第一話 始死
そう、それは単なる気まぐれの一つだったんだ——————
僕——————新崎許斐は、ただ単純に妹にいい姿を見せたかったと言う理由が際立ってしまうし、何故こんな事をしでかしたと言われると僕は苦い顔をするしかない。
僕は命を救ったんだ。
それだけ聞くと、とても素晴らしい事だと誰もが言うと思う。
だけど、真相を聞くと批難の声は多数に聞こえゆくに違いない。
僕は命を救ったんだ。
自分の命を使って。
小さな子供がボールを追っかけて轢かれかける所はテレビのヒーロー番組では何度も見たことはある。
その時は大抵スーツ姿のヒーローが紙一重で小さな子供を救い出す所もセットでだ。
でも実際は違うだった。
子供を押し出す事には成功した。
だがしかし、思ったよりも飛距離が無かったのか意識のある中、今度は僕とその子供の位置が逆転したようだった。
間に合わない——————そう思った。
そしてその予想は悲劇のように的中し、その車は僕の身体の横から直撃し吹き飛ばした。
僕は未だ生ぬるい血溜まりの中、目を閉じた
その時僕は思ったんだ。
《世界なんて壊れてしまえばいいのに》って。
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【世界は崩壊されました】
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「······ぐぷはっ!!」
詰まった空気を吐き出すように目覚めた僕が目にしたのは、どこかのよく分からない世界に女神と対面しているのでも、西洋風の世界観の一部分でもなく、タイル状の天井の下、ベッドに横たわっている自分だった。
いや、よく考えろ僕······。もしかしたら最近の異世界はここまで発展しているのではないか······!?
よくある話だろう!僕以外に先にここに着ていた人間がいて、たまたまその人間が知恵を持っていて、さらにたまたま僕がここに来たんだ!そう考える事が正しいだろう!!
だけど············。
ずっと額を小突いていた僕は、ぐずり声と左手の温もりに導かれるように下を向くとそこには——————妹がいた。
ずっと僕の手を握って放さない胆力さよりも、辛さが勝ったように僕の左手を枕にして眠っていた。
ここは、現実だよなぁ······。
僕が生まれて、そして高校生に上がるまでずっとそばで暮らしてきたたった一人の家族。
母は死に、父はずっと前に別居し妹が物心つくまでに家から出ていったあいつは父と考えなくてもいいだろう。
仕送りは止まってないけど······。
「しかし、どうやって起きた事を証明するんだ?僕は生きているんだよな?取り敢えずナースさんを呼ぶべきだろうか······」
そう結論づけて、ナースコールをしようと手を伸ばそうとするも、ここで問題が一つある。
そのボタンは僕にとって左側にある。
そして僕の左手は妹がガシッと掴んで放さない。
故に押すことは出来ない。
どうするべきか······。
よし、起こそう。
そこには、僕が病院に運ばれてから泣きっぱなしかもしれない妹への慈悲はなかった。
「とう!」「ふみゅっ!!」
その無防備なつむじに僕の手刀が当たると、なんともアホらしい声が聞こえた。
「誰よ!?乙女のつむじをいじめるとハゲるんだから······っえええええええ!!」
文句と驚きを同時に行ってくれた、何とも芸人向けな妹に僕はいつもと変わらずに自由な右手を上げて。
「よぅ、おはよう。桜」
「おにっ······。おにっ············!!」
「ん?」
「おにいちゃあああああああああ!!」
噴水のように涙を流す妹に、僕は罪悪感が増して、抱きしめる彼女の頭を、涙が止まるまで撫で続けた。
*****
「ほほぅ、なるほどな······」
十数分かけて泣き止ませた後、ナースさんを呼ぶ事をほっぽりだして、今まで何があったのかを教えて貰った。
たまたま僕を轢いた車は患者搬送者であった為、重態ではあったが病院に素早く運び込まれた事。
しかし、僕の身体に不可解な事態が発生したらしい。
僕の身体は骨折どころか、切り口一つも無かったらしい。
だが、発見された時は実際に僕は自分の血で水たまりを作っていたし、その目撃者も僕が助けた子供以外にもたくさんいた。
だけど医者達が僕の身体についていた血を拭い取ると、その傷口がなく、そもそも打撲なども間接的な傷すら無かったらしい。
