勘違い令嬢に婚約破棄は通用しません!
最後までお付き合い頂けたら幸いです。
「お前との婚約を破棄させてもらう!!」
王都の貴族街にある公園で、ムルク子爵家の令息エドワードが声を荒げて宣告した。普段は温厚な性格なのに、眉間に皺を寄せ随分とイライラしているようね。
しかし、「お前」とは誰のことだろう? 私の名前は「アンナ」である。いつもエドワードからは「アンナ」と呼ばれている。つまり、エドワードは私以外の誰かに対して婚約破棄を宣告したことになるのだ。
周囲を見渡すと、少し離れた木の影に隠れるようにして女性がいることに気がついた。あれは……ランス男爵家のレミリア嬢だ。
「レミリアさん!」
「えっ!」
私が声をかけると驚きの声を上げている。そんな状況ではないだろうに。自分の立場が分かっているのだろうか?
「こちらにいらっしゃい!」
「は、はい!」
スカートの裾を上げてレミリア嬢は駆けてきた。まさか自分が呼ばれるとは思ってもいなかったという顔をしている。
「エドワードがあなたに婚約破棄を宣告したわよ」
「なっ!」
「えっ!」
エドワードとレミリア嬢は揃って声を上げる。レミリア嬢はともかく、エドワードが驚く理由が分からないわ。
「まさかエドワードが私以外の女性とも婚約をしていたとはね……意外だったわ」
二人は顔を見合わせて口をパクパクしている。
「いや、違う。私が婚約していたのはアンナ、お前だけだ。レミリアとはこれから──」
「分かっているわ。レミリアさんとは今、婚約破棄したものね」
エドワードが頭を掻きむしる。樹から毛虫でも落ちてきたのかしら?
「お前、馬鹿だろ」
「レミリアさん、言われているわよ」
「アンナのことだ!」
私が馬鹿? 王立魔法学院の高等部でも最高の成績をおさめる私が? ふざけないでほしい。私にもプライドがある。こんなことを言われてまでエドワードとの婚約関係を維持したいわけではない。
「エドワード! 貴方との婚約を破棄させて頂くわ」
「なっ!」
「えっ!」
エドワードとレミリアがまた声を揃えて驚く。
何がきっかけで人と人の関係が壊れるかは分からない。些細な事が、大きな綻びに繋がることがあるの。エドワードにはいい勉強になったでしょう。
唖然とする二人を残し、私は華麗に身を翻して歩く。
二人の間の抜けた顔がまだ瞳の奥に残っている。案外、エドワードとレミリアはお似合いじゃない? 私にフラれたことで慌ててレミリアとよりを戻そうとするのではないかしら?
まぁ、好きにすればいいわ。もう私には関係のないこと。
公園の空は雲一つなく晴れ渡っていた。
#
学院を歩いていると、やたらと視線を感じる。私の美貌はいつものことなのに、何かしら?
少し気になって耳をそば立てると、どうも婚約破棄のことを噂しているみたい。エドワードとレミリア嬢も同じ魔法学院に通っているから、話が回ったのね。
「はぁ」
人間なんて下世話なものね。聞くに耐えないわ。
自分の周りに消音の魔法をかけると、静寂に包まれた。
「そもそもエドワードなんて私には不釣り合いだったのよ。少し顔がいいだけ。さっさと別れて正解だったわ」
私の独り言は魔法に吸収される。
高度な魔力操作を要求される消音の魔法を私の年齢で使える者はこの国にはいない。
ちょっとした優越感に浸りながら、教室に入るとまたもや様子が変だ。まだ私の婚約破棄の噂を……?
席に着いてしばらくすると、担任教師と見慣れない男の子が教室に入ってきた。高等部に来るからには15歳以上なのだろうけど、随分と幼くみえる。
担任教師が促すと、男の子は教壇の前に立った。
つまり、新しいクラスメイトってことね。自己紹介を始めたみたい。名前ぐらい聞いておこうかしら?
