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救世の三姫  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)


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86.試練を乗り越えた者達

 停戦合意もなされ、世界は平和への歩みを始めた。桜とイリアは、エナの体が寝ている部屋に居た。

 カイルは、停戦合意の書面化や今後の合衆国の統治について話し合うための会議に出席していた。桜は政治に参加しないと決めていた。それは、皇家の末裔であるカイルの役目だと思っていた。

 桜は自分が政治的な判断を出来ると思っていなかった。だから、この後は一般市民として生きようと思っていた。エナと一緒に……。

 レナとレミとカナタは一階で夕食の準備を進めている。エナが復活した時に、エナの大好きなシチューを用意していた。

「お姉ちゃん。私、戻るね」

 桜と同じ顔の赤い髪の美少女イリアが言った。

「うん」

 桜の返事の後で、イリアは眠っているエナに触れた。すると、イリアの体から魂がエナの体に戻った。そして、エナは目を開けて起き上がった。

「ただいま。お姉ちゃん」

 そう言ってエナは笑った。

「おかえり。エナ」

 桜も笑顔で返した。その瞬間世界の時間が停止し、桜の目の前に光が現れた。

「おめでとう。君達は最初の試練を乗り越えた」

 桜はその光を初めて見た。エナは、二度目である。

「あなたは?」

「君達が神と呼んでいる存在の一つだ」

「神様が何の用?」

 桜は疑問に思った。神と関わる何かをしていたつもりが無かったからだ。

「桜、君の最初の願いは『病気で死なない体になる』だった。その願いは今でも変わらないか?」

 桜は質問の意味は理解できたが意図を理解できないでいた。だが、答えは持っている。

「願いは変わっています」

「そうだと思った。君の本当の願いを述べよ」

「人間として天寿を全うしたい。例え病気になっても人として生きたい」

「分かった。その願い叶えよう。星の神『伊弉冉いざなみ』よ。彼女に体を」

 光が言うと、そこへ、セフィロトが現れた。

「桜、この世界での肉体を与える」

 そう言うとセフィロトは横たわった。そして、その体が桜の姿に変貌していった。その体から魂が抜けだした。それは黒髪の女神だった。

「あなたはセフィロト?」

「そうだ、私はこの星の神、訳あってセフィロトと名乗り世界に干渉していた」

「それは何故?」

「私の夫、伊弉諾いざなぎは神殺しによって殺された。ゆえにこの星に男は居ない」

「え?」

「この星の純血種は居ないという意味だ。覇人は神殺しが自分たちの奴隷として使う為に作り出した人種だ。和人とは彼らとの混血をさす。本来であれば、イザナギが男を作り私が女を作って人類が繁栄する予定だった。だが、夫は殺されてしまった。

 だから、仕方なく女だけ作り、混血をすすめ、神殺しの影響を削ごうとした。だが、計画は思うように行かず。和人の勢力は伸びなかった。だから、亜人を作り出し覇人に対する抑止力にしようと思った。

 だが、それも失敗した。勢力を拡大する覇人を牽制するために現身を作り世界に干渉していた。その役目も今日で終わる。桜、君のお陰だ。感謝する。そして、先に謝っておく。これから、もっと酷い敵と戦う事になる。本当にすまない」

 桜はイザナミの言っている事を殆ど理解できなかったが、戦いが続くことと自分が人間に戻れることだけ理解した。

「まあ、人間に戻って戦うって事?」

「簡単に言えばそうだ。だから、君を星の神子にする。神殺しに勝ってくれ」

「分かった。それで、体に触れば人間になれるの?」

「そうだ」

 桜が床に横たわっている体に触れると魂が移動した。床の体が目を開けて起き上がる。服だけはセフィロトのものだった。

「これで、子供も産めるの?」

「そうだ、思い人が居るのなら添い遂げるが良い」

 そう言ってイザナミは消えた。桜の魂が抜けた機人ミリアは月読のものとなった。だから、機人ミリアは月読の姿に、機人イリアは天照の姿に変化した。

「これで、自由の身か」

 右半分が白、左半分が黒の腰まで延びた長髪、白い肌の男か女か分からない姿になった月読がそうつぶやいた。

「え?月読って機人ミリアの機能の一つじゃないの?なんで勝手に動いているの?」

「ああ、簡単に言うと、僕は元人間だった。でも、そこの神にこの体のOSと同化させられて、君を守れと命令され仕方なく機能の一部として振舞っていたにすぎない」

「ええ?何それ?なんで機能の一部として振舞ってたの?というか、あなた男なの女なの?」

「まずは、性別から、僕は男でも女でも無いよ。元の体が不完全だった。半陰陽って言えば通じる?」

「ああ、うん。分かる」

「それで、機能の一部として振舞っていた理由だが、僕が普通に意見を言っても君は聞いてくれないと思ったからだ。まあ、機能の一部として助言しても聞いてくれない事が多かったけどね」

