表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/20

4話 落ちこぼれ同士の再開 前編

「ふっ! はっ! やっ!」


 すでに真夜中。しかし、アラドは食事も取らずに薪割りを続けていた。

 常人であれば、薪割りは単なる労働。あるいは苦行でしかなかったが、今のアラドにとっては、その苦行を行っている間のみ、自らの身に降り掛かった苦痛などを忘れることができる、貴重な時間だった。


 ガサガサ


 その時、妙な物音が森の方から聞こえてきた。


 ガサガサ、ガサガサ


 それも、一度ではなく何度も何度も。 


(なんだ? 風の音? それか動物か……あるいは魔物か?)


 アラドは左腕で薪割り斧をぐっと握りしめて、ほとんど考えることもなく森の中に進んだ。


「……魔物が居てくれれば腕試しになるんだけど、ま、どうせ風の音だろうな」


 そうつぶやいた時、少し先に2つの光が見えた。

 アラドは戦闘態勢を取る。


 どうやら2つの目が星明かりを反射しているようだった。


 つまり何か生き物が居る。

 夜中に森の中を人間が歩いている可能性が低いと考えれば……


(このあたりの魔物といえば……ゴブリンか? )


 アラドはその場に屈んで、息を潜めた。

 そしてゆっくり、魔物に向かって距離を詰める。


(Fランクの魔物なら、今の俺でも流石に殺せるな)

 と、彼は考える。


 Fランクというのは、冒険者ギルドが発行している『魔物図鑑』という書物に記載された魔物の強さのランクづけのこと。


 血の気の盛んな若者達は、若い頃にかならずこの書物を読み込んで、魔物と戦っている自分を妄想するものだった。


 アラドも例外ではなく、図鑑の内容は殆ど暗記している。

 この図鑑では、種族ごとに大まかな強さがランク付けされており、F~Sランクで区別される。

 そしてFランクは最弱評価ということになる。

 アラド元来の実力であれば、勝負にならないほどの雑魚。

 片腕だったとしても、勝ち目は十分にあるだろう。


「……ふぅ……ふぅ」


 少しづつ、ゆっくりと近づく。

 次第にその存在へと近づくと、アラドは突然左手に握っていた薪割り斧をその場に落とした。


――ゴブリンじゃないな? それに、倒れている?


 闇夜に紛れている『なにか』は、動かず、弱々しく呼吸をしていた。

 そして夜空の弱い光が、その黄金色の髪を薄っすらと輝かせている……


「ミーシャ!? なんでここに……」


 金色の髪に、金色の目。

 そこに居たのは、ゴブリンではなく、彼の幼馴染の一人、ミーシャだった。

 ただし、着ている服はボロボロで、ひどい有様だった。


「どういうことだ?」


 アラドは駆け寄って、ミーシャに手を伸ばした。


「あ……アラド? なんでここに?」


「ていうか、傷だらけじゃないか。大丈夫か!? 一体、誰にやられたんだ!」


 アラドは、ミーシャの顔を見て更に驚く。

 彼女の体はボロボロだった。何者かに殴打されたような打撲痕が、そこら中に見られる。


「……あらど……」


 そして、幼馴染の姿を見て気が抜けてしまったのか、彼女はその場に崩れ、動かなくなった。


「おい! ミーシャ!」

 アラドは彼女を揺らす。

 そして、彼女の呼吸はまだ止まっていないことに気づくと、急いで彼女を背負いあげて、道を引き返した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 家に帰ったアラドは、自分の部屋のベッドにミーシャを寝かせた。

 彼女の顔を灯りの下で見てみると、ひどい打撲痕があり、体力的にもひどく衰弱しているらしかった。


「……一体、何があったんだ。お前なら、自分で怪我くらいは治せるだろ?」


 ミーシャは神聖魔法が使える。自らの怪我を治すのは難しくないはずだった。

 

