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救世の三姫  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)


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82.千本桜 終焉

 桜と素戔嗚が対峙している時に、イリアはヴリトラとラファエルの間に割り込んだ。

「ヴリトラ、行って」

 イリアがそう言うと、ヴリトラは礼を言った。

「すまない、ここは任せる」

「いいよ。任された」

 イリアは自信満々に笑顔で応えた。ヴリトラは和国の陣に撤退を始めた。

「まだ、戦う?」

「もちろんだ。私はまだ戦える」

 ラファエルは、一度は心が折れた。だが、素戔嗚のウォークライで戦う意思を取り戻していた。だから、魔力のストックが無くなるまで戦うつもりだった。

「分かった。止めをさしてあげる」

 イリアはそう宣言した。イリアは光の精霊を通して地上の一角を監視していた。そこにはカイルとルシフェルが居た。カイルに倒されてルシフェルは戦意を失っていたが、どうやらルシフェルも戦意を回復したらしい。

 イリアは二人まとめて戦闘不能にしてやろうと思った。だから、対ミカエル戦で使用した魔法を使う事にした。

「うそついた~らはりせんぼ~んの~ます」

 エナは静かにそう言った。その言葉を聞いてラファエルは背筋が凍った。エナは続けて歌う。

「穿て穿て鉄の針、千となり万となり億となりて敵を穿て」

 一億本の鋼鉄の針が出現し、ラファエルを取り囲んだ。それが一本ラファエルの体に突き刺さり消滅する。

 ラファエルは即座に魔法で回復する。回復すると次の針がラファエルを貫通する。その傷も治った。傷が治る度に次の針がラファエルを傷つけた。

「さて、どうする?このまま壊れるまで続ける?」

「無論だ」

「そう、分かった」

 ラファエルは最後まで戦うつもりだった。

 一方、ルシフェルも素戔嗚のウォークライを聞いて、戦う意思を取り戻していた。カイルもその意思を感じ取っていた。ルシフェルは『裁きの剣』を取り戻そうとしていた。

 カイルの魔力の残量は僅かしなかった。ルシフェルの魔力のストックは十個残っていた。だから、カイルはルシフェルの出方次第で本陣に戻る事も考えていた。

 ルシフェルは最初にカイルに素手で攻撃を開始した。相手の魔力は残り僅か、そのまま押し切って武器を回収し、和国の本陣に攻撃を仕掛ける。

 そう考えて、身体強化を行ってカイルに攻撃を開始した。カイルは一旦全力で逃げる事を考えたが、イリアの魔法を感知した。その一部がこちらに向かってくることも感じ取っていた。だから、カイルはルシフェルを少しだけ、足止めする事にした。

 ルシフェルもイリアの魔法を感知していた。あの魔法を防ぎきるには裁きの剣が必要だった。だから、カイルとの戦闘を回避して武器の回収を優先しようとした。だが、カイルはそれを察知して武器との間に立ちふさがった。

 二人は素手で戦闘を開始した。カイルは防御に徹し、ルシフェルを武器の元へ行かせなかった。ルシフェルは素手の戦闘が苦手なわけではない。全ての武器を扱えるし、格闘術も得意としていた。だが、カイルを攻めきれなかった。

 そうして戦っているうちに、鋼鉄の針がルシフェルの右足を貫いた。ルシフェルは針を引き抜き、瞬時に体を直した。

 カイルはその隙にルシフェルから離れていた。ルシフェルはカイルを追おうとした。だが、左足に針が突き刺さった。それも抜いて体を直すが、ルシフェルはいつの間にか針に囲まれていた。

≪ルシフェル。まだ、戦う?≫

 それは、イリアからの無線通信だった。

≪無論だ!≫

≪そう、分かった≫

 その後は、一方的ななぶり殺しが始まった。何度も何度も針で貫かれ、回復する。ただそれを繰り返した。周囲を全て針に囲まれルシフェルもラファエルも脱出する事は出来なかった。

 これはイリアの針が尽きるか、ラファエルとルシフェルの魔力が尽きるかの戦いだった。そして、勝敗は最初から決まっていた。

 ラファエルもルシフェルもこれが悪あがきだと知っていた。だが、素戔嗚ミカエルが諦めていないのだ。だから、簡単に諦めるわけにはいかなかった。死の恐怖は無かった。ただ、諦めずに最後まで戦う。その想いだけで二人は降参しなかった。