「ふ~ん。なら言っておくことがあるわ。私、あなたの事嫌いよ」

「知っている。僕も君が嫌いだ。だが、それでも感謝している。エナを救ってくれてありがとう」

「何を言ってるの?エナを救ったのはあなたじゃない」

「僕は冷酷だからね。最初はエナを見捨てようとしていた」

「何を言ってるのか分からないけど、最初にエナを見つけた時、兵士からエナを救ったのはあなたでしょ?」

 桜は馬鹿だった。だから、月読の言っている事が理解できなかった。桜が知っているのは兵士がエナを殺そうとした時、月読が桜に替わってエナを助けた事だけだった。

 それを聞いて月読は笑った。心底、笑った。

「桜、僕は君の事が大嫌いだが、そんな君が好きだ」

「何言ってるのか、分かんないけど、私はカイルと結婚するの、そういう申し出は要りません」

「そういう好きじゃない。人間として好きだってだけだ。僕はさっき言ったけど、男でも女でも無い。そのせいで、色々あってね。恋愛なんて出来ないんだ」

「うっ。そんな事言われると何も言えなくなるじゃない」

 桜と月読のやり取りを見て、エナが笑った。

「お兄ちゃんとお姉ちゃん。嫌いって言いながらも仲いいじゃん」

『仲は良くない!』

 二人そろって否定した。それを見てエナはさらに笑った。ひとしきり笑った後でエナは月読に言った。

「お兄ちゃん。約束覚えてる?」

「ああ、覚えているとも」

「私より長生きしてね」

「ああ」

 短いやり取りだったが、二人にはこれで十分だった。

「なによ。私に内緒で約束してたの?」

「まあね」

 エナは得意げに言った。

「ん?エナは月読が別の人間だって知ってたって事?」

「そうだよ」

 エナは何を当たり前の事を言わんばかりの表情で答えた。

「いつから?」

「この村に来て最初の夜から知ってた」

「うわ~。私、お姉ちゃん失格だわ」

「なんで?」

「エナの嘘を見抜けなかった」

「エナは嘘ついてないよ。だって、桜お姉ちゃん。月読お兄ちゃんの事を私に聞いた事なんてないでしょ?」

「そうだった」

 桜は自分が何も見ていない事を自覚しただけだった。

「ずいぶん楽しい会話だが割り込んでも良いか?」

 そう言ったのは天照だった。エナが想像した桜と似た姿から、燃える様な赤い髪、透き通るような白い肌、決意に満ちた深紅の瞳の太陽を思わせる様な美女になっていた。

「ごめんね。内輪で盛り上がっちゃって」

 桜が蚊帳の外に居た天照に謝罪した。

「いや、良いものを見させてもらった。良い姉妹だ。妾は用事がある故、これで失礼するが、十年後には戻ってくる」

「十年後というと、あれが見えていたのか」

 そう言ったのは月読だった。

「まあな、本来はあれを倒すためのこの体なのだろう?神よ」

「その通りだ。天照、そなたの元の世界にも危機は迫っている」

「それは、なんだ?」

「魔王だ」

「そうか、妾はやり過ぎていたか」

「自覚があるのなら、早々に対策を行うが良い」

「分かった。では、エナ。またな」

「うん。またね」

「二十一番、世界、正位置」

 半透明のカードに月桂樹の輪に囲まれた女神が現われ、天照を抱きしめた。そのまま女神は天照を連れてカードに戻った。天照と女神はそのまま消えた。

「さて、それぞれの運命は決まった。十年後、君達が勝利する事を願っている」

 その言葉を残して光は消えた。

「桜、この星を頼んだ」

 そう言ってイザナミも消えた。世界の時間も動き出した。

「それで、お姉ちゃんはカイルお兄ちゃんの所に行くんだよね?」

 エナはニヤニヤしながら桜に聞いた。

「そうよ。悪い?」

「いいや、桜お姉ちゃんが言い訳して会いに行かない様だったら、月読お兄ちゃんに協力してもらって、人間になれた事の報告をしに行こうかなってね」

 そう言ってエナは笑った。

「一度、振ってるから、私から言ったらプロポーズしてもらえないと思う。だから、カイルに私が人間になった事、伝えてもらっていい?」

 桜はエナの提案が気に入った。女性からプロポーズしても良いと思っているが、やっぱり怖かった。一度振ったのだ。まだ、カイルが自分の事を想っているか、確信が持てなかった。

「任せて」

 エナは自信たっぷりに言い放った。

「じゃあ、お姉ちゃんは家で待ってて、私と月読お兄ちゃんでカイルお兄ちゃんに朗報を伝えて来るね」

 そう言って、エナは月読の手を取り、カイルの元に向かった。


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