石橋を叩きまくる
夕日が街の向こう側へと落ちていく頃、2人の制服を着た男女が住宅街を歩いていた。男子学生はがっしりとした体格で、特段容姿が優れているといったことはないが、髪型のソフトモヒカンが似合う爽やかな顔立ちをしている。だが、疲れているのだろうか、目元の隈が深く表れている。女子学生は女性の割には身長が高くスラッとしており、ロングヘアも相まって凛としている。眼は細いが小さい訳ではなく、切れ長で凛々しい顔立ちをしており、どこか嗜虐的な雰囲気を醸し出している。2人は初々しいといった様子はなく、共に歩いて帰ることが当たり前というような空気感で坂道を下っていく。
しばらくすると男子学生の方が口を開いた。
「なぁ、好きなタイプってどんな人?」
「なにその質問」
突拍子もない質問にくつくつと笑いながら女子学生が答える。
その返事を受け、男子学生は慌てて言葉を返す。
「いや、気になっただけ!純粋に!好奇心!」
「ものすごく慌てるね。へんなの」
「全然慌ててないから!それより早く教えて!」
「うん、そうだなぁ」
女子学生の方が虚空を見つめながら考える。男子学生はその様子を緊張した面持ちで伺っている。絶妙な間が数瞬すぎ、女子学生がおもむろに答える。
「じゃあ」
男子学生の方がごくりと喉を鳴らし、女子学生の方を横顔を見つめオウム返しをする。
「……じゃあ?」
女子学生が男子学生の方に新しいおもちゃを見つけたかのような意地悪い笑みを口元に浮かべて向き直り言った。
「プロ野球選手かな」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
東京ドーム、大音量の応援歌が鳴り響く中硬球が弾き返される痛快な打球音が打ち響いた。打球は他に行く場所を知らないと言わんばかりに、真っ直ぐバックスクリーンに吸い込まれていく。開幕戦、9回裏、サヨナラホームランだった。
「ホーームラーーーン!本日3本目!しかもそれが同一人物によるものであります!なんとトライアウトで入団入りした謎のダークホース、石橋汰拓が開幕戦初日にも関わらず、ホームランを量産!そしてサヨナラです!」
実況者が張り裂けんばかりの声で実況を行う中、汰拓はガッツポーズを掲げダイヤモンドを走っている。学生時代と変わらず目元には深い隈が見られるが、その顔は笑顔に彩られていた。
(…っし!おれはよくやった!これはもう絶対いける!勝った!人生勝った!)
汰拓がホームベースを踏みベンチに帰るとチームメイトから盛大に出迎えられた。観客の歓声もずっと鳴り止むことがない。試合が終了し、そのままヒーローインタビューへ移行する。勿論、今日のMVPである汰拓が壇上へ登壇した。
汰拓が壇上でカメラやマイクに囲まれ、女性アナウンサーがインタビューを始める。
「放送席!放送席!本日のヒーロー、石橋汰拓選手に来ていただきました!石橋選手!今日はおめでとうございます!ホームラン3本の大活躍でしたね!」
「ありがとうございます」
「開幕デビュー戦にも関わらず、3本の特大アーチ。率直にいまのお気持ちは?」
「自分で自分を褒めたいです、いやもう褒めました。よくやりました。」
ヒーローインタビューでよく行われる定番の質問に答えながら、汰拓は達成感を噛み締めていた。何回かのやり取りがあった後、女性アナウンサーが踏み込んだ質問をしてきた。
「大変恐れながら本日まで私は石橋選手のことを存じておりませんでした。トライアウトでご入団したとお聞きしたのですが、どういった経緯でご入団致したんですか?」
「好きな人がプロ野球選手が好きなので練習しました!」
一弾とハキハキとした声で汰拓が答える。
「そういった経緯を聞いた訳ではなかったんですが、面白いですね!好きな人も見てるといいですね!」
「ありがとうございます!」
''プロ野球選手かな''
高校3年生の夏、好きな人のタイプを聞いた時のその一言で、汰拓は学校等で開催される球技大会等でしか経験したことが無いのにも関わらず、プロ野球選手になる事を決意した。それからというもの親を含めた周囲の反対を押し切りに押し切りまくり、あらゆる睡眠時間を削りに削り、日に40時間という矛盾を抱えた猛練習に継ぐ猛練習を重ね、今日のこの舞台まで辿り着いた。馬鹿正直という名の馬鹿である。だが、汰拓にとってはこういう経験は今回が初めてという訳ではない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
汰拓は小学校の頃からの幼なじみである、不動貴花が好きだ。きっかけは小学校の遠足の時だった。辿り着いた公園での自由時間の際、遊びとして汰拓と貴花含めた友達数人で、浅い池に架かっている橋とも言えないような小さい橋を渡る事になった。汰拓以外の皆がすいすいと橋を渡っていく中、彼のみが橋を渡れずにいた。生まれてこの方、「石橋を叩いて渡る」ということわざを体現したような性格である汰拓はビビり散らかし、落ちるわけも無い橋を叩きまくり目に涙を浮かべながら渡ることを拒否していた。
「やーい!たたく!おまえよえーな!」
「なんでこんなのわたれねーんだよ!うんちじゃん!うんちかいじゅうだおまえなんか!」