 針は一割も消費されずにラファエルとルシフェルの魔力が尽き、手足を針で貫かれて戦闘不能になった。

≪どうして、負けを認めなかったの?≫

≪≪それが、ミカエルの意思だからだ≫≫

 二人は、同時に同じ答えを返した。

≪そう、機人にも友情ってあるんだね。少しだけ仲良くなれそうな気がするよ≫

 イリアは何気なく言った。

≪そうだな、もっと早くその可能性を検証するべきだった≫

 ルシフェルはイリアの一言の中に和睦の可能性を感じ取った。

≪もう、遅いけどね≫

 イリアは意地悪でそう言った。自分と姉をさんざん苦しめた相手だ。少しぐらい意地悪してもばちは当たらないと思ったのだ。

≪そうか、そうだな。私達は間違っていた≫

 ルシフェルの言葉にイリアは答えなかった。精々反省して後悔すれば良いと思った。


 覇国の本陣では覇王が恐ろしい光景を目にしていた。白い鬼が覇国軍を蹂躙していた。しかも、誰も死んでいないのだ。全ての兵士が機人が手加減をされて武器と防具を破壊され、心を折られていく。

 彼らの通った後には身を竦めてガタガタと震える者しか居なかった。誰一人として立ち上がって戦おうとしなかった。

 その白い鬼の一体が覇王に向かっていた。筋骨隆々のその鬼は、素手で剣を折り鎧を引き裂き、機人の手足をいで進んで来た。本陣を守る主天使達がスナイパーライフルで攻撃するが、鬼は人知を超えた速度で銃弾を躱して、主天使達を引きちぎっていった。

 覇王は剣を抜き放ち鬼と対峙する。身体強化魔法と知覚強化を行い。鬼に切りかかる。しかし、鬼は簡単に攻撃を躱して、覇王の剣を折った。

 覇王は折られた剣を捨てて素手で殴りかかったが、それを躱されて着込んでいた鉄の鎧の胸のあたりを右手で掴まれた。鉄の鎧はひしゃげ鬼の指が鉄の鎧に食い込む、その状態で鬼は覇王の横に移動し左手で背中の中心辺りを掴んだ。

 そして、鬼は覇王の鎧を剥いた。不快な金属音と共に鎧を失った覇王は魔法で攻撃しようとするが、鬼は持っていた鎧を捨てて魔法が発動する前に覇王の頬を張った。

 覇王の意識が一瞬途切れ、魔法は発動しなかった。覇王は再度、攻撃魔法を使おうとするが、鬼はまた覇王の頬を張った。

 三度目を行おうという気力は無くなっていた。攻撃も防御も無意味だと思い知らされた。覇王は死を覚悟して戦場に立っていた。それなのに、心が折れた。勝てないと思った。勝てないまでも刺し違えようという意気込みすらも無意味だと思い知った。

 覚悟を決めていた自分でさえこのざまなのだ。覚悟の無い兵士達は武器と防具を失った時点で心が折れただろう。この時、覇王は敗北を悟った。


 素戔嗚に桜が話しかける。

「まだ、戦うつもり?」

 素戔嗚は敗北が覆せない事を知っていた。背後でうずくまる兵士達はもう立ち上がる事は無い。もう一度ウォークライをしたところで、桜が創り出した千五百人の戦士達に対抗する手段が無かった。

 だが、このまま負けを認めてしまえば無条件降伏しかない。相手の条件を全て飲まねばならない。それが、全ての覇人を奴隷にするという条件でも飲まなければ覇人は虐殺される。それほどの戦力差があった。

