笑ってはいけない婚約破棄
その時、オレは学校の休み時間、友人たちと雑談に興じていた。
貧乏貴族な俺たちは華やかな公爵令嬢や侯爵令息さまたちとは違い、教室の隅っこでとりとめのない話をするのが関の山だ。
その時だった。教室の扉が開き、担任の先生が入って来るなりこう言った。
「ああお前たち。なんでも大公爵令嬢ローラ様が突然婚約破棄なされたそうなんや。みんなすぐに体育館に集まってくれるか?」
──意味が分からない。なぜそれで集まらなくてはならないのか? ローラだって傷心だろう。そっとしておいてやればいいのに。
担任に率いられて体育館にくると、イスが用意されており、すでにモブ貴族たちは腰を下ろしていた。オレと友人たちは前列の五つの空席に案内されたのだ。
体育館の壇上にはローラ様がうつむいたまま顔を手でおおい泣いているようだった。気の毒ではあるが、大貴族の婚約の話など、我々貧乏貴族には関係のないところでもあった。
すると担任が壇上に登り、声を張り上げた。
「見てみぃ。とても気の毒や。婚約破棄されたとしかおっしゃらん。誰だか知らんが罪な男もいたもんだ」
ん──? どういうこと? どなたと婚約なさっておられたのか、ローラ嬢。状況が把握できない。
すると担任が続ける。
「どうか正直に謝ってくれ。ローラ様に心の平安を与えてやってくれ」
なんだなんだ? つまり担任はこの中にローラ様の元婚約者がいて、それに謝れと言っているらしいぞ?
オレは周りのもの同様、あっちを見たり、こっちを見たり。
「ガッディーーーーム!!!」
ジャガジャジャガジャガジャージャージャ!
盛大なBGMと閃光のような照明ともに現れたのはマフィアキックで一世を風靡した、体育教師チャウノ先生だ。
先生は壇上の中央に立つと、俺たちを睨み据えた。
「いたいけな少女を傷付けて心が痛まないなんて、お前たちには人間の心がないのか!」
いやそんなことをいわれても。恋愛……いや婚約はそれぞれの家の事情もあるでしょうに。
先生は壇から降りて、前列の中央に座る俺たちの前に立った。
「タヌカ。お前か?」
友人の子爵令息タヌカの前に立って先生はそう聞く。
え? 一人一人聞いていくの? それなら中央じゃなくて端のモブ貴族からでしょう?
先生の問いにタヌカは震えながら答えた。
「いえ。違います」
「よし!」
……いいのか。そう答えてそれで済むなら簡単なことだな。オレもそう答えよう。
先生はその後で友人の貧乏貴族子弟である、エンディオ、ハマヌン、マツットまでその調子で聞き取りを行い、俺の前に立った。
「ではコーセー。お前だな?」
「いえ。ボクじゃありません」
「──本当か?」
え? なぜ? なんでオレだけ回答が違うの? みんな「よし」で回避できたのに、オレだけ聞き返されてるよ。
先生は俺たち五人のみに聞き取るだけで他のモブ貴族には目もくれずに壇上へと戻って、顔を伏せているローラの横にひざまずき、何やら聞いて頷いているようだった。
そして立ち上がり、声を張り上げる。
「お前ら、オレは悲しい! 正直に言って男を見せてくれると思ったのに、そうではなかった! やむを得ない。犯人捜しをするしかあるまい」
犯人!? なぜに犯人扱いですか!? それに、モブ貴族たちはどうでもいいのですか? つかオレもモブとか言っちゃってるけど。
先生はローラから元婚約者の手掛かりを聞いたらしく、それを俺たち五人へと伝えてきた。
「昨日、ローラ嬢が元婚約者から婚約破棄を言い渡されたときに、彼女はハンカチを元婚約者の制服へとそっと忍ばせたそうだ。それを今から調べていく」
な、なにぃーー!!
オレは慌てて上着のポケットへと手を突っ込むものの、それらしいものはない。ホッとして周りを見ると他の友人たちも驚いて制服を探っている。モブ貴族たちは動きもしなかった。お前ら……。
そんな俺たちにチャウノ先生は一喝。
「オイ! 制服に触るなー! 隠されたらたまらんからな。今からオレがチェックする」
その時、オレはタヌカがポケットに手を入れたまま固まり、青い顔をしているのを見逃さなかった。
ヤツか……。
チャウノ先生は、先ほどと同じようにタヌカから先に調べようとするものの、タヌカは暴れて抵抗する。それに先生は大声で一喝するのでタヌカは一発で大人しくなった。ウケる。
先生がタヌカを壇上へと上げて胸ポケット、左ポケット、右ポケットの順で調べ、右ポケットのところで動きを止める。そして、何かを掴んでそれを引き抜いた!