「確かにこの程度の橋、渡れないのは些か疑問を通り越して呆れを禁じえませんね。失笑です」
子供たちがそれぞれ対岸から汰拓のことをからかう。それに対し汰拓は、
「ゼッタイ!ムリ!はしがおちるのコワい!うわあああぁぁあん!」
ついには泣き叫ぶ始末であった。そんな時、彼を助けてくれたのが貴花だった。貴花は向こう岸から駆け寄るとおもむろに汰拓の手を取り、
「こうしたらおちてもひとりじゃないよ」
と駆け足で橋を渡った。その時汰拓は依然恐怖を感じてはいたが、それを上回る安心感と新しい考え方の発見により呆気にとられていた。吊り橋効果もあったのだろう。渡っている最中や渡った後も他の子どもたちに冷やかされたりしていたが、もはや雑音にしか聞こえず、その数秒の出来事で汰拓は人生ではじめての恋に落ちた。
この日から、汰拓は彼女のような素敵な人に相応しい男になる為、男を磨くことにした。男を磨くといっても汰拓がやる事は至ってシンプルだ。
「ねえ、貴花ちゃんはどんな人が好きなの?」
「んー逆上がりができるひと?」
必死で逆上がりの練習をした。日が暮れるまであくる日もあくる日も練習を繰り返した。逆上がりのコツを調べて(顎と首の間にスポンジを挟む等)、自分でできる事はなんでも試した。
そう、汰拓の悪癖である「石橋を叩いて渡る」は彼の恋に対してのアプローチ方法でも遺憾なく発揮されていた。城を落とすなら外堀から埋めていく。好きな人と両想いになるためには好きな人の理想に近づく。そう考えた汰拓は貴花に好きなタイプを聞き愚直にそれを達成するマシーンと化した。単細胞界隈で頭1つ抜けた行動だった。
「やった!逆上がりできた!逆上がりできたー!」
「おめでと」
汰拓が逆上がりの練習を始めたことを知った貴花はたまにこうして公園で汰拓の練習に付き合っていた。汗だくになりながらも出来た嬉しさからキラキラした顔をこちらに向ける汰拓を見て、彼女は短い賛辞を送りながら微笑んだ。
「ねえ、貴花ちゃんどんな人好きなんだっけ?」
「ん、いっ……」
したり顔を浮かべながら、質問をしてくる汰拓に最初は何気なくそのまま答えようとした貴花だったが、途中で目を広げ特心した様子になった後、いたずら心を存分に振りまいたような表情でこう言った。
「スマブラつよいひと」
「スマ…ブラ…?」
「そ、スマブラ」
汰拓の顔は一気に絶望に彩られた。その日逆上がりができるようになった事等無かったかのように、肩を落とし帰り道に足を運んだ。後ろで想いをよせている少女が肩を震わせながら笑いを我慢している事なども知らずに。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それからというもの、汰拓はあらゆる石橋を叩きに叩き、叩き壊してまわった。
あの日絶望の帰路に着いた汰拓だったが、めげなかった。
「そんなすぐすきになってもらえるわけないじゃないか!」
翌日から大乱闘スマッシュブラザーズの練習を始めた。YouTubeや攻略サイトを見ては、ショートジャンプ、ガードキャンセル、メテオなどのテクニックを勉強した。オンライン対戦に明け暮れる日々、強いプレイヤーに当たった際には積極的にアドバイスを求めていった。1年半後、汰拓は地域の中では負け知らず、世界戦闘力は700万を超えていた。
友達と皆で大乱闘をし、倒した相手を表す星の数が200を超え、キレた他の友達数人にリアルファイトに持ち込まれながら汰拓は貴花に聞いた。
「貴花、どんな人が好きだっけ!」
「そうだねー、いきもの係の人かな」
「いきもの係?!?」
驚愕に支配される汰拓の顔、笑いを堪える貴花。
翌日、いきもの係に立候補する汰拓。ドラゴンと名付けられたカメの世話を1年間続けた。無駄にカメの知識がついた。
「貴花!どんな人がすき?!」
「字が上手い人とか好きかもね」
「PC隆盛のこの時代に?!」
翌日、ユーキャンでボールペン字講座を申し込んだ。漢字ドリルを1日1冊こなした。手が腱鞘炎になっても構わなかった。
「きーかー!どんな人すきー!」
「炒飯作るのが上手な人ー!」
「コンケンテツかよ!」
翌日、コウケンテツに土下座し師事を行った。子どもの手に中華鍋は重かった。パラパラにする為に何でもした。マー油がすごく好きになった。
「はい、召し上がれ。そ、そういえば貴花どんな人タイプ?」
「炒飯おいしいね!タイプかー、マジックできる人かなー」
「てじなーにゃ…」
いまやイケメンという顔面に進化したてじなーにゃに師事するのは癪であった為、マギー紳司に弟子入りをお願いした。耳だけではなく肩甲骨、くるぶし、土踏まず等身体のあらゆる箇所を大きくすることができるようになった。
そういった日々が高校三年生まで続いた。そして、その夏彼女に言われた、
''プロ野球選手かな''
の一言があり、現在に続いたのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
(思えば長かった…今日ホームラン打つまでに3年もかかってしまった…)
ストレッチやアイシングなどを済ませ、着替えを済ませたあと出口へ向かう途中で、感慨に浸っていた。
(絶対今日こそ好きになってもらえてるはずだ!アホほどホームラン打っちゃったからな!)