 だが、桜は誰も殺さなかった。そこに光明があった。せめて、自分一人でも覇人に何かしたら、一矢報いる事は出来ると証明しておきたかった。

「私は負けていない。一騎討ちを提案する」

「こちらが受けるメリットは?」

「私が負けた場合、君に絶対の忠誠を誓い服従する。だが、私が勝ったのなら覇国の無条件降伏ではなく和睦に応じて欲しい」

 少しでも覇国の不利を覆したかった。

「いいわ。ただし、一騎討を行うには条件がある」

 桜は月読の作戦がハマったと思った。これは月読の意趣返しだった。しかも、とても意地悪な意趣返しだ。先の戦いでは、桜が人質を取られて補助機能を封印されて戦った。

 だから、今回は桜が人質を取って、一騎討に条件をつけるのだ。

「補助機能の封印か?」

 素戔嗚も意趣返しだと理解して条件を確認した。

「ええ、ただし、封印するのはあの時と同じで私の方よ」

「なぜ、不利な条件を自分に課す?」

(あ~、月読。代わって、私にはこの先のセリフ言えそうにない)

(そうですね。桜は謙虚ですからね)

「決まっている。補助機能など無くても君を倒せるからだ」

「同じ性能なのに?」

「そうだ、同じ性能だが君は負ける。手加減された上に負けるのだ。さぞ気分が良い事だろう?」

「負けた時の言い訳ではないか?」

「言い訳?まあ、罠だと思ってくれ、君が勝っても全力の僕に勝っていないから、勝利の実感は無いだろう?だから、和睦するにしても強気には出れない。それに負けたとしたら何をしても勝てないと思えるだろう?絶対服従をする時に、まだ勝てるかもしれないという可能性があると、いつか裏切られるだろう?だから、完全に心を折らせてもらう。そういう罠さ」

「よく考えられている。分かった。その条件を受けよう」

「まあ、これで負けたら君は自分の存在意義を失う訳だ。君は誰も守れない」

「それはどうかな?」

「それと、覇国の兵士から魔力のストックを集めて来た。それをいくら使っても構わない。僕は魔力のストックを使わない」

 素戔嗚の後ろにいつの間にか鬼たちが魔力のストックを山積みにしていた。

「勝つ気が無いのか?いや、和睦が狙いか?」

「いいや、それでも勝つのは僕だ。信じられないというのなら条件を変えよう。僕が負けたら、和国亜国連合軍の敗北で良い。無条件降伏しよう」

「狂っている」

 だが、素戔嗚にとっては願っても無い申し出だった。相手が約束を守ってくれるか分からないが、ここまで言ったのだ。勝てば、それなりの譲歩は引き出せそうだった。

「やらないのか?」

「本当に無条件降伏するのか?」

「ああ、もちろんだとも」

 月読は不敵に笑った。桜の勝利を確信していたからだ。桜が創り出した英霊たちは一騎討に備えて解除した。大言を吐いたが、さすがに素戔嗚相手に思考の大部分を英霊たちの操作に費やしていては勝てない。

 だから、解除した。英霊たちが消えた後で、覇国の軍勢から少しだけ恐怖の色が失せた。イリアはそれを見逃さなかった。即座に九千万本残っている鉄の針を全ての兵士の首元に配置する。その上で覇国軍の上空に残りの針を配置した。

「分かっていると思うけど、妙な動きをしたら私が制裁する。一騎討の邪魔はさせない」

 イリアはラファエルとルシフェルを戦闘不能にした後で覇国軍の上空に移動していた。イリアの恫喝で覇国軍は再び恐怖に染まった。それを見て桜がイリアに無線で一言だけ確認する。

≪約束は分かってる?≫

≪大丈夫だよお姉ちゃん。あくまでも脅し、もし動きがあっても針で囲むだけにするから≫

≪それなら、任せたわね。流石に集中しないと素戔嗚は倒せないと思うから≫

≪任せて、お姉ちゃん。頑張ってね≫

≪ありがとう。エナ。行ってくる。今度は勝って来るから≫

≪うん。信じて待ってる≫

 二人は思い出していた。先の戦いでの敗北とエナがイリアになる原因となった戦いを……。そこで、桜はエナの覚悟と悲しみと憎しみと想いを知った。エナは桜が負けた事の悔しさと桜に自らを犠牲にさせた自分たちの弱さを思い出していた。

 今度は、全てが報われる。桜は勝利し、エナは本来の体に戻る。そしたら、二人でショッピングに行くのだ。平和な世界で二人で、戦いの心配をすることなく笑顔で……。


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