「お兄ちゃんがショック死とか最悪だよ······」
「いや死んでないから。ピンピンしてるから」
僕が病院服の袖を捲り、力こぶを見せるが妹(いや、ここからは桜と呼ぼう)は手でシャッターしている為、命の証明が出来ない。
「まぁ······ショック死はしてないにせよ。僕は何日位寝てたんだ?」
「えーとね。3日くらい?」
「なんでそこは疑問符つけんだよ」
「だってさ!お兄ちゃんが車に轢かれたって聞いて······ひぐっ」
「ごめんごめん、泣くなって······」
ここまで泣かれると負い目が感じられるな······。
命は価千金であっても、ここで死んでロクな保険に入っていない僕は後に残せる物は少ない。残りの人生の分を支払ってくれる訳じゃないのだ。
『生きてこそ幸せな未来を掴む事が出来るのよ』
母さんが死ぬまで僕達に言ってくれた言葉だ。
ここで死んで桜のトラウマになっちゃしけないしな。
僕はパン!と頬を叩いて、
「桜」
「ん?あははははははははは!」
「ごめんって言ってるだろぉ〜」
古典的な変顔をした。
それが意外にも桜のツボに入ったらしく、腹を抱えて笑っていた。
「よじっ、よじれる!!」
「ご〜〜め〜〜ん〜〜って〜〜ばぁ〜〜」
「あははははははははは!やめっやめて!!」
ふふふ······桜チョロし。
俺はしたり顔で、くねくね動いたままピクピクと震える桜を見下ろす。
「桜は笑った方が、可愛いんだから笑っとけよ」
「···············これだから、我が兄は······」
「ん?呼び方変えた」
「変えてないもん!お兄ちゃんはさっさと寝て寝て!今からあたしお医者さん呼んでくるから!」
そう言って部屋から出ようとする桜に僕は、行ってらっしゃい、と手を振る。
············あ、ナースコール忘れてた。
*****
「はあ······今日だけ仮退院とはいえ、あと3週間入院とか長すぎる」
あれから僕は、ほとんど意味のないリハビリを繰り返し、轢かれる前よりも筋肉がついてしまっている気がする。
今僕は一日仮退院と言う特権を活かして、暇すぎる時間を埋める方法の一つである本を買う為に、本屋へ向かっている。
着替えだけは、既に桜が用意していたので、その服をきて向かっている。
なお、桜は入院している僕とは違って学生なので、会えるのは桜が学校が終わった頃と、土日だけだ。
1、2度か僕は、友達と遊んでもいいんだぞ、と言ったが、あたしは友達に言ってるから大丈夫だよ、と言われて、彼女の善意に甘えるしかなくなった。
僕は人並みを抜けて、路地裏を進んでいた時。
「お兄さん。占いに興味はないかい?」
いかにも怪しい人間に声をかけられた。
その人はそこらのダンボールに、コーラの瓶を乗せただけの、手抜きに等しい状態で占いをしようとしていた。
あまりにも胡散臭いだろう。
「興味ないです」
「おぉ〜とちょっと待った。占いに興味ないだろうのは、この私の姿形の問題だろうとはすぐに分かる。だが!ここで話を聞くだけでいいんだ。お金は取らないし、君の有意義になれる事を話せるからさ!座ってくれ!!ボランティアと思って」
「はあ」
僕は勢いに負けて、お姉さんの言うとおりにダンボールに座る。
お姉さんは結局コーラ瓶を地面に置いて、僕を見る。
「君、新崎許斐君だね。確か······」
「なんで知ってるんですか?」
頭では、なんでえええ!?と叫びあげたかったが、冷静にいないと足元を掬われると思ってぐっと抑える。
「ん······なに、君とあっただけだから」
「貴方のようなキャラ立ち良さような姿は忘れませんよ」
「それは私がここに座っているからだろう。普段立ちすれば、私はただのキャリアウーマンだ」
まあ、確かにスーツ姿でその女性の言うキャリアウーマンと言われても納得出来るのだが、
「だからって、なんでここに?今はまだ2時くらいですよ。仕事は?」
「仕事は今日休みなのよ······。まあ、だからこそ探そうと思ったのよね。はい、これ」
「?」
渡されたのは新聞紙だ。
そしてその表紙には、『奇跡の少年目覚める』と言う煽り文と共に、僕の写真が載っていた。
「盗撮じゃないか······」
僕は許可した覚えはないし、桜が認める筈がない。
「ははは!最近の新聞社も法律ぎりぎりまで攻めてくるねぇ!」
「いや、笑えないでしょう!!」
ぎりぎりセーフじゃなくて、確定アウトだよ!
