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救世の三姫  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)


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63.イリア対マリア

 イリアの思考は単純だった。敵か味方か、それしかなかった。特に相手が自分の脅威となり得る救世の三姫の一人ともなれば中立など許容出来なかった。

 だから、マリアが背を向けた時、殺す決断をした。

(天照、戦闘モード)

(分かった。汎用戦闘駆動機体イリア戦闘モードに移行する)

 天照の宣言と共に、全身が直線的なフォルムになり、髪も短くなった。その状態で背後からマリアに殴りかかった。

 その瞬間、マリアも直線的なフォルムになった。ただし、その姿はミカエルに酷似していた。そのまま、マリアは振り向くことなく右に移動してイリアの攻撃を躱した。

 そして、振り向きざまに右のフックを放った。イリアはそれを躱し、蹴りを放った。マリアはそれを屈んで躱して、そこから地を這うように足払いを放った。

(勝ちたいのなら武器を取りに行くことを推奨する)

 天照はイリアに助言した。

(場所は?)

(見えるようにした)

 天照の言葉通りにイリアの視界に武器の場所が表示される。

 イリアはマリアの足払いを飛んで躱して、部屋の外へ出た。そして、一直線に武器の保管庫に向かった。

 マリアもイリアの目的を察知し、武器の保管庫に向かった。二人はお互いにもつれるように突きを蹴りを体当たりを放ち、進路妨害しつつ武器の保管庫に到着した。

 二人は同時に部屋に飛び込むと、互いに蹴りを放ち、部屋の両端に吹っ飛んだ。それぞれ、陽光と草薙を求めて、壁を蹴って反転し刀掛けから武器を取りつつ、互いに激突する寸前で居合抜きを放った。

 甲高い金属音が鳴り響き、互いの一撃が交差する。イリアもマリアを操る素戔嗚もそこから連撃を放った。しかし、どちらも致命傷はおろか、互いの体に一撃も入れれなかった。実力は完璧に互角だった。

「お前、ミカエルか?」

 イリアは聞いた。

「私は、素戔嗚だ」

 素戔嗚は肯定しようとしたが出てきた言葉は違っていた。

「そういう君はエナだろう?」

「私は、イリアだ」

 エナも肯定しようとしたが、違う言葉が出て来た。

『神の呪いか』

 二人、同時に声を発した事で、二人は互いの正体を確信した。

『お前を殺す』

 二人は同時に答えて、研究所の外に向けて互いを攻撃しながら移動した。

(エナって何?あなたの知り合い?)

 マリアは素戔嗚に移動中に質問した。

(仇敵だ。あいつは何が何でも殺さねばならない)

(そなたにとってミカエルとはなんだ?)

 天照はイリアに聞いた。

(一度殺したはずの敵。化けて出たから私が殺さないと)

 イリアの言葉に天照は自分の夫の行動を思い出していた。イリアは一度殺した敵が出てきたら、もう一度殺すと言った。天照の夫、静夜は彼女が化けて出て来た時、殺されても良いと言った。天照の中に疑念が生じた。何故、静夜はそう言ったのか?

 天照が疑問を持った時、イリアとマリアは外に出た。吹きすさぶ砂嵐の中を風の精霊を使って飛び回り、互いに切り結ぶ。攻撃魔法が効かない事は互いに承知済み。ゆえに空中ですれ違いざまの一撃離脱で互いのミスを待つ。そんな戦いが一時間続いた。

 それでも、決着はつかなかった。そうして、どちらともなく戦う事を止めて、研究所の入り口に戻り対峙した。

「このまま戦っても意味が無い」

 イリアがマリアに対して言った。

「同意する」

 素戔嗚が答えた。

「私はお姉ちゃんの元に行く」

「私は覇国に向かう」

『次にあった時が、お前の最後だ』

 二人は同時にそう言い放った。

「私は服を選ぶ。邪魔しないで」

 イリアが言った。

「私も服を選ぶ。邪魔はしない」

 素戔嗚も同じ事を言った。

(そなたらは仲良しなのか?)

 二人のやり取りを聞いて天照がイリアに聞いた。天照にはイリアと同い年の子供が居た。自分の娘を見ているようで、天照はイリアと仲良くなりたくなった。だから、会話する事にした。

(違う。敵だ)

(そうか、人はそれをライバルという)

(そんな、生易しい関係じゃない。私はあいつを殺した)

(似た者同士なのだろう?戦士として互いに実力を認め合っていると思うが?)

(あいつの強さは認める。でもやっている事は最低だ。だから、私が殺す)

(まるで、親友のようだな)

(絶対に違う)

(どうして、そこまで憎んでいる?)

(あいつは、和人から全てを奪った)

(なぜ?)