自らの達成感からくる自信を胸に秘め出口から出ると、他の選手を出待ちしているファンがいた。汰拓はその中から自分の想い人をコンマ1秒もかけずに見つけると、
「貴花!」
「汰拓!ヒーローおめでとう!初公式戦なのにホームラン3本もすごいね!」
「プロなので!プロ野球選手なので!」
何かを成し遂げたあと必ず繰り広げるいつものドヤ顔で、プロ野球選手になったことを全面的にアピールした。
(ん…?誰この男の人)
そうした会話の中で汰拓は貴花の右後ろに男の人が佇んでいることに気づいた。背は180cmはくだらないだろうか、細身でありながらもがっしりしており、世間一般の平均を大きく上回る端正な顔立ちをしている。サラサラの髪がナチュラルに流され、爽やかさをより高めている。モデルや俳優と言われても疑わないような容姿をしていた。汰拓が疑問に思っていると、
「あ、この人紹介するね。サークルの先輩の池松さん。野球が好きらしくて汰拓の試合を観に行く話をしたら一緒に行くことになって」
(サークル…!イケメン…!先輩…!イケメン…!)
自分の世界とか遥かに縁遠い話、そして整いすぎている容姿に面食らっていると、
「どうも池松といいます。貴花とは仲良くさせてもらってます。今日ものすごく興奮しました。応援してます」
「あぁ、どうもありがとうございます。石橋です。よろしくお願いします」
自然に伸ばされた握手、年下の自分に対しても丁寧に接してくれる爽やかさ、さり気ない貴花に対する呼び捨てに、心中が穏やかじゃなくなった汰拓はその後の3人での会話にもあまり身が入らなくなっていた。それどころか2人が仲良く話しているのを見ては心がざわついていた。
(えっ…もしかしてこれは…いわゆる世間で噂されている彼氏という文化…?そしてイケメン…?)
会話に集中できずに目の前の男が恋敵であるかどうかが気になって堂々巡りの思考をしていると、
「今日観にこれて楽しかった!ありがとう!そろそろ帰るね!」
「お、おう…あ!ちょっと待って!」
挨拶を済ませ、帰ろうとする2人をみて当初予定していた質問を忘れていたことに気づく汰拓は慌てて貴花を呼び止める。
「貴花、どんな人が好きなの?」
その質問を待っていたかのように振り向き、彼女はいつもの意地悪な笑顔ではなく、満面の笑みで答えた。
「一生懸命な人だよ」
「一生懸命…」
「そ、じゃあね!」
そう答えると彼女は池松とまた楽しそうに会話をしながら帰っていった。汰拓はその様子を後ろから眺めながら、
「いつもと違って誰でも当てはまるような抽象的なこと…」
「ぜってえ彼氏じゃん!詰んだあああああ!!」
と地面に打ちひしがれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おれは何のために棒切れを必死に振ってきたんだ…」
人生が絶望に彩られているなか、汰拓は1人夜道を歩いていた。
(たとえあの人が彼氏じゃなくたって、一生懸命とか誰にでも当てはまるじゃねえか…どうしたらいいんだ…)
今までの汰拓の経験からすると、貴花の好きなタイプは変幻自在にコロコロ変わりはするもののいつも決まって具体的であった。タイプがいつも変わっていくのだって思春期の女の人なら何かにすぐ影響されても仕方がないし、むしろすぐに貴花のタイプの人になれなかった自分の努力不足のせいだとさえ思っていた。しかし、今回は3年もかかってしまったが、自分たちの年齢も大きくなったため好みが変わることは早々ないだろうという予想と、貴花の理想がいままでと比べ物にならない位高かったため、達成したら絶対好きになって貰える自信があった。そのような淡い期待を抱いていたが実際は異なり、また好きなタイプが変わりその内容がいままでと毛色が違うこと、そして急に現れた池松の存在によって汰拓の心は敗戦一色、失恋ムードが漂っていた。
「あー…おれがちゃんとすぐ何でも出来るようになってたらなー…」
あの時スマブラが強かったら、あの時最初からいきもの係だったら、あの時炒飯がパラパラに作れていたら、あの時耳を大きくすることができたら………
あの時こうしていればという仮定の話が頭の中で渦巻いていた。昔逆上がりを練習した公園を通り過ぎようと、塞ぎ込み、俯き、虚ろに歩いていると、
「もし」
背後から声がした。普段、夜のこの公園を通る人は帰宅中の人しかおらず、今日はあたりを見回してもこの公園には自分しか居ないことが確認してやっと自分に声がかけられたのだと分かった。振り返るとそこには奇天烈という言葉から生まれ育ったと言っても過言ではない変態が立っていた。まず、頭部に関してだが、カイゼル髭を蓄えシルクハットを被りサングラスをかけており、紳士然としている。それと比べ、身体はがっしりと発達しており、以前ブームになったZOZOスーツのような全身ピッタリの水玉模様のスーツを着ている。頭部と身体のギャップが気持ち悪さを絶妙に際立てている。振り向いた事を猛烈に後悔した汰拓は、見なかったことにしようと即断し踵を返した。しかし、視線を今までの帰り道に戻した先には既に変態が回り込んでいた。更に無視を決め込もうと俯きながら横を通り過ぎようとする汰拓だったが、
「ノン」
変態が池上を上回るディフェンスを披露し、汰拓を静止した。ノンじゃねえよ。気色悪いな。余りの気持ち悪さに叫びだしそうになった汰拓だったがグッとこらえた。変態が醸し出す余りの危険度に肌の泡立ちが止まらない。その後どれだけ方向転換しても変態の驚異的な身体能力を前に阻まれるのを繰り返されるだけだった。すきな人に彼氏がいる恐れがあることが分かったり、上級変態に絡まれたり、汰拓は今日を人生で最も最低な日だと認定し、苦虫を噛み潰しても潰し足りない程の顔をした。
