65.悲しき再会
イリアはプラントEに移動した。そこには、変わらない光景があった。和人の希望の砦、お守り様のご神体が存在する村があった。
そこには、大勢の和人が押しかけていた。イリアはカイの家に一直線に向かった。そこに大好きな姉が居ると思っていた。
カイの家の扉を開けるとカイルが居た。
(カイルお兄ちゃん。桜お姉ちゃんはどこ?)
「私はイリア。救世の三姫ミリアに協力するために来た」
イリアは自分が思った事と別の事を言っていた。
「すまない。ミリアは今、覇国と和平交渉するために出かけている」
(カイル兄ちゃん。私、エナだよ)
「そうか、残念だ。戻るまで待たせてもらっても?」
イリアは自分で言いたいことを言えなかった。
「構わない。それにしてもミリアと同じ姿をしてるんだな。色は違うけど」
(そりゃそうだよ。お姉ちゃんと同じになりたいって思ったんだから)
「姉妹だから、似ているのは当たり前」
「そうか、救世の三姫は姉妹だもんな。来てくれてありがとう。歓迎するよ。きっとミリアも喜ぶ」
カイルはそう言って手を差し伸べた。
「私も嬉しい。和人の自由を取り戻す為に戦おう」
「君は、何故和人の為に戦うんだい?」
カイルは疑問に思った。イリアが何故和人の為に戦うと言っているのか分からなかった。桜は最初から戦うと言わなかった。和国の機人に宿る魂によっては戦いを選択しない可能性が高い事を知っていた。だから、不思議だった。何故、イリアはミリアの目的を知っていて協力しようとしているのか不思議に思った。まるで、予めそうだと知っているような態度だった。
(私のお姉ちゃんだから)
「救世の三姫の一姫だから、それじゃダメ?」
「俺の知っているミリアと違ったから質問しただけだ。君がそう言うのなら信じる」
イリアは、ここでもカイルからの信頼を感じていた。だから、マリアの態度が気に入らなかった。最初から人が嘘を言っているという態度が気に入らなかった。次に会った時は必ず殺そうと思った。その為に必要な物を手に入れる為に、ここに来たのだ。
「ありがとう。じゃあ、私にお守り様を下さい。覇国に勝つために、魔力を貯蔵しないと」
カイルは、少し警戒したが、目の前のイリアが桜に似ていたので信じる事にした。
「分かった、君にお守り様を渡す」
(ありがとう。お兄ちゃん)
「ありがとう、カイル」
イリアは言いたいことが言えなかった。でも、それで良いと思った。和人が勝つのなら何もいらないと思っていた。
「そうだ。君が救世の三姫の王の器だというのなら、見て欲しい人が居る」
「それは誰?」
「和人の英雄で、一週間目覚めない少女が居る。その子はミリアにとってとっても大切な存在なんだ。君なら目覚めさせることが出来るかもしれない」
イリアは直感で自分の事だと理解できてしまった。断ろうと思った。
(無理だと思う)
「分かった。見てみる」
だが、イリアの意思に反して承諾してしまった。それは神の呪いだった。イリアは二階に上がり、自分の体が置かれている部屋に入った。部屋の中ではレナが自分の体の横に座っていた。
「あら?桜ちゃんと似てるのね」
レナは何気なくイリアに聞いた。
(そりゃそうだよ。だって私はお姉ちゃんの妹だもの)
「救世の三姫の長女、イリア。だから似ている」
「それはすごいね。桜を助けてくれるのかい?」
「当たり前だよ。私はミリアの味方だもの」
「それは良かった。あんたはミリアが大事にしている、この子を目覚めさせることが出来る?」
イリアは答えられなかった。直感的に触れたら自分の魂が肉体に戻る事を知っていた。そして、それが神の狙いだと直感的に理解してしまった。だから、何も言えなかった。何か言えば神が自分に何を言わせるのか知っていた。それを言ったらイリアは自分の体に戻る事になる。そうなれば復讐が出来なくなる。だから、イリアは沈黙するしなかった。
「ごめんね。変なことを聞いたね」