私は消音の魔法を解除する。
「……したイブラム・ハインリッヒです。よろしくお願いします」
イブラム? 変わった名前だわ。肌も褐色だし遠方の出身かしら? 辺境の田舎貴族かもしれないわね。
担任はイブラムに私の横の空席に座るように指示した。小柄なイブラムはニコニコと愛想よく教室を歩く。
「イブラム・ハインリッヒです。よろしく」
「アンナよ」
少し驚いたような顔をする。私の美貌にたじろいだようね。
「そんなに緊張しなくていいのよ。ここは学舎なのだから、一緒に知識を深め、素晴らしい魔法使いを目指しましょう」
「あっ、はい! よろしくお願いします」
元気な子ね。イブラム。嫌いじゃないわ。
「イブラムは何系の魔法が得意なの?」
「……ぼ、僕は実は魔法が全然で」
謙虚ね。でも、膨大な魔力をもっていることはバレてますけど? 私が魔力を見えることは知らないだろうから無理もないけど。
「ふーん。手の内はさらさないってことね」
「い、いえ! 本当に魔力の操作が苦手で! だからこの学院に──」
「授業が始まるわ」
「……はい」
しゅんと縮こまるイブラム。可愛い……。ちょっと意地悪したくなる。
少しだけ、学院生活が楽しくなりそうね。
#
「アンナさん! どうしよう! 右手から魔力が止まらない!!」
魔法陣の授業。イブラムは私の気を引くためにわざと魔力操作が拙いフリをして慌てる。額に汗までかいて、芸が細かいわね。
「イブラム。あなたは魔力が桁外れに多いんだから、少しでも魔力操作を誤れば今みたいになるのよ」
「わわわっ! 暴発しちゃう!!」
「仕方ないわね。今回はサービスよ」
私はイブラムの側により、魔法陣に魔力を注ぐ右手にそっと触れる。そして干渉した。
「あっ、止まった……」
イブラムの手から魔力の流れが止まる。そして魔法陣の上に光の球が現れた。灯りの魔法完成。
「イブラム。今の感覚を忘れないでね。すっと管を絞る感じよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
くうぅぅ。可愛い……。イブラムの策略に嵌められている……。
「アンナさんが書いた魔法陣、複雑ですね」
イブラムが私の魔法陣を覗き込む。
「あら? そう? これぐらい簡単でしょ」
「これも灯りの魔法陣なんですか?」
「そうよ。ちょっと見た目は工夫しているけど」
机の上の羊皮紙に書いた魔法陣の端に指を乗せる。そして細く細く滑らかに魔力を注いだ。すっと魔法陣が輝く。そして──。
「凄い……」
イブラムは魔法陣から飛び立つ光の蝶を見て感嘆の声を上げた。教室の中を優雅に羽ばたく様子に、他のクラスメイト達も見惚れている。
パチリ。と指を鳴らして魔力を霧散させると、蝶は光の粉になって宙に溶けていった。
イブラムが一人拍手をしている。担任教師や他のクラスメイトは悔しそうな表情だ。何故かしら?
「イブラムもこれぐらい出来るようにならないと。そうね。遠征までには」
魔法学院の高等部では卒業前に、王都から離れた魔の森への遠征が行われる。遠征中は男女がペアになって課題に挑戦することになっている。
国を守る魔法使いとして覚悟を求めるとともに、貴族同士が将来の相手を見つけるイベントでもある。
「え、遠征って男女のペアで挑戦するんですよね……? 碌に魔力を操作出来ない僕と組んでくれる人なんているかなぁ……」
あらあら。婉曲なお誘いね。眉間に皺を寄せて困ったフリをしている。
「イブラム。女性を誘う時ははっきり言いなさい」
「えっ! なんの話ですか?」
「私とペアを組みたいんでしょ? 今なら考えてあげるわよ」
「本当ですか!?」
イブラムの表情がパァっと明るくなる。うぅ……。可愛い……。
「仮よ! 仮! 他にいい人からお誘いがあれば分からないわ」
「……はい」
そのシュンとした顔に、私の心は鷲掴みにされるのだった。
#
イブラムの狙い通り、魔法学院の遠征には私とイブラムがペアを組むことになった。高等部で最も優秀な私に他の誰からも誘いがなかったのはきっと、イブラムが裏で手を回したからでしょう……。
「イブラム。気をつけなさい。雑魚モンスターしか出ないとはいえ、ここは魔の森」
「はい! アンナさん!」
あっ……。抱き締めそうになるのを必死に我慢する。クリクリとした瞳でこちらを見つめる度に疼く──。
「アンナさん! モンスター!」