「そんなにあからさまに嫌がらないで話を聞いてくれないか、ボーイ」
「変態の話は聞きたくないし、まず初対面なんだから名乗って下さい」
変態から逃れられないと悟った汰拓はいつでも大声で叫びだし警察に連絡が出来るよう身構えながら、変態の話を打ち切るように目線を合わせずにぶっきらぼうに答えた。
「Oh,それは失礼した。すまないね。自己紹介をしよう。私は恋を司るオジサンだ」
「恋を…司る…オジサン…?」
「いかにも」
汰拓はマジモンのヤバイやつに出くわしたと思い、このキモいを司るオジサンから一刻も早く逃れるためスマートフォンに110番を入力、警察を呼ぼうとした。
「待て待て!ボーイ!待って!気が早すぎる!警察に連絡しようとするのは辞めてくれ!」
「気は早くないです、不審者を見つけたら警察を呼ぶのは義務なので」
「私は不審者ではない、恋を司るオジサンだ」
「埒があかん」
そういって警察に連絡するのを続けようとする汰拓に不審者は慌てながら主張を続けた。
「待ってって!お願いだから!汰拓くん、君は石橋汰拓くんだろ?」
「名前まで調べたんですね、立派なストーカー、犯罪です。初犯なら執行猶予がつくと思いますが、どうか裁かれて自らの過ちを悔いてください」
名前まで言い当てられたことに本気の鳥肌を感じた汰拓の表情は遂に色を失い、通報への決心を深く固めた。目の座った汰拓に尚更焦ったオジサンは弁明した。
「違う!違うんだ!調べてない!恋を司るオジサンだから分かるんだ!信じてくれ!汰拓くん、君は好きな人を振り向かせるためにプロ野球選手になった!今日その好きな人に彼氏がいる事を知って絶望いる!そうだろ!ちがうか?」
汰拓は自分しか知り得ないはずの事実をこの犯罪者に言い当てられたことに対して驚いた。いくらストーカーであるからといって、今日試合終了後に貴花と話していた時、周りには他の選手のファン等はいたにしろ人はおらず、ここまで奇妙な生き物はいなかった。そしてプロ野球選手になった動機に関してだって親にだって言ってなかったのだ。それを知る目の前の変態に驚き、何故知っているのか疑問に思い通報の手を止めた。
「やっと辞めてくれたかい?助かったよ」
「何故おれしか知らない事を知っているんですか?場合によっては息の根を止めなければいけません」
「物騒すぎる、今まで通報しようとしていた者が言うことかね」
汰拓が通報を辞めてくれたことに対し一安心した様子の気色の悪いオジサンは飄々とした様子に戻り答えた。
「恋を司るオジサンだからだよ」
「冗談も大概にしてください、変態に勝手に司られる恋の身にもなれ、地獄です」
「言葉のナイフが鋭すぎない…?恋オジビックリしちゃった…… 」
おいおいと泣く素振りをみせる自称恋を司るオジサンに侮蔑の目線を向ける。このオジサンにかまってる時間が勿体無いと思い汰拓は先程の返答を急かす。
「嘘泣きする中年、単純に気色が悪いのではやく答えてください」
「容赦という言葉を知らないのかい?まぁいい、でも恋を司るオジサンだからというのは本当だよ。君の恋にまつわることなら何でも知っている。彼女に好かれるためにスマブラ強くなったり、炒飯を作る練習をしたりする健気な所とかね」
またもや、自分しか知り得ない情報を言い当てられたため汰拓は絶句した。彼が語ることは全て誰にも言ってこなかった事実だった。この変態についての評価を改めなければならない、そして変態と接しなければいけない時間が伸びたことに嘆息した。目の前にいる変態が只者ではないと察し、警戒の色をまた強めながら汰拓は質問をぶつけた。
「…わかりました。200那由多歩譲ってあなたが恋を司るオジサンだと認めましょう。その恋を司る変態がおれになんの用ですか?」
度重なる練習による疲れ睡眠不足により隈が深く現れているが、その真っ直ぐな目を向けられた変態は口元をニヤニヤ歪めながらこう言った。
「よろしい。単刀直入に言おう。過去に戻ってやりなおさないかい?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「過去に戻ってやりなおさないかい?」
その見た目どおりに突拍子もない言動にまたもや汰拓は頭を抱えた。何を言い出すかと思えばあらゆるコミックに擦り切れるほど使われたネタ。現実味のない提案をしてきた変態に呆れ返った。
「馬鹿馬鹿しいです。はい!解散!」
「却下!汰拓くんも貴花さんのことで過去に戻れたら、こうしていればよかったって思っていた所だろう?」
「ここまで自分の心を読まれると恐怖を通り越して憤りを感じますが…そうですね、あの時自分がこうする事が出来てたらと思う事ばかりでした…」
三度も自分の心を勝手に読まれたことに対して怒りを覚える汰拓。しかし、気味が悪い男が言っているのは事実だった。今までの自分の不甲斐なさに対して後悔ばかりしていた。
「だからといってそんな都合よくホイホイ過去に戻れてたら、こんな消えないほど深い隈が刻まれることなんてないんですよ」
汰拓はこれまで何度も睡眠時間を削っては貴花の理想の男になるために練習をしてきた。自分の両親すら狂気を感じで震えるほどの熱量だった。人の何十倍も苦労してきた汰拓だからこそ、そんなうまい話があるなんて信じられなかった。
「いまの君には都合がいいように聞こえるかもしれないが、いずれ分かる。いままでその隈が出来るほど頑張ってこれた君だから戻れるんだよ。」
