第六話 爺さん
(回想)
話は少し遡る。
東京都警察本部。都の中枢に構える東京ドーム半分ほどの大きさを有する警察組織はこの場所にしか存在しない。二十年前の世界的惨劇を受け、急遽強化された本部の入口は一つのみ。三桁近い警備員が見張っており悪戯に侵入を試みようとしただけで禁錮三年という思い罪が課せられている。
上空には三十機のドローンが二十四時間昼夜問わず監視中、民間の歩道と通じている通り道には警部員と警察犬が目を光らせる。外観の壁は大部分が銀で形成、高圧電流が至る所に流れているため、よじ登ることは間接的に不可能。加えて魔道具も多く使われ、異能力者も防衛に投じているので、まさに鉄壁要塞と呼べた。
テロや犯罪者グループ如きでは、崩せない、徒党を組んだ異能力者であっても至難の業。
これほどまでに防御を固めるのは警察が何か秘密を抱えているからなのでは、という考察をする者もいたが確認のしようがなく、噂の範疇に収まっていた。
最も、それはある意味正解と言える。警察にとっての秘密。地下3階から10階に位置する特殊能力取り締まり執行部署。
所属する全員の異能力者は自身の力を公に公表してはならず、彼らの能力は統括本部で一覧にされている。
が、アクセス権限は上位2%という僅かな人数。把握しているのは特級警察官僚と第一から第六までの部署隊長だけであった。
通称「執行人」達はそこで一日中、慌ただしく動き回っている。
さて、第二部署に所属する爺さんは「高校事変」と命名された西山高等学校で起こった事件以来、休暇を満喫していたわけだが……常に人材不足な執行人に休みなんてものはなく、
ーーー年寄りを労らない業務なんぞ放置でよいじゃろう。
規定を違反し続けていた。
執行人には家がなく警察本部で大多数は過ごす。よく部屋を散らかす爺さんは、片付けの一切されていない書類の山を雪崩みたく退かせ、ソファに寝転がっていた。
そんなのんびりとイビキをかきながら熟睡する彼に、迫り来る人の影がある。次の瞬間、爺さんに向けた鋭い手刀が落とされー
スパッ!
「ち、またか」
「ふわぁ~あまいのぉ」
欠伸と共に落下してきた右手を察知して身体を捻った爺さん。目を開いた先には見知った人間が居た。
「なんのようじゃ、エルシッチ」
「とぼけるんじゃねえよ。ワタシがなんでこの部屋に来たか、てめえならわかるだろ」
凛とした口調で喋る彼女の様子を見て、爺さんはどこか白々しくなる。彼は瞬間移動で目の前の女から距離を取るも、「逃げてもいいぞ」と言って左手から炎を噴き出し余裕の笑みを冗長する態度に、参りましたと言わんばかりの土下座を披露する。
「サボっていたわけではないんじゃ。この前の任務で疲労が溜まってしまってのぉ、ちょっとした有給休暇を…」
ほとんど懇願に近い話し方で爺さんは言った。それを見下ろしながら、彼女は不敵な双眸で状況を一瞥する。
「へえ、面白いこと言うな。敵を逃した分際で休みを取ろうとするなんて」
「……あれはしょうがないじゃろう」
「しょうがない……だと? 笑わせるな、仮にも『新世代の日』を生き残った人間が空間を崩されただけで追撃をかけなかった弁解になると思っているのか」
「……」
押し黙る爺さんに恐ろしく硬質な言葉で、平然と説明を続ける。
「ガキの存在が手枷になったとはいえ、お前らしくもない。いつまで向き合わないつもりだ。第二階級の執行人殺しなんぞ敵ではないだろうに。それとも何か、二十年前に大暴れした《鳳凰》の名は衰えてしまったのか」
「……既に封印した力を今更掘り起こすようなことはせん。どう言われようと、わしはあの力を使わんし借りんぞ」
「戯言を。聞いたぞ、作戦の概要を。不測の事態への対処法は見事だが、敵への扱いが粗すぎる。捕縛だと⁉︎ 生かす価値のないゴミは殺しておいても構わないと伝えていたはずだ。いい加減にしないとぶち殺すぞ!!」
炎をその場でド派手に散らし、右手を思いきり壁に激突させるエルシッチ。大きな衝撃とともに辺りに積んであった書類全てを崩壊させる。六人という少数で編成される第二部署にとって彼女がここまで怒るのは久しぶりのことであった。
シーン、と静まり返る部屋。
不機嫌そうに時計を拝見した彼女は、「ち、時間がない」と言って宣告した。
「まあいい。ともかく、お前には別の任務が与えられた。次失敗したら戦地送りだそうだ。ワタシ個人は今回からその方がいい気がするんだがな」
そう言って、土下座から解放を許された爺さんに一つの用紙が差し出される。今月の任務予定表、そこに新しく事項が提示されていた。
「西岡樹の監視…か」
「一応お前の意見は上層部に進言しておいた。現状実態が掴めないため、二ヶ月間監視を行なって判断するそうだ。近寄ってくる敵も見定められるし、場合によっては情報を確保できる。お前にこの任務を委ねるのは不服だが、上層部の意向だから無視はできない」
資料を受け取り、落ち着いて詳細を閲すると任務開始が明日になっていることに気付いた。人数は爺さん一人。報告カルテを誤魔化すのは容易だが、流石にそれは咎められた。何せもし敵に上手い具合に悪用されては爺さんの責任問題になってしまうから。
「ドンパチやってる戦況に送られたくなかったらちゃんと報告するんだな。敵は殺しても構わんぞ、お前に殺せるならな」
捨て台詞を吐いてエルシッチは部屋を去っていく。緊張から解き放たれ、その場に座り込んで安堵する爺さん。実力では彼が上回っているが、精神面と上官としての怖さが恐ろしかった。
座り込んだ爺さんは、天井を見上げ思いを一考する。
「いかんのぉ。歳を重ねていけば敵であっても情が湧いてしまう。全盛期なら戦地で猛威を振るい、死体の山を築けていたんじゃが。体力は衰えたし頭も鈍くなった。反射神経と勘の良さも時間の問題じゃろうな」
やれやれと言わんばかりにため息をつく。そうして、譲渡された用紙を眺めていたのだが、綴られた予定に直感が作用した。
「あれ、わし任務一つすっぽかしてなかったか?」
『西岡樹の監視』。この仕事が与えられたことで続く二ヶ月間の任務は綺麗さっぱり追加されなくなるのだが、それ以前に入れていたものについては例外となる。
紙を直視してみれば…………とある任務が継続して入れられていた。
「ふうむ……どうするべきか」
執行人の仕事には期間が存在する。期限から三週間を経過してしまった場合、よほどの事情がなければ減給、又は危険任務の増加という事態が彼らに訪れる。命と隣り合わせの執行人にとって月給は百万前後であり、任務の安全性は絶対に譲れない。
そのため、何とか工作を行ったりして頑張るのが大多数だが、女性をナンパしたり女子高校に仕事外で潜入したり、麻雀に明け暮れてる爺さんはいつもギリギリなわけで、、
「もしかして、わしピンチ?」
行き着くところは、西岡樹を任務と同時並行で進めようとするしかなかった。
つまりは、爺さんの任務は………西岡樹との同伴であった。