1話 アラド・ミッシングの絶望 前編
本作に触れてくださり、ありがとうございます。
「はぁっ……はぁっ……くそ」
金色に輝く鎧も、今はくすんでいた。
特徴的な赤い髪も泥にまみれ、顔は傷だれらけで、弱っていた。
彼の名前はアラド・ミッシング。まだ18歳になったばかりの若者だった。
小さな田舎町の出身で、将来を夢見る若き才能。
赤くて力強い目の色をした、勇敢な若者。
……それが今、絶望の淵に立たされていた。
「なんでだよっ……どうなってるんだ。なんで、どうして俺たちを見捨てたんだ……」
誰にも聞かれないように、小さな声で怒りを漏らす。
彼は敵に囲まれ、小さく丸まって隠れていた。
せっかくの鎧も武器も、その身を隠すのに邪魔なだけ。
彼の所属する『黄金傭兵団』は、この世界で最も高名な傭兵だった。
彼らが味方すれば、どんな弱小国だろうと、小さな部族だろうと、必ず勝つ。
なかば神話として取り扱われる「最強」の軍隊。
当然、黄金傭兵団に入りたがる人間は数多い。アラド・ミッシングもその一人だった。
が、彼が黄金傭兵団に入りたがったのはそれだけではなく、幼い頃に死んでしまった黄金傭兵団に所属していた両親の面影や、あるいはぬくもりを追い求めてのことかもしれない。
何にせよ、彼は努力し、そして15才という若さで黄金傭兵団へと入団した。
彼は黄金傭兵団に入団した同期の人間たちと比較しても特別秀でていた。
エリート揃いの黄金傭兵団の中で頭一つ抜き出た存在ということは、未来の大英雄の卵とも言えるかもしれない。
……しかし今、そんな彼は死の淵に立っている。
「ミーシャ、アーリン……悪い。俺、ここで死ぬかもしれない」
そう言って、彼は首に掛けた小さなネックレスを握る。
紐には蔦を、止め金には赤鉄を、飾りには微光石を使った、手作りのネックレス。
おそらく値段はつかないだろう。
廃品としての価値すら、あるかどうか怪しい一品。
彼はそれを心底大事そうに握りしめ、岩陰に隠れる。
「こっちに逃げたはずだ!」
「見つけろ! そして殺せっ! あいつらの鎧は高く売れる。ボロ儲けだぞ」
周囲からは、山賊たちの叫び声が聞こえてくる。
彼らはガルバ山賊団。
ガルバ山脈一帯を牛耳る、巨大で、前例の無い規模の犯罪組織。
戦力は尋常ではなく、小国一つの軍隊と同程度とまで言われている。
ガルバ山脈は複数の国にまたがる巨大な山脈であり、それを根城にする山賊団も、複数の国をまたにかける、巨大な犯罪集団だった。
彼らは日々増長し、村を焼き払い、人々を苦しめ続けていた。
まるで悪意を核にして結晶化した、止むことのない災害のように。
山賊団は、規模が大きくなるにつれて役人や衛兵の買収を始め、更に増長し、もはや並の手段では彼らを押さえつけることは不可能と言われるほどにまで状況は悪化した。
気付いたときにはもう、一つの国が相手どるにはあまりにも巨大に成長していた。
そこで、複数の国の代表が話し合い、平等に金を出し合って、黄金傭兵団へと山賊団の征伐依頼がされた。
依頼を受けてまもなく、黄金傭兵団は多くのガルバ山賊団を捕まえ、殺した。
最強の山賊と、最強の傭兵の戦いは、最初は黄金傭兵団の優勢ではじまり、気を良くした傭兵団は、多くの戦力を山賊団の根城へと差し向けた。
……しかし、それが失敗だった。
ガルバ山脈は空気が薄く、険しく、そして気候が変わりやすい。
鎧を着た戦士達にとっては地獄のような環境で、装備や実力では上回る傭兵団も、山の上では型無しだった。
そして敗色濃厚と悟った傭兵団は、下級戦士達をまるごと囮として前線に攻め込ませ、その間に指揮官たちは逃げ出した。
そうして、新米兵のアラドは、捨て駒として戦地に取り残されていたというわけだった。
「こんなことになるなんて……どうすればいい?」
アラドは、ネックレスに語りかける。
ネックレスは何も答えず、ただ鈍い光を放つだけ。
「何が黄金傭兵団だっ! 尻尾巻いて逃げ出しやがって、噂ばかりだったなぁ!」
「たしかになぁ! はははは、下級兵達を囮にして、上の人間は一目散に逃げ出した。
やってることはまったく外道ってやつだ。オレたちでもここまでしねぇよ」
周囲には多くの山賊たちが居る。
そこは敵の本拠地近く。
アラドも剣の腕には多分の自信はあったが、多勢に無勢であり、戦いになれば死は免れない。
「……お前たちとの約束を果たすまで、俺は死ねないよ」
しかし、それでも彼は諦めてはいなかった。
黄金傭兵団の証であり、同時に、重くて目立つだけの鎧を、剣をその場に捨てる。
誇りも、意地も、命と比べれば大したことはない。
そして身軽になった状態で、音を立てないように、慎重に下山を目指して歩き始める。
「……よし、気づかれてないな」
空気の薄い中、彼は草むらの中を這って進んだ。
「や、やめてくれぇっ」
その時、背後で同胞が無残に殺される声が聞こえ、彼は振り向いた。
彼はアラドの顔見知り、同じく新入りの「バッツ」だった。
――バッツ……
バッツとは何度も食事を共にして、未来を語り合った仲間だった。
しかしアラドは何も出来ず、ただ背の高い草の中に隠れただけだった。
敵の数は10人。こちらは防具なし。
顔を出せば殺されるとわかっていたから。
――すまない……
アラドは涙を流す。
そして山賊たちがバッツの身体から装備を剥ぎ取り、笑いながら根城へ引き返していくのを見届けてから、再び地面に伏せ、這って進む。
無限に感じるほど長い時間、何度も、何度も、ひたすら這い続ける。
腕が傷だらけになり、腕も疲れはじめる。
――俺は一体なんのために?
涙が止まらない。
黄金傭兵団は、彼にとって憧れの存在だった。
たった一度の敗北すらない、伝説の存在。
自分はその一員になれたのだと喜んでいたはずなのに……
初めての戦闘で大敗、上司達は部下を見捨てて逃走。
そして自分もまた、誇りを捨て、味方を捨てて逃げ帰っている。
――俺は一体なんのために……?
腕を動かすたびに、自分の若々しい希望と、現実の冷酷さと、そして今や自分は何者でもないという事実が彼を苦しめる。
それでも、彼は進むのをやめない。
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