これまで汰拓は貴花の理想になることだけを考えて生きてきたし、達成できたらまた違う事を練習してきたため、他人からこの生き方についてまともな評価をされたことが無かった。それが少し認められたようで報われた気がした。
「おれの努力をわかってくれてる人がいただけで十分です、その人が変態なことはものすごく不服ですが」
「君はまだ気づけないだけだよ。じゃあこうしよう。君がわたしの言うように過去に戻らなかったらわたしが君の貴花さんに対する好意を彼女にバラす」
「ド畜生じゃねえか!!!」
石橋を叩きまくる彼にとって、自分の想いを勝手にバラされることは身を切られるよりも耐え難い仕打ちだった。ちゃんと両想いの可能性を確認できてから自分の口で伝えたい、そんな小学生が思いがちな思考をいまだ頑なに続けてきた。それを他人に壊されるなど言語道断である。
「ド畜生とは心外だ。汰拓くんにとってはメリットしかないじゃないか。ただ過去に戻るだけで想いをバラされずに済む。過去に戻らなかったら想いが相手に伝わる。いいことづくめだよ。」
「恋を司ってるくせに他人に勝手に好意をバラされる人の気持ちはわかんねえのかよ!」
「痛いほど分かってるよ。だが君の性格上こうでもしないとてこでも動こうとしないだろう?」
この恋を司る性格の悪い変態が言っていることが的を射ていたから尚更腹が立った。確かに脅されでもしない限り自分は動けない、あの日貴花と橋を渡ったときから何一つ変わってない自分の性格だった。このままでは変態との会話を早く終わらせるどころか実害まで被ってしまう、汰拓は仕方なくこのいけ好かない中年の言うことを渋々聞くことにした。
「わかりました、参りました。はやく過去にでも何でも連れてってください。出来るものなら」
「まだ、私が恋オジということを信じきれてないみたいだが良しとしよう。こちらへ来なさい」
「度々出てくるその気持ち悪い略し方をした一人称をやめてください」
恋オジについて行くと、そこはかつて汰拓が初めて貴花に振り向いてもらえるように逆上がりを練習した鉄棒だった。大、中、小と並んだ鉄棒は年月が経ち古びてしまっているがしっかりと現役だ。
「この鉄棒で逆上がりをしなさい。そうすれば君は過去に戻れる」
「頭のネジを何本外せばそういう虚言を言えるようになるんですか?」
本当に関わってはいけないタイプの人の言動をし始めた目の前の恋オジに憐れむ目を向ける汰拓。相手にしてられない様子で溜息をつく。この鉄棒で逆上がりするだけで過去に戻れるなら、練習をしていたあの頃過去に戻りすぎて胎児になっているだろう。
「虚言ではないよ。それにこれはきみが知ってるただの鉄棒ではない。わたしが過去に戻れるように力を与えた棒だ。さぁ逆上がりをしなさい、ボーイ」
「付き合ってられません。これ以上からかうのはやめてください。帰ります。」
呆れた様子で汰拓が背を向け帰ろうとすると、
「帰ったら貴花さんにバラすけどいいのかい?それとも君はその年になっていまだに逆上がりが出来ないのかい?」
「うるせーな!できないわけ無いだろ!逆上がりはおれが1番最初にできるようにな…」
言っている途中で汰拓はこの信用ならない中年が、逆上がりができることを分かっていながら煽ってきたことに気づき口を止めた。
「そうだろう、出来るだろう。なんたって貴花さんに振り向いて貰うために初めて練習した事だものな。出来るならはやくその努力の証を見せてくれ」
「あー、わかりました!わかりましたよ!逆上がりすればいいんでしょう!これで回ったあと過去に戻らずにあなたの顔が見えたらまじで袋叩きにしますからね!」
「ああ、いいとも。好きにすればいい、もっとも回ったあと君は恋オジに感謝してむせび泣くだろうけどね」
こんな変態に感謝なんて意地でもするかよ、と意気込み汰拓は小学生ぶりにその鉄棒を掴んだ。コツを調べ頭で反芻しながら練習していた事を思い出し少し懐かしくなった。
「汰拓くん、君は過去に戻って何をしたい?」
「なんですか今更」
「いいから、君は過去に戻って何をしたい?」
汰拓は訝しげな表情を浮かべるが、サングラス越しでも分かる真剣な様子の恋オジにあてられ、一瞬目をつむり考えて言った。
「貴花にふさわしい男になって告白したいです」
「そうか、隈ができるくらい頑張れば君ならできるよ。」
もう出来てるんだけどな、と思いつつ汰拓は静かに息を吐いた。
そして顎を引き、肘を曲げお腹を鉄棒に引き寄せながら大きく足を振り上げた――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ぐるん、と視界が回り再び顔をあげると目に映ったのは夕暮れの街だった。恋オジと出会ったのは帰りの途中夜だったはずだ。それにあのどこへ行っても目立つ変態が消えていた。目の前の光景が信じられずに呆けた顔でそのまま逆上がりが終わったあとの状態を続けていると隣から少女の賛辞が聞こえた。
「おめでと、逆上がりできたじゃん」
聞き慣れたはずの声に驚き顔を横に向けるとそこには鉄棒に手をかけている少女の貴花が微笑んでいた。
「ほんとに…戻った……?」
過去に戻った現実に戸惑い貴花を見つめていると、
「どうしたの?ちゃんとみてたよ、逆上がり。出来てよかったね」
と貴花が繰り返し逆上がりが成功した祝福をくれた。汰拓はその言葉で思考を取り戻し、また自分が過去のいつに戻ったのか把握した。
「あ、ああ…やった…やった!!」
(やった!本当に過去に戻った!恋オジ本物だったのかよ!ごめん!そしてありがとう!でもやっぱあの変態に感謝するのは癪だな!)