暗い森の中。灯りの魔法がモンスターの姿を照らした。
「さようなら」
ザシュ! っと瞬時に放った魔法の矢に射抜かれ、フォレストウルフがパタンと倒れる。
「イブラム。尻尾を」
「はい!」
パタパタと走り、イブラムがフォレストウルフの体にナイフを差し入れ、尻尾を切り取る。
討伐対象一体クリア。
王立魔法学院の遠征は実戦を重視する。
魔の森で一晩過ごし、より多くより強力なモンスターを倒したペアが優勝となるのだ。
「次はイブラムがやるのよ?」
「はい!」
イブラムは私と一緒にずっと魔力操作の修行をしていた。その身に宿る途方もない魔力を制御するために。てっきり私の気を引くための演技だと思っていたけど、イブラムは本当に魔力操作が苦手だったのだ……。
「来るわ……」
イブラムの右手に魔力が集まり、ビリビリと空気が震え出す。それと同時に茂みから飛び出してきたのは魔の森では強敵に当たるマッドベア。
「いけぇぇッ!」
──ドバンッ! と空気が引き裂かれた。そして胸元から煙を上げるマッドベア。
膨大な魔力を収束させ、雷として打ち出す魔法は私とイブラムが共同で開発したオリジナル。
「や、やった!!」
最初から大物を倒して飛び上がって喜ぶイブラム。私の中の保護欲を刺激するつもりね……。
「おめでとう、イブラム」
冷静を装ってなるべく低い声を出す。
「はい! アンナさんのお陰です!」
灯りの魔法が照らすイブラムの顔は紅潮していて、私にはとても艶めかしいものに見えた……。
#
「アンナさん! まだいけますか?」
イブラムの息は荒い。
「当然でしょ? 私を誰だと思っているの?」
とはいえ、ここまでの激しさは想定していなかったわ……。一体いつ終わるのか?
私達の周りはモンスターの死体で埋め尽くされ、それを乗り越えてまたモンスターがやって来る。
魔の森でこんなにもモンスターが集中するなんて聞いたことがない。それにこのモンスター達はどこか変だ。
──ドバンッ! と大きな音が響き、イブラムの魔法に巨大なマッドボアが倒れた。そしてその子供と思しき小さなマッドボアが何の躊躇いもなくこちらへ突っ込んで来る。
「眠りなさい」
眠りの霧を生み出し、マッドボアを包むも──。
「効かない!?」
「危ない!!」
イブラムの雷の魔法がマッドボアの胴を貫き、地面に転げて痙攣する。
「アンナさん? 何が?」
マッドボア如きが私の魔法をレジスト出来るとは思えない……。ということは……?
目に魔力を集中して魔法の痕跡を探る。細く、今にも途切れそうな魔力の糸がマッドボアの体から伸びている。ふーん。モンスターを操るなんて珍しい魔法ね。しかし、詰めが甘いわ。これを辿れば……。
「イブラム! 行くわよ!」
「えっ? ちょっと待ってください! わわ、速い!」
魔力による身体強化が不得意なイブラムは私に遅れながら、必死についてくる。
私達に魔物をけしかけている輩がいる。イブラム……もしかして学院で嫌われているの……? 何にせよ、私の可愛いイブラムに手を出したらどうなるか教えてあげましょう。
「急いで!」
「は、はい!」
夜の森をひた走る。
しばらくすると、幾つもの灯りが密集し明るくなっているところを見つけた。あそこね……。
「……イブラム」
「……はい」
何かを悟ったように顔が引き締まった。
「ちょっと驚かせるわ。魔力を頂戴」
イブラムの右手を左手で握り、スッと魔力を吸い上げた。俄に身体が熱くなる。イブラムの魔力を右手に集中させ、グッと圧縮した光の球をつくった。それを空高く飛ばし──。
「閃光!」
暗い森の中を光が駆け抜け、まるで真昼のような明るさで周囲を照らす。視界の先には二十人くらいかしら? 学院の生徒達が一斉にこちらに振り返った。
「あなた達。仲良く集まって何をしているの? 遠征でペアを超えての協力は禁止の筈よ? 貴族の誇りはないのかしら?」
集団の中から男が出てきた。……エドワードだ。その後にはレミリア嬢の姿も見える。やっぱり、よりを戻していたようね。
「うるさい! 平民の癖に偉そうに! この勘違い女が!! 少し魔法が出来るからって調子に乗るのもいい加減にしろ!!」
はぁ。愚か。
「だまれ! アンナさんを侮辱するなら僕が許さないぞ!」
突然、イブラムが私の前に立ち声を張り上げた。
「ふん。小国の第四王子風情がしゃしゃり出て。そもそも厄介払いでこの国に留学させられたと聞いているぞ?」