レナは、イリアが桜とミリアが同一人物だと認識している事に気付いていた。それが、何を意味するのかまでは思いが及ばなかった。
「大丈夫。でも、和国が覇国に勝利するために私は来た。私は救世の三姫の長女イリア、
みんなを導くために来た」
イリアは、本気で勝利するつもりだった。その為の力も持っていた。その意気込みを聞いて、レナはイリアが敵ではない事を知った。
「桜が戻るまで待っていると良いよ」
レナは優しく微笑んだ。イリアは思わずレナを抱きしめた。
(ありがとう。もう一人のお母さん)
「お言葉に甘えます」
レナは何となく、イリアが自分を母親だと思っていると理解した。だから、ただ優しく抱きしめた。
「良いんだよ。ここをあなたの家だと思ってくつろいでね」
レナの言葉にイリアは涙した。
(ありがとう。お母さん)
「感謝します」
「いいんだよ」
レナはただ優しくイリアを抱きしめた。
桜は、和平交渉に失敗して家に戻って来た。玄関から入ると、そこにはイリアが居た。
(お姉ちゃん。エナだよ。助けに来たよ)
「私はイリア。救世の三姫ミリアに協力するために来た」
ここでもイリアは自分で思ったことを言えなかった。そして、それが悲しくて涙した。
「どうしたの?なんで泣いているの?」
イリアは自分で何も言えない事が分かった。神が言った通り、名を奪われて気が付いた。自分が本当に欲しかったものは既に手に入っていたのだ。だが、それを守る為にミカエルとルシフェルを倒さなければならないとも思っていた。
そうしない限り、この幸せを守れないと思っていた。だから、イリアは復讐を止めないことにした。
「なんでもない。ただ、嬉しかっただけ。私は覇国を打倒する。その為にこの体を手に入れた。そして、一緒に戦ってくれる仲間に会えた。それが、嬉しかっただけ」
「そっか、辛い目にあってたんだね。もう、大丈夫だよ。私は機人ミリア。一緒に覇国を倒しましょう。そして、和人の人権を取り戻しましょう」
イリアは衝撃を受けた。桜が自ら機人ミリアと名乗ったからだ。
「あなたの名は、桜じゃないの?」
「ああ、誰かから聞いたの?」
「レナが、あなたの事を桜だと言ってたから」
「そっか、私ね。お父さんに守られてたんだ。そのお父さんが和人の自由を取り戻す為に命を賭けて死んだ。だから、私はその意思を継いで戦うと決めたんだ。だから、伝説の機人ミリアになる事にしたの。だから、今はミリアと名乗ってるのよ」
桜は笑顔でそう言った。イリアはカイの死を知った。そして、涙した。イリアは本当の父親の記憶があまり無かった。本当の父はイリアが五歳の時に死んだ。その時は、死を理解できていなかったが、父親が帰ってこない事で何日か泣いた後で死を理解した。
今では父親の顔も思い出せない。覚えているのは大きな手と自分の頭を撫でてくれた事だけだった。
そんなイリアにとってカイは父親だった。何かすると褒めてくれて大きな手で撫でてくれた。それが、記憶の父親と重なって見えた。
そんな父の意思を桜が継ぐと言っている。カイの死は悲しかったが、桜の決意は嬉しかった。だから、イリアは嬉しくも悲しい涙を流した。
「あなた泣き虫ね」
そう言って、桜はイリアを抱きしめた。桜の無意識がそうするべきだと囁いた。
「そうだね。今日は嬉しい事と悲しい事でいっぱいだから」
桜は、何となくイリアに宿った魂が、和人の子供なんだと理解した。エナと同じような境遇の子が宿ったと思った。だから、優しく抱きしめた。それが、イリアを一層苦しめる事になるとは知らずに抱きしめた。
神は言っていた。復讐をする必要が無いと、そんな事をしなくても幸せになれると、その方法まで用意してイリアがエナに戻る事を促していた。
イリアはエナに戻りたかった。だが、復讐を完遂するために機人の体を手放す訳には行かなかった。だから、イリアは泣くことしか出来なかった。




