ってたんだ?」

「ぶ⁉︎」

「あ、もしかして聞かれたくなかった? そうだったら謝る。俺を保健室まで連れてきた上、まだ居てくれたからてっきり質問していいものだと」

「……そ、そう。っべ、別にきにぢてない、ないし」


 いやどう見ても気にしてるだろ、という心情は頭の奥すみにしまっておくとする。自分から聞いておいてそれはひどく酷な考慮だった。一息ついて、互いの空間に気まずい沈黙が訪れる。片方は恥を隠すための空白であり、もう一方はそれを待つに等しい時間の掌握だった。

何分が経った後、彼女側から漣の泡に潜む告白が伝えられた。


「私は人との付き合い方…ううん、誰かに嫌われるのが怖いの」

「嫌われる?」

「…そう」


 俺に表情を向けながら相槌を打つ彼女、放課後の誰もいない保健室にその声はえらく響く。


「私、昔はもっとハキハキしてて活発な女子だったの。クラスの大多数の人間に話しかけられたし、それこそ学級委員だって。でも、、今じゃ……」


 そこで言辞は幕を落とし彼女の空白がたどり着く。続きがあるけど話したくない、そういう態度だった。暫くして辛辣した雰囲気を取り払うように立ち上がると、手元の本をカバンに入れて踵を返す。振り向きざまの彼女の面構えは何かをグッと堪え痛みを打ち消そうとする一人の迷子という比喩が相応しかった。


「ごめん、初対面なのにこんな話して」

「いや別に、」

「あなたって今まで出会った人達とは違う感じがする。それが知れただけでも良かった」


 俺が口を挟む間も無く、篠崎さんは言葉を発する。


「今日のことは内緒にして。新しいクラスで私の存在が浮かび上がるなんてもうたくさん。なんで図書館に居たのか知らないし、あそこで何をしてたのかは咎めないから。その代わり以後私に構わないで」


 じゃあね、と付け足し彼女は入り口のドアノブを握りしめる。これからもこれからも会話を共にすることはないと結論づけ彼女は一人、外れかけた一本道に戻ろうとする。


 何かを棒に振る行為を平気でのりこなした人間は、出口のない箱庭に永久追放された。他人がどうこう言う筋合いはなく意味もないはずだった。


「悪い、それは無理だ」


 ある少年がそれを拒んだ。そしてその他人は、()だった。

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