まさかあのド変態に感謝するなんて夢にも思わなかった汰拓は過去に戻った事実に喜び、逆上がりをする前と打って変わって手のひらを返していた。汰拓は鉄棒から降りると過去に戻った本分を思い出し、呼吸を整え貴花にいつもの質問をした。
「貴花、どんな人が好きなんだっけ?」
「どうしたの?急に呼び捨てじゃん」
しまったと思いつつ誤魔化すように汰拓は返答を急かす。
「いいから、どんな人が好きなの?」
「うーん、そうだなぁ。いっ……」
貴花は一瞬考え素直に答えようとしたが、言葉を途中でとめ何かに気づいた様子をみせたあと、既に汰拓が経験していたとおりにその顔にいたずら心を散りばめてこう言った。
「スマブラつよいひと」
「スマブラつよいひとね!じゃあ明日みんな呼んでスマブラしよう!」
「え、う、うん」
自分の予想に反した圧の強い返答に目を丸くする貴花。一方、汰拓はスマブラの腕を見せる場をすぐ用意できた事にガッツポーズを隠せない。汰拓はもうすでに練習済みだ。2人はその日そのまま別れ家に帰った。汰拓は家に帰りながら、
(進研ゼミでやったやつだ…!ってこういう感覚だったのか)
と感慨に耽っていた。世界戦闘力700万超えの汰拓にとって大乱闘で友達を3タテすることなど造作もない。汰拓のマリオが試合はまだですか、先生!と海南大付属の牧のようにハングリーに勝利を渇望している。はやくこの腕前を貴花に見せたくて仕方がなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌日になり、学校で友達数人に声をかけスマブラをやる約束を取り付けた。夜はよく眠れた、汰拓のコンディションはここ10年で1番といっても過言ではない。過去に戻る前の汰拓の身体は度重なるオーバーワークにより常に悲鳴を上げていた。しかし、今日の朝は違う。あれだけ寝ずにしていたトレーニングの疲労はどこかへ吹き飛び体は羽毛のように軽やかだ。朝、洗面台で顔を洗うときに鏡を見て何年かぶりに隈のない自分を見て感動した。誰にも負ける気がしなかった。
放課後になり、汰拓の家に友達が集まると早速スマブラを始める。
「貴花ちゃん、みてろよ!ギッタギタにする!」
「いったな!さいきんスマブラさそってもぜんぜん来ない汰拓よりおれらのほうがぜったいつえーぜ!」
「たたくはうんこかいじゅうだからな、うんこにまけるきがしねー!」
「そうですね、以前までの汰拓くんの腕前は事実大した事がなかった。その意気込みはいささか無謀と言えますね。」
「がんばれー」
気合十分といった様子で宣言する汰拓に対してそれぞれガヤをする友達、その光景をみながら貴花は微笑みささやかな応援を送った。
大乱闘が始まると汰拓は無双した。千切っては投げ、千切っては投げ、コンボにつぐコンボによりあっという間に100%を超える相手の体力、ステージ外に投げられてはメテオをされまくる友達のキャラクター。汰拓がどんどん星を重ねるごとに、他の友達は結託し3人がかりで倒そうと目論んでくるが全てを返り討ちにし倒していく。小学生相手にこういうことをやってしまった結果、以前の経験と同じようにリアルファイトに発展した。
「てめー!なんかずるしてんだろ!プロアクションリプレイつかってんな!」
「急につよくなりすぎ!おまえあそびにこずにコソ練してただろ!」
「手も足も出ませんでした。たかがゲームとは言いますがあの仕打ちはさすがに憤慨を禁じえません。実力行使に訴えささていただきます」
あーだこーだ言いながらボコボコにしてくる3人をいなしつつ、汰拓はいつも決まってしていた誇らしげな顔で貴花に聞く。
「貴花ちゃんみてた?強かったでしょ!」
「うーん、みんながよわかったんじゃなくて?」
余りの実力の大差に素朴な疑問を抱く貴花に対して皆が口々に反論する。
「な!きか!ばか!ちげーよ!こいつがチートしてたんだよ!」
「そうだぞ!おれたちはここらへんで1番つよいぞ!」
「1番かどうかは肯定しかねますが、その評価は些か不服です。訂正を求めます」
「でもなー、いまのゲームなにもできてなかったじゃない」
皆の実力に対していまだに納得のいっていない貴花は容赦ない意見を伝える。そんな中、友達の中の一人が提案をした。
「では、こういうのはどうでしょう。実は次の土曜日〇〇駅近くのイベント会場で年齢制限無しのスマブラの大会が行われる情報を得ています。それに僕たち4人も参加しましょう」
「それいいな!そうしたらたたくもチートできないし!」
「チートじゃねえから!でも確かにそれはいいかもしれない」
