7.ある荒野での戦闘
桜は葬式を終えた後、どこへ向かうか悩んでいた。
(ねぇ、月読。この子と一緒に生活しようと思うのだけど、何かいい案は無い?)
桜は、どうやって生きて良いのか分からなかった。農業は知識として知っていても何をしたら良いのか見当もつかなかった。
(では、近隣の村に身を寄せるのがよろしいかと思います)
(一番近くの村はどこ?)
(こちらになります)
月読の言葉の後で、桜の視界にナビが表示された。
(分かったありがとう)
(あと、この村の食料と兵士達が身に着けていた武具も持っていくことを推奨いたします)
(食料は分かるけど、武具はなんで?)
(換金出来れば生活の足しになるかと思われます)
(なるほど)
桜は月読のアドバイスに従って武具も持っていくことにした。月読は予め、食料や武具を荷馬車に積んでいた。
桜はエナに話しかける。
「ねえ、エナはこれからどうするつもり?」
「どうして良いか分からない」
エナは困ったような顔で桜を見た。
「じゃあ、私と一緒に隣の村に引っ越さない?」
「一緒に行って良いの?」
エナは少し嬉しそうに聞き返した。
「もちろんよ」
桜は笑顔で答えた。
「さあ、行きましょう」
そう言ってエナに手を差し伸べた。エナは桜の手を取った。
二人は馬車で隣村まで移動していた。
「ねぇ、桜お姉ちゃん。救世の三姫って知ってる?」
「言葉だけは聞いたことはある」
村で殺した兵士が月読がミリアと名乗った時にそう言ってた。
「言葉だけ?」
「内容は知らない」
「じゃあ、私が教えてあげるね」
そう言うとエナは得意げに話し始めた。
「むかしむかし、和国という素敵な国がありました。そこでは人間と亜人が手を取り合って平和に暮らしていました。しかし、覇国という人間の国の王様は亜人が嫌いだったので機人を作って亜人達を殺して回ったのです。
それに怒った和国の王様は機人を殺す機人を作りました。でも、その機人達は目を覚ますことがありませんでした。その為、和国は覇国に負けました。それから世界は人間と亜人が争うようになりました。終わらない戦争が始まり、多くの人が死にました。
でも、いつか和国の機人、三人の姫が目覚め覇王を打ち破り世界に平和にもたらすでしょう。
一人は太陽の姫、威利有、人を導き正しい統治を行う王の器。
一人は月の姫、美理愛、王を補佐し正しき道に導く宰相の器。
最後は星の姫、真吏阿、人を率い戦う意思を与える将軍の器。
三人の姫が目覚めた時、世界は千年の平和を得るでしょう」
一通り話し終えた後で、エナは桜をじっと見つめた。
「素敵なお話ね」
桜は何故自分が救世の三姫と言われたのか理解した。そして、この体がそうなんだと理解した。だが、桜自身は世界を救うとか戦争を終わらせるとか思っていなかった。ただ、楽しく生きたい。それだけが願いだった。
「私ね。お姉ちゃんがミリアって名乗った時、とても嬉しかったの。救世の三姫が目覚めて私を助けに来てくれたって思った」
エナはとても嬉しそうにそう言った。桜は気まずかった。自分はそれほどたいそうな人物ではないと思っていたからだ。十八歳で病死しただけの何も出来ない女子高生だった。
「私はそんな凄い存在じゃないよ」
「違うよ。凄い人だよ。だって私を助けてくれたんだもん」
「でも、他の人は助けられなかった」
「それでも、お姉ちゃんが来てくれなかったら私は死んでた。だから、お姉ちゃんが救世の三姫じゃなてくても、お姉ちゃんは私の救世主だよ」
「ありがとう。世界を救うのは荷が重いけど、エナを守るぐらいなら私でも出来ると思う」
「ありがとう。お姉ちゃん」
桜は返事をする代わりにエナの頭を撫でた。救世の三姫の一姫だと名乗れないから、ごまかす様に撫でた。
(緊急連絡、こちらに高速で接近する飛行物体があります。その数、四)
(いったい何?)
(敵性勢力の可能性九十九パーセント。戦闘準備を推奨します)
(月読。それは本当なの?)
