2話 アラド・ミッシングの絶望 後編
「はぁ……はぁ……やった。 生きて帰ってこられた!」
それでもアラドはやり遂げた。
丸2日ほども掛けて、山麓の小さな街へとたどり着いた。
――こんな姿、見られたくないんだけどな。
彼はボロボロの肌着を着ていることをやや気恥ずかしく思いながらも、街の中へ進む。
「おやおや、あんた平気かい?」
優しそうな顔をした老婆が、彼に声をかけてきた。
「……はい」
「どうしたんだい? そんな格好して……?」
アラドは、自分が黄金傭兵団に所属していることを説明した。
すると老婆はうなずいて、笑った。
「ちょっと待っていなさい。息子の服を持ってくるから」
「すみません。ご迷惑をおかけして」
「気にすることはないさね」
そう言って老婆は街の奥へと軽快な足取りで戻っていった。
アラドは、夕焼け空を見上げながら涙を流す。
そして、眼前に広がるガルバ山脈を見つめ、何人の同胞が死んだのだろう? と、考え込む。
その時、老婆が消えた方向から金色の鎧に身を包んだ男が現れた。
「ガンド隊長!」
アラドの胸に、安堵が宿る。
彼は黄金傭兵団の師団長、ガンドだった。
屈強で、ひげを蓄えたなんとも頼りがいのある容貌をしている。
「ん? あいつがそうなのか? ばあさん」
「ええ、そう名乗っていましたよ」
「そうか。じゃ、これは駄賃だ」
ガンドの隣には先程の老婆が居て、彼から金を受け取ると、「きひひひ」と、心底嬉しそうに街へ帰っていった。
一体何の取引だろう? と、アラドは一瞬疑問に思ったが、今はただ安堵の気持ちが勝った。
「……ガンド師団長! 良かった! ご無事でしたか!」
アラドの目にわずかに光が戻る。
上司の姿を見て、安心し、そして彼のもとに駆け寄る。
「ちっ、生き残ってんじゃねぇぞ。ミッシングのせがれが」
ガンドは腰から剣を抜き、躊躇なくアラドに向けて振り下ろした。
ザンッ!
アラドの右腕が宙を舞った。
直後、彼の腕の付け根から血が吹き出す。
普段のアラドなら、こんな攻撃は間違いなく受けなかっただろう。
しかし、あまりにも慮外、信頼する上司から、突然切りつけられるなど、思考の片隅にもないこと。
防御も回避も無く、彼はただ腕を切り落とされたのだった。
「がぁあっ!」
アラドはその場に倒れこみ、傷口を必死になって押さえる。
「な……なんでですか……ガンド師団長?」
彼は、自分の身に起きたことが理解できなかった。
ガンドは上司。生き残って帰ってきた自分を喜んで迎え入れてくれるだろう。
そう思っていた。
間違っても、自分の腕を切り落とすなんてことが、あるはずがないと。
「……良いか、今回の失敗は『無かったことにしろ』って上からの命令が出たんだよ。オレたちが山賊なんかに負けたってことが広まれば、名前に傷がつくからなぁ。お前達が上司の命令を無視して、勝手に勇み足を踏んだ。そういうことになったんだ」
ガンドは不快そうに顔をしかめながら説明し、地面につばを吐き捨てた。
「お、俺は誰にも言いませんよ」
アラドは、なくなった右腕の付け根を左手で抑えながら立ち上がる。
「そうか。でも、囮にされてオレたちのこと恨んでるだろ? 後々厄介なことになるかもしれねぇからな。殺したほうが安全だ。それにしても、まったくこいつはとんだ運命のめぐり合わせだな」
と、ガンドは心底嬉しそうに笑う。
一体なにがめぐり合わせだというのか、と、アラドには言葉の意味が理解できない。
「まあ、お前にはわからねぇよな。13年前、お前の両親が死んだのは、魔物との戦闘によってじゃねぇ。
今からお前がされるのと同じく、上司に殺されたのさ。当時は俺も若造だったから、その光景を見たときはビビったよ」
「……っ!!」
アラドは失望のあまり、言葉が出なかった。
こんなことがあって良いのだろうか? こんなことが許されるのか?
怒り、憎しみ、失望、あらゆる感情が彼の中で渦巻いた。
そんな中で、ガンドはゆっくりと、再びアラドに向かって歩き始める。
「隊長っ! 大変です! 街の南から山賊団が攻め込んできましたっ!」
その時、傭兵団の一人が街の方から現れて、叫んだ。
「なっ! くそっ! タイミングが悪ぃなあっ!」
ガンドは街の方に振り向いた。
「はぁっ……はぁっ……! くそっ!」
その隙をついて、アラドは最後の気力を振り絞り、立ち上がって走り出した。
「あっ! 待てクソっ!」
ガンドはアラドの背中に向かって叫ぶが、追いかけることはしなかった。
「……まあいい」
アラドはすでに腕を失っている。出血はおびただしい。
そして、街の周囲には山賊たちが待ち構えている。
放っておいても、勝手に死ぬだろう。と、判断したのだった。
しかしアラドは諦めなかった。
急いで距離を取ると、まずは服の切れ端を使って止血を済ませ、血が止まったのを確認すると、体に泥を塗って周囲に溶け込むようにした。
そして後はひたすら泥臭く、惨めに、その場から逃げ出した。
幸いなことに、彼の存在には黄金傭兵団も、山賊団も、誰一人として気づくことは無かった。
ただ、当の本人はそれを幸いだとは思わなかったが。
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