「いや、問題は栄養失調か」


 と、アラドはミーシャの布鎧(ラメラーアーマー)を脱がせたところで、真の原因を察した。

 ミーシャは元々肉付きが良すぎるくらいの体つきをしていたが、今はそれも見るも無残な状態だった。

 あばらが浮き上がり、身体はすっかりしぼんでしまっている。

 まるで乞食のような、ひどい有様だった。


 アラドはそんな彼女に対して、懸命に彼女の体に応急手当を施した。


 打撲箇所を冷やし、唯一呪文を暗記している小さな癒やし(ヒール)を唱えた。


 幸い、怪我そのものはそれほど重症では無かったおかげで、下級魔法でも治療効果はあった。


 まもなく彼女(ミーシャ)は意識を取り戻し、口を開く。


「アラド……なんでここに居るの?」


「俺のことは今はどうでもいいだろ。それよりお前は、どうして? 神聖騎士団に入ったはずだろ?」


 一瞬、ミーシャは黙り込んだ。


「……ちょっと揉めちゃって、騎士団を追い出されちゃった。あはは」

 そしてミーシャは笑って冗談めかした。

 おそらく、よほどの理由があったんだろう。

 アラドはそう思いながらも、彼女の気持ちを汲んで、笑い返す。


「ははは、そうか。怪我は平気か?」


 アラドはミーシャの額に手を置く。

 すると、ミーシャの顔に笑顔が浮かぶ。


「うん、平気だよ」 


 彼女の笑顔を見て、アラドも笑う。


「何か食べたいものはあるか?」


「……えっと、食べられるものならなんでも。お腹ペコペコだから……あはは」


「食べ物は一階にある。動けるか?」


「あー、うん」


 アラドはミーシャの肩に手を回し、一階へと降りた。


 一階へ降りると、母親のカサンドラが居た。


 そしてミーシャを見た途端に顔色を変える。


「な……なんでミーシャがここに?」

 カサンドラは目を丸くする。驚きと、軽蔑の色が混じり合った視線に、アラドとミーシャはすぐに感づいた。


「母さん。こいつも俺と同じような目にあったんだ。しばらくは家に居させてあげられないかな?」


 と、アラドは言う。


「……ダメよ」


 母親は短く答える。


「どうして! 彼女は弱ってるし……家が必要だ」


「アラド。ミーシャは半分魔物なんだよ? 別に家なんて必要ないさ。昔からそうだったろう?」


 カサンドラがそう言うと、ミーシャは悲しげに笑った。

 実際、ミーシャはずっと家なき子として大人まで育っていた。

 しかし今は状況が違う。

 ミーシャは弱りきっていた。

 風雨ですら、命を奪う要因になりえるほど。


「……アラド、私のことは良いよ。 昔みたいに、野宿するから」


 ミーシャはすでに諦めていた。が、アラドは違う。


「そういうわけにはいかないだろ!? 母さん。なんでそんなひどいこと言うんだよ。 弱ってるのがわからないのか?」


「ふんっ、淫魔との混血児なんて、ロクでなしに決まってるだろう? まだそんな子と仲良くしてたなんて……そんなことだから片腕を失うんだよ」


 母親は、ミーシャのことを嫌っていた。

 というよりも、この村に暮らす人間の多くが、ミーシャのことを嫌っていた。

 それは彼女が言った通り、ミーシャが淫魔と人間との間に生まれた子供だからだった。

 

 彼女の母親のサキュバスは、この村の中では有名だった。

 森の中に暮らしていて、名前は『リリス』。 

 彼女はとても美しいサキュバスで、この村の男たちの下劣な欲望をその手に引き受けていた。

 そのせいで、村の女達はリリスのことを例外なく妬み、憎んでいて、ミーシャが生まれて間もないころ、何者かの手によって殺されてしまった。


 そんな状況で一人取り残されたミーシャは、女たちからは憎まれ、男たちからは欲望の目で見られてきた。


 彼女にとって唯一頼れる相手は、同年代の親友、アラドとアーリンの二人だけ。


 ミーシャは、二人の親友に、食べ物や書物をもらいながら、森の中で一人で育った「野生児」だった。


「……そのことは何も関係ないだろ!」


 アラドは叫ぶ。実際のところ、ミーシャは何も悪意を持っていない。

 ミーシャが半魔(ハーフ)であるのは事実だが、アラドからすれば出自も何も関係なく、ミーシャはミーシャでしかない。


「あるさ! 半魔(ハーフ)は災いを招くって、よく言うじゃないか。アラド、あんたが腕をなくしたのも……」


「そんなの迷信に決まってるだろ!」


 アラドは頭の固い母親にどなるが、彼女の考えは変わらない。

 ミーシャは申し訳無さそうな顔をして、その口論を見つめている。


「まったく、淫魔との子供なんてどうして仲良くするんだい? もしかしてあんた……やっぱり男としてこの子を見ているのかい?」

 そして、口論は母親のその言葉がきっかけになって、致命的な破綻を迎えた。

 

「最低だな。母さん」

 アラドはミーシャの手を握った。

「もうここには帰らない!」


 そう言って、家を飛び出してしまった。



少しでも面白い、続きが早く読みたい!と思いましたら、


広告↓にある☆☆☆☆☆を★★★★★をつける評価があります


ブクマ、評価は作者の励みになります!


ぜひともお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