a.m.04(知らない町)
誰かにしろ何処からにしろ話が耳に届く前にぼくは子供たちにありのままを伝えることにした息子へは手紙で、娘には寮を訪ねて。
寄宿舎に入った娘は長かった髪をばっさり切りって短くし、ぼくは正直驚かされたがそんな気持ちはおくびにも出さすに胸の内に留めておいた理由があるなら本人の機会に任せ(そもそも・なんとなく)と云うことだけで髪型を変えることだってある。でも、知らんぷりはすることもなく(さっぱりしたね、似合ってる)と、一言添えたら、なにやら些か不機嫌な様子となってだから娘の心変わりを指摘するのはやめた。
ぼくは学校から許可を貰って娘を昼食に連れ出し町でサブマリン・サンドイッチを食べたお店の食事は美味しかったが娘に切り出せないまま食べ終わってしまった娘がデザートに頼んだベイクド・チーズケーキを食べているのをぼくは煮詰まったコーヒーを飲みながら眺めていた。
「なに?」娘が云った。非難がましい響きがあった。ぼくは椅子に座り直し、いいかい、と静かに、時系列通りに、事実を話した。
「ママは自分勝手だもん」娘はケーキをフォークで切り分け、口に運んだ。
違うんだ、と、ぼく。ママにはママのルールがあって、──
「それに誰かがケチつけた」
そのとおり。
「大丈夫なの?」
大丈夫だよ。
すると娘は「違う」否定して「パパのこと」
ぼくはびっくりした。ママはパパの奥さんだよ。
「分かってる」娘はふんって鼻から息を吐いた。「みんながみんな自分のルールだけで生きてるんじゃないよ」
どこでそんなことを憶えたのだろう。娘は娘なりに母親相手に一家言あるようで、だからぼくは学校はどう? 友達できたかな、と、我ながら雑に水を向けた。
すると娘は立板に水といった様子で、まずお風呂が嫌だと云い始め、それが何かと訊ねたら、髪の毛が排水溝に絡まっていると心底嫌そうに云い、それはいつも同じ子だから、その子よりも先にお風呂にいけるかどうかが一大の関心事であって、だから、意地悪なのは上級生のみならず、同級生にもいて、──
娘が寮のことばかりの云うので勉強のことに話題を向けたら「それは大丈夫」と、請け合う。「晩ご飯の後に自習時間が決められているんだもん」ぷっと頬を膨らませる。通いの生徒と比べれば余計に勉強時間が多く結果、勉強は全然問題ないと云う。確かに息子も(成績)そうだった。
娘はむっつりとして、太い溜め息を吐いた。
──例えば、寮母さんは良くしてくれても、やはり実の母親と違って、だから強い期待を持てない。でも仲の良い先生がいて、それが音楽の先生で、その先生のことは(多分に)信頼している様子であった。
「あたしが魔女狩りに遭ったらママの所為だから」
別れ際に投げられた言葉にぼくはどきりとさせられた。寮生活でどれだけのことを学べるのだろう。息子のことを思い娘を思い、ぼくに分からないことだらけなのを思い知った。それでも母親が魔女の真似事をしている家よりはずっと良いと信じたかった。──
妻は逮捕された。その魔術的行為によって。継続的に不特定多数に対して。申請と申告を怠ったことで。
保釈のためのお金は間に合わなかった妻は、ややもすると自ら進んで捕まったように思う(保釈)望んでいなかった興味失っていた。──
そうと決めた彼女に何もしてやれないもどかしさと誰もいない家と夜、聞いたことのないどこかの土地に配属された息子から「使い道がない」だから、と手紙を受け取った。すぐさまぼくは(大丈夫)と電報を打った。子供に心配させたことを悔やんだ。
これは、ぼくと妻の二人の問題なのである。
ぼくは弁護士に頼ることにした。彼女の知り合いから連絡を受け紹介して貰った女性の弁護士は既に世界中へ散った〈石〉の回収もしくは錬金術の〈鑑定書〉をつけること。それは取りも直さず彼女の名が国の(独占資格とは名ばかりの)〈錬金術師〉名簿に(実に何十年かぶりに新規で)載ることだった。弁護士は何人たりとも〈標本室〉への立ち入りの禁止を認めさせた。警察と弁護士事務所の雇った人間が、納屋に黄色いテープを巡らせ二十四時間、目を光らせた。
三ヶ月。弁護士の言によれば事務所の「とても優秀」な調査員とぼくは文字通り一緒に世界を飛び廻ることになった。彼は小柄で黒い角縁眼鏡をかけた青年で、しなやかな体つきをしていた。
「でも、でもですね」と、彼は云う。「これは〈八十日間世界一周〉より、少しばかり余裕がありますよ」
彼はぼくを安心させようとしてそう云ったのだと思う弁護士の言葉に偽りはなかった。
彼はとても誠実な人柄でぼくはただただ彼の云う通りに知らない国、知らない町を歩き、知らない人と会い、石の処遇を決めた。
──もちろん全部は無理だった。




