第四十三話 黒幕
〈???〉
同時刻。
とんがり帽子をそれぞれ被った二人組。 彼らはこの空き教室に入ってくる存在を待ちかねていた。
ガラガラ!
すると一分も経たないうちにドアは開かれ、入室した人間を一目捉えた老人はズバット指先を突きつける。
「やっぱり首謀者はお前か。長山陽葵の担任教師、平良県西! いいや、『執行人殺し』Sihana=reverse」
執行人は能力者を保護する署。それ以外には取り締まり、悪行を働く執行人と敵対し場合によっては殺害すら考慮される政府の犬。
当然それを清く思わず逆に執行人を殺しまわる能力者も存在する。それが『執行人殺し』。
パラパラと。決めゼリフが言い終わるころには物理的に顔のパーツが剥がれていき、前とは似つかない青い瞳の外国人が出現した。
自身満々に断言する老人の様子に当然、といった振る舞いで男は言う。
「流石です。私が来るのを察知してたということは、この部屋にも何か細工がしてあると?」
「術式霊装に日本式の札、それとタロットカード。これだけ防御を固めればあんたを捕縛できる。無論人払いも完璧。閉鎖空間にしてるから此処で何が起ころうと外部には何も影響がない」
「素晴らしい。話通りの教師を演じていたつもりなのでしたが、どこで綻びが……」
「無駄話に方針の変更。新学期を張り切る教師を演じてたつもりなんだろうけど、甘いのぉ。大人ってのは性格が急に変わったりしない。いくら新学期が楽しみだからって何一つやり方を曲げない教師が大半じゃ。
変装名人の『執行人殺し』として国外で腕をあげてきたようじゃが、日本の教師については勉強不足だったようじゃな」
「自分はサボってただけのくせに」
「少し黙っとれ」
胸を張って話す老人は会話を区切って、自信満々に結論づける。
「お前の目的は、篠崎紬希と長山陽葵の両方を手に入れること。その二つが執行人の監視下に置かれたとなれば、今までの成りすましの道具を取りに来るはず。それを見つければこっちのもんじゃ。観念せい、執行人殺し!」
「もう逃げられない」
直後、能力行使の構えをする執行人。少女も幾つか魔道具を握りしめ、攻撃の準備をする。
ピリピリと、緊張が広がる空間。
だが、それを破った犯人が一人。
「面白い、なかなかの推理ですね。しかし、予想している目的とは大きくずれています」
「何?」
警戒を解かない二人の横を通る『執行人殺し』。この場を楽しむ素振りを見せながら、彼はペラペラと喋り出す。
「タロットカードというものは素晴らしい。あれは能力者にしか使えない唯一の魔道具であり、その者の真価を定められる」
コツコツと足音を響かせ、重ねて彼は言う。
「確かに篠崎紬希は能力者として見事です。対象の能力を消すという能力は価値があり、精神そのものも優れている。タロットは本来一度しか力を与えないはずなのに、二度も付与するなど前代未聞。長山陽葵の能力も巧妙に使えばものになるでしょう」
「そこまで考えて、」
「だが、全てそれは些細なことに過ぎない。貴方達だって薄々気付いているんじゃないですか?」
歩みを止めて、二人に顔を合わせる『執行人殺し』。
今度は老人が話しかける。
「西岡樹…もしやあやつか?」
深妙な空気の最中、自身が不審に思っていた事象を放り込む。その発言を聞いて、敵は楽しそうに表情を歪ませた。
「お見事。伊達に二十年前の『新世代の日』を生き延びた勘が働きましたか?」
「『新世代の日』ってー」
「今となっては死語じゃ、ミィは知らんでよい」
冷静に受け流すも敵は受け付けない。
「おや、最近の執行人は知らされないのですか。かつて世界を牛耳ろうとした異能力者の存在を」
