4話 落ちこぼれ同士の再開 前編
「ふっ! はっ! やっ!」
すでに真夜中。しかし、アラドは食事も取らずに薪割りを続けていた。
常人であれば、薪割りは単なる労働。あるいは苦行でしかなかったが、今のアラドにとっては、その苦行を行っている間のみ、自らの身に降り掛かった苦痛などを忘れることができる、貴重な時間だった。
ガサガサ
その時、妙な物音が森の方から聞こえてきた。
ガサガサ、ガサガサ
それも、一度ではなく何度も何度も。
(なんだ? 風の音? それか動物か……あるいは魔物か?)
アラドは左腕で薪割り斧をぐっと握りしめて、ほとんど考えることもなく森の中に進んだ。
「……魔物が居てくれれば腕試しになるんだけど、ま、どうせ風の音だろうな」
そうつぶやいた時、少し先に2つの光が見えた。
アラドは戦闘態勢を取る。
どうやら2つの目が星明かりを反射しているようだった。
つまり何か生き物が居る。
夜中に森の中を人間が歩いている可能性が低いと考えれば……
(このあたりの魔物といえば……ゴブリンか? )
アラドはその場に屈んで、息を潜めた。
そしてゆっくり、魔物に向かって距離を詰める。
(Fランクの魔物なら、今の俺でも流石に殺せるな)
と、彼は考える。
Fランクというのは、冒険者ギルドが発行している『魔物図鑑』という書物に記載された魔物の強さのランクづけのこと。
血の気の盛んな若者達は、若い頃にかならずこの書物を読み込んで、魔物と戦っている自分を妄想するものだった。
アラドも例外ではなく、図鑑の内容は殆ど暗記している。
この図鑑では、種族ごとに大まかな強さがランク付けされており、F~Sランクで区別される。
そしてFランクは最弱評価ということになる。
アラド元来の実力であれば、勝負にならないほどの雑魚。
片腕だったとしても、勝ち目は十分にあるだろう。
「……ふぅ……ふぅ」
少しづつ、ゆっくりと近づく。
次第にその存在へと近づくと、アラドは突然左手に握っていた薪割り斧をその場に落とした。
――ゴブリンじゃないな? それに、倒れている?
闇夜に紛れている『なにか』は、動かず、弱々しく呼吸をしていた。
そして夜空の弱い光が、その黄金色の髪を薄っすらと輝かせている……
「ミーシャ!? なんでここに……」
金色の髪に、金色の目。
そこに居たのは、ゴブリンではなく、彼の幼馴染の一人、ミーシャだった。
ただし、着ている服はボロボロで、ひどい有様だった。
「どういうことだ?」
アラドは駆け寄って、ミーシャに手を伸ばした。
「あ……アラド? なんでここに?」
「ていうか、傷だらけじゃないか。大丈夫か!? 一体、誰にやられたんだ!」
アラドは、ミーシャの顔を見て更に驚く。
彼女の体はボロボロだった。何者かに殴打されたような打撲痕が、そこら中に見られる。
「……あらど……」
そして、幼馴染の姿を見て気が抜けてしまったのか、彼女はその場に崩れ、動かなくなった。
「おい! ミーシャ!」
アラドは彼女を揺らす。
そして、彼女の呼吸はまだ止まっていないことに気づくと、急いで彼女を背負いあげて、道を引き返した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
家に帰ったアラドは、自分の部屋のベッドにミーシャを寝かせた。
彼女の顔を灯りの下で見てみると、ひどい打撲痕があり、体力的にもひどく衰弱しているらしかった。
「……一体、何があったんだ。お前なら、自分で怪我くらいは治せるだろ?」
ミーシャは神聖魔法が使える。自らの怪我を治すのは難しくないはずだった。
「いや、問題は栄養失調か」
と、アラドはミーシャの布鎧を脱がせたところで、真の原因を察した。
ミーシャは元々肉付きが良すぎるくらいの体つきをしていたが、今はそれも見るも無残な状態だった。
あばらが浮き上がり、身体はすっかりしぼんでしまっている。
まるで乞食のような、ひどい有様だった。
アラドはそんな彼女に対して、懸命に彼女の体に応急手当を施した。
打撲箇所を冷やし、唯一呪文を暗記している小さな癒やしを唱えた。
幸い、怪我そのものはそれほど重症では無かったおかげで、下級魔法でも治療効果はあった。