「……」
イブラムが怯む。
小国の王子って何のことかしら? まぁいいわ。とりあえず馬鹿な貴族達を始末しましょう。
「ところで、私達に喧嘩を売ってただで済むと思っているの?」
「お前こそ、俺達に逆らってただで済むと思っているのか? こちらは全員、貴族の子女。大人しくモンスターの餌食に──」
ブンッ! と魔力で圧縮した空気でエドワードを殴り飛ばす。魔法障壁を張る前もなく直撃し、地面に倒れた。
「や、やれ!!」
誰かの掛け声を合図に様々な魔法が飛んで来る。
しかし、イブラムが張った厚い魔法障壁が簡単に弾き返してしまう。発動も速かったし、強度は充分。イブラム、成長したわね……。
「そろそろ終わりにする。また魔力をもらうわよ」
真剣な表情で魔力障壁を維持するイブラムの右手を握る。また、熱い魔力が流れ込んできた。うん。これならいけるわね。
私は地面に手をつき、イメージを固める。そして──。
「土牢!」
貴族の子女達を囲むように土の壁が勢いよく伸びる。
「なっ、なんだ!」
「いやぁぁ!」
「気をつけろ!」
怒号と悲鳴が入り混じるが、やがてそれも聞こえなくなった。ドーム状に固めた分厚く強固な土の牢屋からは声も聞こえない。
「あ、あの……アンナさん……。大丈夫ですか? やり過ぎでは?」
「こちらは命を狙われたのよ? 閉じ込めるぐらい平気よ。朝には教師達が見つけてなんとかするでしょう。きっと何処かで見張っている筈だから」
「そうなんですね。見張っているなら、彼等を止めてくれれば良かったのに……」
「可哀想なイブラム。きっと教師達からも嫌われているのね……」
「えっ、僕ですか?」
「大丈夫よ。私が守ってあげるから」
そう言うと、イブラムは複雑な表情をした。女性に守ってもらうというのに抵抗があるのかしら?
「あぁ、イブラム。あの土の牢屋に空気穴を空けておいて。窒息して死なれたら寝覚めが悪いわ」
イブラムはさっと手を突き出し、雷の魔法を放って土のドームの上の方に風穴を開けた。悲鳴がいくらか聞こえたけど、まぁいいでしょう。
「さぁ、モンスターの討伐部位を集めないとね。戻るわよ」
「はい!」
いつの間にか空は白み始めていた。
#
王立魔法学院の遠征は二位のペアに圧倒的な差をつけて私達が優勝した。ある意味、私達にモンスターをけしかけた貴族の子女達のお陰ともいえる。
ただ、良いことばかりではない。
「イブラム。行くのね」
私はイブラムに呼び出され、貴族街にある公園に来ていた。
「はい……」
魔力操作を身に付けたイブラムに自国への帰還命令が下ったのだ。相手はイブラムの父親、つまり国王らしく絶対に背けない。
「それで、何を持って行けばよいかしら? 手ぶらでもいいの?」
「えっ!?」
「イブラム。あなた言ったでしょ? 私とペアを組みたいって」
「えっ、僕から言いましたっけ? それにそれは遠征の話で……」
「別の国に行くなんて、まさに遠征ね……」
一度目を瞑ったイブラムは、覚悟を決めたように目を見開いた。
「はい! そうでしたね! 一緒来てくれますか? アンナさん!」
「喜んで」
飛び込むように抱きついてきたイブラムは、学院に来た頃よりも随分と背が伸びている。もう少しで私と変わらなくなるだろう。
可愛かったイブラムが成長してしまって少し寂しい。でも、男らしさがのぞき始めて、私はまたそこに惹かれてしまっていた。
「イブラム……」
返事の代わりに、ぎゅっと抱き締められる。
生まれ故郷を捨てて知らない国に行くというのに、私の中には何の不安もなく、ただただ希望と安心感で満たされていた。
それは間違いなくイブラムのお陰。
思い返せば、イブラムが学院にやって来てからはずっと幸せだった。これからもそれが続く。
これはきっと、私だけの勘違いではない筈だ。
「そうよね?」
「えっ?」
「なんでもないわ。さっ、準備をしないと」
「はい!」
イブラムと私は、同じ歩幅で歩き始めるのだった。
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『声なき聖女の伝え方』
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是非!
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