小学生にチートと言われてムキになる精神年齢が大人のはずの汰拓だったが、今までと違う展開に内心困惑を隠せない。実際自分たちと違ってそこまでゲームをする方ではない貴花に対して友達をしばき回した所で強さが伝わりづらいかもしれない。それを考えると大人も混じって行われる大会はうってつけだった。
「じゃあ土曜な!くびあらってまってろよチートやろう!」
「うるせえ!お前こそちゃんと帰りの切符を買っておけよ、すぐ帰るんだから!」
「てめー!」
またリアルファイトを始める汰拓達を見てクスクスと笑う貴花だった。
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大会当日、汰拓達はスマブラ大会会場についていた。そこには自分達を合わせて50人弱くらいだろうか、数々の大学生、大人、高校生等老若男女が集まっていたが、小学生は汰拓達だけだった。受付に向かうとハンドルネームを求められた。オンラインでも対戦ができるゲームのため出場する人はオンラインの名前で登録することが多いそうだ。たたくは以前にオンラインで使用していた時と変わらず本名で登録し、他のみんなもそれに習ったようだ。受付を済ませ、しばらくすると対戦トーナメントが発表された。たたくがいるブロックは皆と真反対のブロックになり、6回勝てば優勝になる。皆お互いの健闘を祈りそれぞれ別れた。
「優勝商品はなんとささみジャーキーらしいぞ」
「マジかよ、燃えるな」
「しかもこの大会、有名プレーヤーの飯塚コドモメンタルが出場するらしい」
「だとしたら優勝なんてほど遠いじゃねえかくそっ」
あちこちでプレーヤーが今回の大会について噂する中気になる情報を聞いた。飯塚コドモメンタルといえば有名スマブラプレーヤーであり、汰拓が過去に戻る前スマブラの指導をオンラインで受けていた師匠であった。オンライン対戦ではなんとか10回中2回勝てるかどうかといったところだった。
(師匠でてるのか、優勝できるか怪しくなってきたな…)
そうしていると大会が始まった。対戦は次々に終わっていき、汰拓の試合が始まる。
「Cブロック、汰拓選手!」
(来た…)
生まれてこの方、大会というものに縁がなかった汰拓は予想以上に緊張していた。大事な初戦、無事に勝ち進み師匠を倒し貴花に告白しなければいけない。その事が予想よりもプレッシャーなっていた。
「おいガキ、残念だったなおれと当たっちまって…この指圧の竹澤と試合できるなんて公営だと思えよ」
「…よろしくお願いします」
(絵に描いたようなイタい大人が現れたな…指圧はプレイとなんの関係もないだろうが…)
どつやら初戦の相手はこの男のようだ。Tシャツは真っピンクにカービィの眼と口が描いてあるもので、いかにもこれからカービィを使いますよ、といった出で立ちだった。
キャラクターセレクトにいくと予想通りカービィをセレクトした。対する汰拓は持ちキャラのマリオ。残機はそれぞれ2機ずつ持ち、アイテムなし、終点化されたステージで戦うオーソドックスなルールだった。
「対戦開始!」
……
「試合終了!汰拓選手が3タテしたーっ!」
「うっ…この握撃の竹澤が負けるなんて…」
造作もなかった。なんなら汰拓の友達の数倍弱かった。試合前に宣言してきた二つ名はいつの間にか握撃に変わっていたし、指圧の名の通り指圧が強すぎてショートジャンプの概念すらなかったズブの素人だった。なんなく1回戦を突破すると汰拓の緊張は解れたようで決勝までなんなく勝ち進んだ。決勝の相手はもちろん師匠の飯塚コドモメンタルだった。汰拓の友達は全員めちゃくちゃ1回戦負けだった。
(次は決勝、師匠ってああいう人だったのか)
オンラインでしかやり取りをしたことがない師匠を生で見れたことは嬉しかった。初めてみた師匠はパーマがかかった髪の毛をセンターパートした気の良さそうなおじさんだった。
「本大会の最高潮決勝戦がはじまります!対戦する方はまずはこの方飯塚コドモメンタル!有名プレーヤーである彼は評判通りに圧倒的な強さでここまで駆け上ってきました!」
「飯塚ー!」「焼きそば頭!」「子供に大人の恐ろしさを教えてやれ!」「この際手を出してもかまわん!」
主に汰拓に負けた大人たちの大人げないヤジが混じった歓声飛び交う。
「対するは汰拓選手、小学生でありながら数々の大人をなぎ倒してきたダークホース!間違いなく今大会のクライマックスがここだ!」
「汰拓!がんばれ!」「お前が優勝したらおれたちが弱いってわけじゃなくなる!」「私の矜持の為に勝利をお願いします!」「うんこかいじゅうまけんな!」
友達や貴花の応援が聞こえる。友達の方は応援とは呼べないような内容だったが、汰拓にとっては好きな人の応援だけで十分だった。