まもなく彼女は意識を取り戻し、口を開く。
「アラド……なんでここに居るの?」
「俺のことは今はどうでもいいだろ。それよりお前は、どうして? 神聖騎士団に入ったはずだろ?」
一瞬、ミーシャは黙り込んだ。
「……ちょっと揉めちゃって、騎士団を追い出されちゃった。あはは」
そしてミーシャは笑って冗談めかした。
おそらく、よほどの理由があったんだろう。
アラドはそう思いながらも、彼女の気持ちを汲んで、笑い返す。
「ははは、そうか。怪我は平気か?」
アラドはミーシャの額に手を置く。
すると、ミーシャの顔に笑顔が浮かぶ。
「うん、平気だよ」
彼女の笑顔を見て、アラドも笑う。
「何か食べたいものはあるか?」
「……えっと、食べられるものならなんでも。お腹ペコペコだから……あはは」
「食べ物は一階にある。動けるか?」
「あー、うん」
アラドはミーシャの肩に手を回し、一階へと降りた。
一階へ降りると、母親のカサンドラが居た。
そしてミーシャを見た途端に顔色を変える。
「な……なんでミーシャがここに?」
カサンドラは目を丸くする。驚きと、軽蔑の色が混じり合った視線に、アラドとミーシャはすぐに感づいた。
「母さん。こいつも俺と同じような目にあったんだ。しばらくは家に居させてあげられないかな?」
と、アラドは言う。
「……ダメよ」
母親は短く答える。
「どうして! 彼女は弱ってるし……家が必要だ」
「アラド。ミーシャは半分魔物なんだよ? 別に家なんて必要ないさ。昔からそうだったろう?」
カサンドラがそう言うと、ミーシャは悲しげに笑った。
実際、ミーシャはずっと家なき子として大人まで育っていた。
しかし今は状況が違う。
ミーシャは弱りきっていた。
風雨ですら、命を奪う要因になりえるほど。
「……アラド、私のことは良いよ。 昔みたいに、野宿するから」
ミーシャはすでに諦めていた。が、アラドは違う。
「そういうわけにはいかないだろ!? 母さん。なんでそんなひどいこと言うんだよ。 弱ってるのがわからないのか?」
「ふんっ、淫魔との混血児なんて、ロクでなしに決まってるだろう? まだそんな子と仲良くしてたなんて……そんなことだから片腕を失うんだよ」
母親は、ミーシャのことを嫌っていた。
というよりも、この村に暮らす人間の多くが、ミーシャのことを嫌っていた。
それは彼女が言った通り、ミーシャが淫魔と人間との間に生まれた子供だからだった。
彼女の母親のサキュバスは、この村の中では有名だった。
森の中に暮らしていて、名前は『リリス』。
彼女はとても美しいサキュバスで、この村の男たちの下劣な欲望をその手に引き受けていた。
そのせいで、村の女達はリリスのことを例外なく妬み、憎んでいて、ミーシャが生まれて間もないころ、何者かの手によって殺されてしまった。
そんな状況で一人取り残されたミーシャは、女たちからは憎まれ、男たちからは欲望の目で見られてきた。
彼女にとって唯一頼れる相手は、同年代の親友、アラドとアーリンの二人だけ。
ミーシャは、二人の親友に、食べ物や書物をもらいながら、森の中で一人で育った「野生児」だった。
「……そのことは何も関係ないだろ!」
アラドは叫ぶ。実際のところ、ミーシャは何も悪意を持っていない。
ミーシャが半魔であるのは事実だが、アラドからすれば出自も何も関係なく、ミーシャはミーシャでしかない。
「あるさ! 半魔は災いを招くって、よく言うじゃないか。アラド、あんたが腕をなくしたのも……」
「そんなの迷信に決まってるだろ!」
アラドは頭の固い母親にどなるが、彼女の考えは変わらない。
ミーシャは申し訳無さそうな顔をして、その口論を見つめている。
「まったく、淫魔との子供なんてどうして仲良くするんだい? もしかしてあんた……やっぱり男としてこの子を見ているのかい?」
そして、口論は母親のその言葉がきっかけになって、致命的な破綻を迎えた。
「最低だな。母さん」
アラドはミーシャの手を握った。
「もうここには帰らない!」
そう言って、家を飛び出してしまった。
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