「黙れ、貴様の顔ごと捻じ伏せてやろうか」
殺気を隠さず獲物を見据える老人に、気にせず声を割り込ませる男の口調。
「勘違いしてるようなので言っておくと、長山陽葵が途中、タロットカードに力を乗っ取られたのも私の計算のうちですよ」
「嘘じゃな」
「そう思うのは結構。ですが、応援を呼ばず事態を最小限に解決する貴方達なら絶対に持たせると確信していました」
「何をじゃ!」
「タロットカード」
はっとする老人を男は見逃さない。「くくっ」と、頬笑を消さずドロリとした粘質の言葉が広がる。
「西岡樹…彼は、異能力などという矮小な力を持つ者ではありません。選ばれし者だけの古の力。不確定要素の多いタロットカードと同等の、あるいはそれ以上の神知を超えた、………我々にとって始まりの、偉大なる王の異能力」
憤怒と哀愁に包まれた感情を飛ばす男。ビクッとする二人だが、突然冷静になって仰々しく態度を表して、上機嫌そうにもう一度教室を歩き、男は面白そうに笑う。
「それにしても、捨てたもんでもないですね、この国は。高度成長を終えて衰退の一歩を辿るかと思えばしつこく粘る。五十二人のみの執行人が賄えているのもそういう事情があるのかもしれません」
「執行人が減った原因の一つは、貴様ら『執行人殺し』のせいでもあるじゃろ!」
「弱者が死ぬのは当たり前。それは貴方達が一番よく知っているはず」
「っ!」
舌を噛み切る思いで相手を睨む。
殺意の高まった教室で少女は疑問を投げつけた。
「答えて! あなたの目的は、どうしてこんな手の込んだことを」
「確認です」
「は?」
意味不明な返しに、二人の眉が微かに吊り上がる。
「あの方の覚醒、その時の器がなくては困るではないですか」
大手を広げて空を仰ぎ、貫禄のある喋り方で語る男。そんな彼の前に、少女と老人は凄む。
「これ以上、会話しても埒が開かない。捕縛したのち事情は聞く」
もう御託はいらぬと言わんばかりに無愛想に両目を男に向ける。
「おやおや、怖いですね。ひとまず逃げるとしましょう」
「それはどうじゃろうか」
「死なない程度に痛めつける」
言うと同時に少女は手に握りしめた魔道具の一種「魔法石」を掲げる。
「発動!」
ピカーンと石が光り、辺り一面を閃光が埋め尽くす。
「っ、くそ!」
腕で目元を隠すのも間に合わない男、その隙をつき、老人が瞬間移動。背後に回り、仕込んでおいた拳銃を脊髄に当てる。
「終わりじゃ!」
安全バーを外し弾丸を飛ばすー、だが、
カキン!
「んな⁉︎」
「演技って疲れますね」
服の隙間からは弾が弾かれた金属の跡。惜しくも雲斎桜莉と同じ装備でこの男もまた、身構えていた。
「よいしょっと!」
パラパラ、と。
刹那、男は講師服をひらりと舞い散らせ忍ばせていたタロットカードを辺りに散らばせる。様々な模様が描かれたタロットは同タイミングで光り輝いた。
「お先に失礼!」
「こんなチャンス、逃がすわけなかろう!」
もう一度瞬間移動、激流を纏い男の足元へと出現する。右手で銃を持ち、そして服に装着したタロットカードを剥がし、重ね合わせる。
「倒れろ!」
トリガーを弾く。同じ銃のはずなのに、威力が大幅に上乗せされた一撃。赤く輝いた弾は、男の心臓を勢いよく射抜―
「無駄ですよ」
ギアを引く前に、相手のタロットカードが効果を発動する。描かれた模様は放浪者が灯りを照らしている姿。散らばったタロットは全て同一で都合よく効果を発揮する。
「! だめ、この場所崩れる!」
「っ、ここまでか」
瞬間、老人はミィを掴み両目を開く。
直後に全てが壊れ、誰も知らない校内に衝撃音が響き渡った。
第一章 完