「ずっと前からあなたをみて勉強してここまで強くなれました。今日はよろしくお願いします」
「そんな人がいると思わなかった、嬉しいな。こちらこそよろしくね」
互いに握手を交わし挨拶をする2人。汰拓は過去に戻る前のお礼を述べるが、勿論相手には伝わらない。だが小学生に対しても真摯に対応してくれる師匠の優しさは変わらないままだった。
「両者準備はよろしいでしょうか、それでは対戦開始!」
(師匠の持ちキャラはピーチ…低空浮遊がからの空後やカブなどの復帰阻止が強い…ファイアボールで牽制しながら地道にチャンスを狙っていくしかないな…)
師匠のピーチが低空浮遊の状態になったことを見越してマリオがファイアボールを繰り出す。
「汰拓選手まずは牽制ッ」
飛び道具を嫌がったピーチがジャンプしたところをすかさず着地刈りを行い、ダメージを稼いでいく。うまく投げを決めたところで場外に追い出し、復帰阻止を行い1機撃墜する。
「汰拓選手が1本先制ー!」
1本先にとり安心していると、師匠がステージに戻ってくる。ピーチの空下からの空前などでダメージを削られていく。汰拓も空前、空下等で応戦していくが中々地上に戻れない。ピーチの投げが決まり。マリオがステージ外に出されるとピーチのカブで復帰阻止をされあっという間に1本返されてしまった。
「飯塚コドモメンタルもすかさず一本取り返した!アツい展開だ!」
(やっぱり師匠相手にステージ外に飛ばされるのはキツすぎる、いや不用意に近づけさせるのがダメなんだ…)
お互い残機が1つずつになってしまい、白熱した闘いが繰り広げられる。ピーチが浮遊から空下を繰り出すがファイアボールで牽制し止める。すかさずダッシュ攻撃で追い詰めるがショートジャンプで避けるピーチ。
(ここで師匠は絶対横Bしてくる…ッ)
過去に師匠と何回も対戦してきた汰拓だから確信できた。マントでヒップアタックを回避する。低空浮遊で迎え撃とうとする前に空前を当てふっ飛ばす。崖に捕まるピーチに対して地上に戻ってくるタイミングに合わせて上スマッシュをあて撃墜した。
「K.Oー!優勝したのは今大会最年少選手、汰拓だー!」
(危なかった…最後の崖復帰の読みだって師匠と対戦していなかったらできなかった…ズルしたようなものだ…)
汰拓にとっては何回も対戦した相手、しかし、飯塚コドモメンタルにとっては初めて対戦する相手。傾向が分かっているのと分かっていないのでは分かっている方が強いのは当たり前だ。
「おめでとう汰拓くん。読み負けてしまったな。」
「教えてくれた師匠が良かったからですよ。」
「さぞかしいい師匠に恵まれたんだね。また対戦できるのを待ってるよ。」
師匠と再戦の約束を交わしたあと、優勝商品のささみジャーキーを貰い、観客から盛大な拍手をうけ大会は終了した。
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大会が終了すると街は夕日に照らされていた。友だち達と別れ、汰拓と貴花は2人で家に向かって歩いていた。夕日が伸びて2人の影を伸ばしていた。
「ささみジャーキー結構おいしいね」
「そうだねー、汰拓が優勝してくれたおかげだね」
優勝商品のささみジャーキーを食べながらなんてことない会話を交わし帰っていく。汰拓の口がカラカラに乾いているのはジャーキーの塩分が原因ではなかった。過去に戻って伝えたい事があった。緊張しながら汰拓は今まで何度も繰り返してきた質問を貴花にぶつけた。
「なぁ、好きなタイプってどんな人?」
「うーん、そうだなぁ…」
貴花は一瞬考えたあと、いつものイジワルそうな顔を浮かべ言う。
「百人一首が強い人かな」
「百人一首?!てかスマブラ強い人じゃないの?!もうかわったの?!」
(ちょっと待って百人一首が強い人なんて初めて聞いたんだけど?!)
スマブラが強い人と汰拓に伝えてからまだ3日しか経っていない。今までは練習時間により時間が空いてしまったから好きなタイプが変わってもおかしくないと思っていたが、今回は早すぎる。なにより前回の人生で練習してきたものとは違うタイプが貴花の口から出たことにより混乱した。確証得て告白をしようとしていた汰拓は完全に虚をつかれ大きな裏声で質問を返した。
「うん、かわった!」
天真爛漫な顔をこちらに向けて貴花は即答する。その様子をみて汰拓は口をあんぐり開けてしばらく放心したあと頭を抱えてうずくまり叫んだ。
「どうしてだ!!!!」
これからの練習を想像し絶望した汰拓の声が住宅街に響いた。隣では好きな人が肩を震わせて声を押し殺し笑っていた。