(戦争に負けた)

(では、仕方ないではないか、弱さは罪だ)

 天照は冷酷だった。

(だから、私は強くなった。あいつらを殺す為に……)

 天照は、イリアの言葉に自分が何の因果で殺されたのかに思い至った。天照は搾取した国に殺されたのだ。

 そんな会話をしているうちに衣裳部屋についた。イリアは迷うことなく白い無地のワンピースを手に取った。それは、いつも着ていた服だからだ。

(そんな服で良いのか?)

 天照は不思議に思った。綺麗な服が多数あるのにイリアは無地の服を選んだからだ。しかも、どれが良いか悩むことなく。

(いつも、これを着ていた)

(他に綺麗な服がいっぱいあるだろう。それから自分に似合うものを探さないのか?)

(私はこれで良い)

(女の子はおしゃれをするものだ。分からないのなら妾が選ぼう)

(選ばないとダメ?)

(ダメ)

 天照は母親が子供を叱るように言った。イリアは天照にダメと言われて、不思議と不快に思わなかった。

(分かった、任せる)

(任せよ。それで、好きな花はあるか?)

(桜が良い。お姉ちゃんの名前と同じ花が良い)

(イリアのお姉ちゃんは桜というのか)

(そうだよ、とっても優しいお姉ちゃんなんだよ)

 イリアはとても嬉しそうに話した。天照は、それをうらやましいと思った。桜はイリアに愛されていた。

 天照がイリアの為に選んだのは着物だった。戦闘でも邪魔にならないように、袴を選んだ。

(これはどうだ?)

(とっても綺麗)

 イリアは感動していた。自分がこんなにも綺麗になると思っていなかった。まるでお姫様みたいだと思った。そして、イリアは涙していた。

(何故泣く?)

 天照はイリアの気持ちが分からなかった。

(私、こんな幸せで良いのかな?お父さんもお母さんもお爺ちゃんもお祖母ちゃんも、友達も知り合いもみんな死にたくなかったのに殺された。綺麗な服も美味しいご飯も食べる事無く殺された。その復讐をしないで幸せに生きて良いのかな?)

 天照は何も答えられなかった。天照は奪われる側になった事は無かった。だからイリアの罪悪感に対する答えを持たなかった。

(妾には何も言えない。だが、死んでいった者達はイリアに何か言い残さなかったか?)

(みんな、笑って生きろと言った。でも、私だけ幸せになって良いのかな?)

 その言葉を聞いても天照はイリアに幸せになれと言えなかった。数秒の沈黙の後、イリアは決断を下した。

(私は復讐を果たす。それをしないと死んでいった人たちに許されないと思う)

 これが、力を得たイリアが復讐を止めない理由だった。彼女には許しが必要だった。


 一方マリアはミカエルと会話していた。

(イリアがあなたの仇敵だという事は理解した。でも、あなたは自身が正義だと私に証明できる?)

(証明は簡単だ。私は覇国の為に戦ってきた。そこに私怨も私欲も無い)

(じゃあ、後で聞かせて、あなたが何をしてきたのかを)

(構わない。全て話そう)

 マリアは自分の服を選んだ。それは、自分の誇りだった。法の全権執行官の正装に似た服装だった。

 イリアは桜の柄の袴を着ていた。そのイリアにマリアは話しかけた。

「あなたは、何故和人の為に戦うの?」

 マリアは素戔嗚の言う事も完全には信じていなかった。だから、イリアの話も聞いてみようと思った。

「私は和人で、覇人に父と母と祖父と祖母と友達と知り合いの全てを殺されたから戦う」

「それを証明出来るのは、あなたの姉だけなのよね?」

「うん」

「もし、あなたの言っている事が全て真実なら、私はあなたの味方になっても良いと思う。でも、他に証言者が居ないのなら、私はあなたの言う事を信じるわけにはいかない。それは、法が寄って立つところ。第三者の証言が無い限り私はあなたの言っている事を信じることは出来ない」

「あなたはミカエルと違う考えなのは分かった。でも、私はあなたを味方だと思えない。あなたはミカエルと同じで心が無い」

「私に心が無い?」

「あなたは、私の言った事を信じていない」

「だって、客観的な証拠が無いもの」

「それが、心が無いって言ってるの。最初から嘘だと決めつけている」

「それが、法の定めている事実なんだから、しょうがないじゃない」

「証拠が無くても私の言った事を信じてくれた人たちが居る。その人たちはとても優しかった。私とお姉ちゃんを助けてくれた」

「その人たちは危険な存在ね。証拠も無いのに人を信じるなんてどうかしてるわ」

「私が何のために嘘を言ってると思うの?」

「そうね。覇国を打倒するための嘘かな?」

 マリアは本気でそう思っていた。国家の転覆を企む連中が自分の正当性を主張するための常套手段だと思った。

「そう思うのなら、味方にならなくても良い。ただし、私の前に立ちふさがるのなら容赦なく殺すから、それだけは覚えていて」

「分かったわ」

 マリアはイリアを信頼できなかった。敵対するものを容赦なく殺そうとする。そんな者がまともであると思えなかった。

 そうして、二人はそれぞれの場所に飛び立った。


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