(間違いないでしょう。村の襲撃者を撃退してすぐにこちらに向かって来る存在は彼らに村を襲わせた何者かが、我らを抹殺するために増援をよこしたと考えるべきです)
(間違いだったら?)
(間違いで良かったと思えばよろしいかと、最悪の事態に備えて準備をする事を推奨します)
(分かった。それでエナを守りたいけど何かいい案は?)
(補助機能の闇の精霊と土の精霊を使用する事を提言いたします)
(それで、お願い)
(畏まりました)
月読は桜の命を受けて、闇の精霊と土の精霊をエナに付けた。闇の精霊は光学迷彩とあらゆる電磁波からの隠蔽、あらゆる音波からの隠蔽を行う機能だった。土の精霊は断熱、衝撃吸収、完全防刃、完全防弾を行う機能だった。
補助機能は全て拳大の大きさの球体で、保護対象を決めると全身を覆う薄い膜となり、対象を保護するのだ。
これらを付与されたエナは誰にも見つからないし、あてずっぽうに攻撃されても大抵の攻撃は効かなくなる。
桜はエナを認識できなくなった。
(エナが消えたんだけど?)
(闇の精霊の機能で誰にも見つからない状態になっただけです。あなたに見えないという事は敵にも見えないという事です)
(それなら安心ね)
「エナ。怪しい奴らが近づいてきたからちょっと隠れてて、お姉ちゃんが何とかして来るから」
「うん。分かった。気を付けてね」
桜にはエナが認識できなかったが、安全が確保された事は認識した。
(月読。とりあえず交渉したいから、いきなり殺すのは無しよ)
(畏まりました)
桜は月読に釘を刺した。こう言っておかないといきなり相手を殺すのは目に見えていた。これ以上敵を増やしたくないと思っていた。誰かを殺せば報復される。だから話し合いで解決するのが一番いいと考えていた。
(月読。この体で空を飛ぶことは出来るの?)
(補助機能の風の精霊を使用すれば可能です)
(じゃあ、使い方を教えて)
(既に認識されているのでは?)
月読の言う通り、桜には感覚があった。それは背中に翼があるような感覚だった。桜はそれを動かした。
桜の背中に金属製の翼が四枚出現して、空を飛んだ。最初はゆっくりと、そして馬車から十分に離れると高速で飛行した。目的は接近する飛行物体四体だった。
桜はナビに従い飛行していくと、それらが見えた。飛行物体は美男子四人だった。ただし背中には桜同様に金属製の翼が生えていた。
桜が呼びかけようとしたその時、美男子の一人が速度を緩めることなく桜に突っ込んできた。そして、長剣を抜き放ち大上段に構えたまま無言で接近してきた。
桜は混乱した。何故、相手は話す事も無くこちらを殺そうとしているのか理解できなかった。
(緊急事態につきCPUのリミッターを解除します)
桜の体感時間が加速し時間が停止しする。
(月読、どうして相手は問答無用で私を殺そうとしているの?)
(虐殺というのは目撃者がいた場合、それを命じた側にとって目撃者が生存していること自体が脅威となります。ゆえに殺しに来ることは当然の事だと思います)
(なら、不本意だけど、あなたに任せるわ)
桜は月読に対処を任せた。戦闘訓練は依然として進んでいない。戦いは月読に任せるしかなかった。
(畏まりました。汎用戦闘駆動機体ミリア戦闘モードに移行します)
その言葉で、桜の外見が機械然とした直線的な外見に代わり、腕や足は鎧に見える様なデザインになった。髪は肩口までの長さとなり硬化した。
それに呼応するように敵の美男子達も機械的な外見になっていた。月読は魔法を使う為に空気中の魔力を吸い込んだ。漏れ出た魔力が光の翼となり、風の精霊の翼と合わせると六枚となった。その姿は熾天使の様だった。
(続けて、強化魔法を使用します。身体機能向上、空気抵抗減少、身体硬度上昇、衝撃吸収障壁展開)
桜は疑問に思った。
(攻撃魔法は使わないの?)