それはフリル付きの桃色のハンカチだった。
それにチャウノ先生は怒鳴り声を上げた。
「なんだこれは! 色合い、装飾からして男のものではないな!?」
ホッ。まさに。元婚約者はタヌカだったのか……。
チャウノ先生はタヌカの胸元を掴んで引きずり、ローラの前へと連れて行った。そして先生は俺たちのほうを向く。
「ほぼ間違いはないと思うが、一応ご令嬢に確認する」
そういって、うつむくローラへとハンカチを見せると、ローラは首を横に振った。
「なにぃ! これはローラ嬢のものではないだと!? よし。タヌカ。戻っていいぞ」
????
ナニソレ。もうタヌカで良くない? 良くないですかァ!?
チャウノ先生はアゴに手を当てて暫しの熟考。そして顔を上げる。
「振り出しに戻った。もう一度調べなくてはならん」
そういって壇上から降り、エンディオ、ハマヌン、マツットへと便宜上の軽いボディチェックをしてオレのほうへ……。
「次はコーセー。お前だな? 今ならまだ間に合う。正直に言ってくれ!」
ええー!? そう言われても?
まごまごしているオレの上着の胸ポケット、左ポケット、右ポケットを確かめるが、そこは先ほどオレも調べた場所。何もないはずだ。
調べ終わった先生は、それで壇上に戻るかと思いきや、今度はボタンをあけて制服の中まで調べだした。
「あのぅ、先生。明らかに他の連中と扱いが違うんですけど……」
その言葉を無視して先生は調べ続ける。制服の内側にはなかったようで、少し考えて、また外側をまさぐりだした。
そして襟に手を突っ込んで首の後ろに来たところで手を止める。
「なんだこれは!!」
大発声に目を見張る。チャウノ先生の手には白色のハンカチ。刺繍にローラと入っている。終わった。
「ちょっとこっちにこい!」
タヌカのハンカチはなんだったのか? あいつの趣味だったのか……。くそう。運命とは変えることの出来ないものだぜ。
みんなに見えやすいように壇上に立たされるオレ。オレはため息をつく。
「どうせビンタでしょ?」
「──そうだ」
「最初からオレって決まってたんでしょーー!? チクショー!」
「なんだその口の利き方は! 見苦しいぞ! 男らしくしろ!」
くそう。どっちにしろ叩かれるなら見苦しく足掻いてやるぜ!
しかしチャウノ先生の力は強い。ガッチリとオレを押さえて離さなかった。
そして何やら一枚の紙を取り出しそれを読み上げるようだった。
「これはローラ嬢が幼年期に元婚約者から送られた手紙だ。彼女はこの約束を一日千秋の思いで待ちわびていたのだ。読むぞ。『愛しい愛しいローラちゃん。将来はボクのお嫁さんにしてあげるよ。コーセーより』これはお前のことだろう! 神妙にしろ! お前らもよく見ておけ。これが見苦しく卑怯な男の末路だ!」
先生が手を振り上げ、それが加速をつけてオレの頬にぶち当たる。
バチィーーーンッ!!
先生の手のひらの衝撃により。オレは空中へと舞い上がり二度横回転していた。
ああローラ。人づてに聞いたよ。キミは王太子さまに見初められプロポーズされたことを。だけど君は婚約者がいると断ったそうだね。ダメだよ。そんな昔のことを馬鹿正直に守っては。だから昨日、あの時の約束を覚えているかと聞かれたとき、「なんのこと?」と答えたんだ。オレはそんな卑怯な男さ。殴られまいと必死に足掻く往生際の悪い男なのさ。子爵家の三男なんて未来のないオレと一緒になるより、将来王妃となったほうが幸せに決まってる。ローラ。幸せになってくれ。ああ心の中なら本心が言える。愛しているローラ。
グシャア!
オレは体育館の床に頭から着地した。
それを見届けた担任はみんなに向かってこう言った。
「ほなみんな、教室に戻ろか」
みんなの席を立つ音と、床を踏みならす音が聞こえた。
【後日談】
傷を負ったオレはしばらく自宅療養していた。その時、小さい屋敷の前に幌馬車が停まり、中からローラが現れた。ウチの侍女はおっかなびっくり彼女を部屋へと案内してきた。
オレがわけを聞くと、家出してきたから側室でも召使いでもいいから置いてくれとのことで、少ない荷物しか持っていなかった。
もうこうなるとテコでも動かないと言うヤツで、なだめてもおだてても部屋から出るつもりはない。ウチの親が大公爵家に詫びに行くと向こうは向こうで軍勢をもって屋敷を囲んできたが、ローラは一人で甲冑を着込んで応戦の構え。敗戦したら死ぬと脅す言葉に寄せ手の大将も逃げ帰って報告。
仕方がないので大公爵さまも結婚を認めてくれた。しかしウチは貧乏貴族。
するとやはり大公爵さまのご威光。主筋の伯爵家が、オレを養子にするということで領地を貰ったと思ったら、今度はご祝儀の名目で大公爵家や王室から領地を賜り、めっちゃ大領土を得ることが出来ました。
世の中どう転ぶか分からないね。
あれから十年。子ども三人にも恵まれてとっても幸せです。
めでたしめでたし。