「まあ、私はそれで君と言う存在を知ったからね。あっ、君とあった事があるは嘘だよ」
「嘘か」
「それよりも、君には一つ教えておきたい事と、知っておきたい事がある。君の人生の事に深く関係する」
「この流れでカルトチックな事言い出したら近くの交番に駆け込みますからね」
「言わない!言わないさ。······君、本当に無傷だったのかい?」
「ええ、僕自身は知りませんが」
すると、おもむろに女性は胸ポケットから取り出したメモ帳に書き出す。
「自覚はなし······と。それじゃあ最後に言っておこう。君は呪われている。方法は知らないけどね」
「今から駆け込んで良いですか?」
「本当にカルトじゃないから、恐らく逃れる方法もないから。——————ただ、私の言っている事が分かったらここに電話してくれ」
彼女はメモ帳から一枚紙を千切り、僕に渡す。
そこには殴り書きで書かれた11文字の数字が書かれていた。
「行って布教はしませんよね?」
「しないしない!どれだけ信用がないのさ。······まあ、君が知るときはきっと、私は君の事を知らないだろうがね」
「?」
「下手に介入しない方がいい。それが君にあっている」
そう言い切ると女性は立ち、終ったよ、と僕に告げると。
「ああそうだ。君に私の名前を教えて置いておこう。私の名前を知っているのは、数人しかいないだろうから、きっと過去の私は気付くはずだ」
「······それで、名前は?」
そう聞くと彼女は、せっかちだなぁ、と笑う。
「君方未来だ。洒落た名前だろう」
そう言って、僕が来た道を歩いて行った。
*****
いったい、何が言いたかったのだろう······?
『君は呪われている』
『恐らく逃れる方法はない』
『過去の私は気付くはずだ』
意味深過ぎるその言葉に僕は頭を悩ませながら、本を買って病院に戻る為の道を歩いていた。
『過去』······つまりそれは『戻る』と言うのか?そしてそれは自分······?
「兄ちゃん避けろ!!」
「え—————————」
声が聞こえた上空を向くと、たった目測10センチに看板があった。
声を上げる間も。
足を動かす隙もなく。
僕は——————看板に潰されて死んだ。
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【世界は崩壊されました】
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「おにいちゃあああああああああ!!」
僕が目覚めた時に、最初に目に入ったのは僕を抱きしめて噴水のように泣く桜の姿だった。
え······でも、死んだはずじゃ······」
他には取ろうと思って諦めたナースコールのボタン。
僕は嫌な予感に囚われた。
もしかして······。
「桜······。僕は何日位寝てたんだ?」
すると、桜は首を傾げながら。
「えーとね。3日くらい?」
「···············ははは」
僕の口からは乾いた笑みしか出なかった。
ブラックジョークにも程がある。
『君は呪われている』——————その言葉の本当の意味がようやく分かった。
【死んだら固定の過去に遡る】——————そんな呪いに憑かれたんだ僕は。
こうして僕は、命のループを繰り返すようになる。