(今回の相手には、攻撃魔法を使うよりも身体能力を向上させた方が魔力の効率が良いのです。なぜなら相手は高速で飛んでいますので、中途半端な攻撃魔法では回避される可能性が高いのです)
(分かった)
桜は月読が合理性の塊だと知っていた。疑問を口にしたのは後学の為だった。強くなりたいと思った。月読に頼らずに自分でエナを守りたいと思ったからだ。
(敵性勢力の解析が完了しました。覇国の機人、熾天使、ミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエルと断定しました)
ミカエルは短く整えられた輝く金髪と金色の眼の美男子だった。服は純白のスーツを身にまとっていた。
ウリエルは燃え盛る炎の様な赤髪と髪と赤色の眼をした美男子だった。服は漆黒のスーツを身にまとっていた。
ラファエルは流れる水の様な長い青髪と青色の眼をした美男子だった。服は濃い青のスーツを身にまとっていた。
ガブリエルは渦巻く風の様な緑髪と緑色の眼をした美男子だった。服は濃い緑のスーツを身に着けていた。
長剣を構えたミカエルと月読は互いの武器が届く距離まで接近すると互いの武器で攻撃した。一瞬の交錯で数十合の切り合いが行われたが、お互いに無傷ですれ違う。
他の三人のうちウリエルは距離を取り上空から月読を弓で狙っている。ラファエルは少し離れた場所で待機していた。
ガブリエルは槍を正面に構えて月読に突っ込んで来た。
月読は突っ込んで来たガブリエルを大上段からの一撃で叩き落した。叩き落とされたガブリエルは地面に激突してクレータを作る。月読はそのクレータに向かって急降下した。止めをさすつもりで降下していたが、ウリエルが矢を放った。
その矢は弓から放たれた矢ではありえない速度で月読に迫った。その矢には魔法がかけられていた。月読はその矢を月光で撃ち落とした。そこへ横からミカエルが割り込んできた。
数度の打ち合いの末、月読はミカエルを蹴り上げた。しかし、その間にガブリエルは体勢を立て直し、ラファエルの元に向かった。足はあらぬ方向に曲がり負傷していた。月読はガブリエルに追撃をしようとしたが、ウリエルが矢で牽制してきた。
月読は構わず直進し、月光で矢を撃ち落とした。するとラファエルが長い杖を両手に構えて月読とガブリエルの間に割り込み数度打ち合う、その間にミカエルが体勢を立て直し、ラファエルと入れ替わった。
ラファエルはガブリエルと合流し、ガブリエルを魔法で癒した。
(敵性力の戦力、及び戦術の照合が完了しました。殲滅に移ります)
月読は、桜にそう宣言すると、まずは打ち合っているミカエルに対して、火の精霊を使用した。火の精霊は月読の攻撃に呼応して、ミカエルに超高温のレーザーを射出した。それは、ミカエルの六枚ある翼の半分を切り裂いた。
ミカエルはラファエルの元に向かった。月読はそれを見越してラファエルに向かう。途中でガブリエルが月読を止めようと動くが月読は一刀でガブリエルをいなして、ラファエルに向かった。
月読を止めようとウリエルが遠距離攻撃を敢行するが、その全てを月読は刀で捌いた。そして、ミカエルがラファエルに合流するよりも早く、ラファエルに肉薄し、居合切りを放った。
その一撃は、ラファエルが防御の為に構えた杖を両断し、ラファエルに傷を負わせた。しかし、致命傷には至らなかった。
そこで、ミカエルが割り込み、ラファエルとガブリエルが退却を開始した。そして、追撃しようとした月読の前にミカエルとウリエルが立ち塞がり時間を稼いだ。
二体を相手に突破できずに居るとラファエルとガブリエルが退却し、続いてミカエルが退却し、最後にウリエルが遠距離攻撃をしつつ退却していった。
(勝ったの?)
桜が月読に問いかけた。
(いえ、逃げられました。追撃すればウリエルは倒せると思われますが、追撃なさいますか?)
(いや、止めましょう。私は彼らと交渉がしたい)
(では、こちらから無線でその旨を伝えておきます。無駄だと思いますが……)
(最後の一言は余計よ。でも、お願い。できれば和解したい)
(畏まりました)
≪覇国の熾天使に告ぐ。こちらには交渉する用意がある。もし可能なら、平和な解決を望む≫
無線のオープンチャンネルで月読は呼びかけたが、それに対する返答は無かった。