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第1章 第6話

 しばらく走ると、近くの公園にたどり着いた。俺はあまり来たことはないが、子供の頃から知っている場所。入り口に書かれているはずの公園名が削れて見えず、正式な名前は分からない。住宅街にあるにも関わらず、日差しを遮る遮蔽物がなく、朝も夕方も太陽が照りつける場所であったことから、近隣住民からは「照るユアワールド」と呼ばれていた。女は照るユアワールドに入ると、辺りに人がいないことを確認しつつ、トイレの中へと俺たちを誘導した。


 照るユアワールドのトイレは、公園のトイレにしては異様なほど綺麗だった。俺の家の隣に住む大久保さんが掃除していると聞いたことがあったが、まさかこれほどまでとは。大久保さんは、顔も声も自民党の石破茂と瓜二つで、昔から狂おしいほどの綺麗好きとして有名な主婦である。清掃員としては40年以上のベテランらしく、その腕は、清掃業界ではとても名誉な賞を10年以上も取り続けているほど、確かなものらしい。普段は優しいが、街を汚す者を見掛けると性格が変わり、般若の如き表情で襲いかかってくる。前に路上にウエハースのかけらを路上に落としたのを見られたときは、大久保さん如意棒のように振り回したホウキにみぞおちを突かれ、意識を失いかけたことがあった。だが、大久保さんはプライベートでも常に家の前を掃除しているし、ゴミ拾いのボランティアでも大活躍。おまけに、たまに持ってきてくれる肉じゃがが絶品であることも知られているため、何気に町内の人気者なのである。


 そんな大久保さんがピカピカにした便器の前で、女は立ち止まる。女であるはずが、なぜか男用の小便器の前にいる。そこじゃ放尿しにくいだろうに、どうするつもりなのだろう。そう思った瞬間、女はおもむろにベルトを外し、ズボンを脱ぎ始めた。上着が邪魔であることに気がついたのか、上着も脱いでまとめて俺に渡す。なぜか一同息を呑んでいる。これから何をするのかは大方想像がつくのだが、だから何だ?という部分がさっぱり読めない。


 「はぁぁ~」

俺たちの頭にはてなマークを浮かべたまま、女は気合いを入れ始めた。まさか、この状態で発射する気だろうか?床をびちゃびちゃに汚されて憤怒の形相を浮かべる大久保さんを想像し、俺は恐ろしくなった。


 その刹那――信じられない勢いで発射されるおしっこ。初速からMAXレベルで放たれたそれは、女にも関わらず前方90度へ一直線に飛んでいる。便器に当たって飛び散る飛沫は、小さくも鮮やかな虹を作り出していた。生まれて初めて見る、美しさすら感じる放尿プレイだった。

「はっ!やっ!」

女は掛け声とともに腰を動かし、左から右、上から下へと、放つおしっこで十字を切った。

ンゴゴゴゴゴ・・・・

瞬間、便器からまばゆい光が放たれ、振動を始めた。ゆっくりと横にスライドすると、奥に階段らしいものが見えてくる。

「お~!」

レモンが、お見事!とばかりに拍手を送っている。確かに見たことのない仕掛けだし、予想だにしなかった展開だしで、なんかすごい気はするが、拍手を送るようなことなのかどうかは、ちょっと俺には判断がつかなかった。


 「これは最新の尿認証システムを使った扉でね。誰のおしっこなのか、その成分を瞬時に読み取って開く仕掛けになっているのだよ。まだほとんど出回っていないシステムだから、万が一にもこの階段が見つけられることはないだろうな。」

レモンの反応に気を良くしたのか、女が股を拭きながら得意げに答える。

「そもそもこんなところに階段が隠されてるなんて、誰も気づかないですしね。」

アンネがもっともなツッコミを入れると、まぁねと女は笑った。

「十字を切ったのには、何か意味が?」

俺も感じていた疑問をゴンザエモンが口にすると、女は、よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑みを浮かべ、

「グランドクロスだ。カッコ良かっただろ?」

と答えた。

「は?」

「う~ん、どうやらあの人の趣味みたいだね。多分薔薇十字とかその辺が好きな人なんだと思う。」

思わず間抜けな声を上げてしまったゴンザエモンに、ユウがそっと解説を添える。あれだけ盛大にやったことが実は意味がなかったと知り、ゴンザエモンはそれ以上追求する気をなくしたのか、ただただ頭を抱えていた。


 「さ、急ごう。誰かに見られてしまってはマズイからな。おっと、ズボンは返してくれたまえよ。」

俺の手からさっとズボンを受け取り、カチャカチャとベルトを嵌めて整えると、女は階段を降り始めた。

「この下だ。ついてきて」

俺たちは一瞬顔を見合わせたが、ついていくことにした。しかし、すぐに足を止めることになる。そう、階段の周りは飛び散った女のおしっこでびちゃびちゃだったのだ。多分十字を切ったことと途中で便器が動いたことで、おしっこが大幅に外にはみ出したのだろう。初速からMAXな速さの縮地のようなおしっこを出した意味が、これでは全くなかった。靴が多少汚れることは仕方ないと諦めた俺たちは、せめて転ばないようにと慎重に進むことにした。


 しばらく階段を降りていくと、突然目の前に、ジャージーボーイズのような世界が広がった。ややレトリックで薄暗く、大人の雰囲気溢れるアメリカンな街がそこにはあった。地下にどうしてこのようなものがあるのかは、小松未歩ばりに謎だが、それよりもその非日常な異世界感が、俺の心を踊らせた。バーカウンターのような場所を通り過ぎ、木でできた扉を抜けて奥の部屋に通される。


 「へい、レディース&ジェントルメン!よく来たなァ」

そこにいたのは、何やら胡散臭い男だった。


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