69.月読の不安
和国の勝利は確定した。それなのに月読は不安だった。理由は、エナが目覚めないからだった。体は完全に治っているのにエナは目を覚まさなかった。月読にとってエナは妹であり弟子だった。
月読にとって初めてできた失いたくない大切な存在だった。エナが目覚めない事で月読は不安を抱えていた。このまま目覚めないのではないかという不安だった。そのせいで、月読は主体的に戦争に関わるアドバイスを行えなくなっていた。
桜の選択は間違っていないが、以前なら何かする前に提案できていた。それが、まったく出来なくなった。また、エナを通じて裏から指示を出していたのだが、そのルートも失われてしまった。
月読は、エナが自分にとって掛け替えのない存在だと自覚した。その瞬間、世界の時間が停止し月読の前に光が現れた。
「問おう。君が殺したのは誰だ?」
「何の価値も無い人間だと思っていた。だが、違った。僕が殺したのは、母にとって父にとって掛け替えのない人間だった。例え、身体に欠陥があったとしても、それでも母も父も僕を大切に思ってくれていた。なのに僕が殺した」
月読は泣いていた。月読は自殺した。月読は生まれた時、男でも女でも無かった。そういう先天的疾患だった。子供を作る事が出来ない体だった。
小学校の頃は良かった。男も女も境界が曖昧で、差別される事が無かった。だが、中学生になり高校生になり、男女の身体的特徴が現れ始めると、差別が始まった。男にも女にもなれない中途半端な体に、男でも女でも無い中途半端な性格が災いしイジメにあった。
そのせいで、月読は自分が無価値な人間だと思い込むようになった。母にも父にも相談できず。遺書を残して自殺した。死に際に願った事は、男でも女でも無い体でも差別されない世界で生きたいだった。
そして、光に神に会った。その時に与えられた課題は『君が殺した者は誰か?』と『桜を守れ』だった。
「それが答えだ。約束通り自由を与える」
月読が自由になるという事は、自分の行動を縛れる唯一の存在、桜が居なくなるという事を意味していた。だから、月読は質問した。
「桜はどうなる?」
「世界を分けて未来を別々に進める事が出来る。何も心配は要らない」
「エナはどうなる?」
「桜が居なくなれば、エナの存在は消える」
「なぜだ?」
「エナを助けたのは桜だからだ。君はエナを助けなかった」
神の言っている事は正しかった。月読はエナを助けようと思わなかった。何故なら、月読にとって命は大切なものではなかったからだ。
生きている間はただ苦しいだけで、辛い事ばかりだと思っていた。だから、死んだ方が幸せな人間も居ると本気で思っていた。だから、月読はエナを助けようと思わなかった。桜がエナを助けようとしたのだ。
「エナと一緒の未来が欲しい」
「ならば、桜を助けよ。その結果、君の願いは叶うだろう」
「分かった」
月読は、桜のサポートを全力で行う事にした。理由は簡単だった。神の言った事は全て現実となったからだ。




