56.部隊戦
覇国は敗北しつつあった。熾天使のミカエルは討たれ、他の熾天使は損傷を受けて撤退していた。智天使は魔力を使い果たし、座天使は全滅していた。
それでも、ドミーは勝利を目指していた。失った戦力に見合うだけの成果を求めた。それは勝利だった。機人ミリアから手足と武器を奪い。敵のエースと目されるエナは戦闘不能状態になっていた。そして、残った和人達には時間制限があった。
魔力切れを待てば勝てる。ドミーは確信していた。そんな時に和国の陣から単騎で空を駆けて来るものが居た。それは、ホルスだった。ドミーはホルスの進路が機人ミリアの手足を運んでいる天使に向かっている事を確認した。
≪緊急報告!天使十番を亜国の鷹人ホルスが追っている。天使十番の護衛を要請する≫
≪こちら主天使一番、天使十番の護衛を行う。大天使二十と天使二十を連れて行く。それ以外の第一軍団の指揮権を主天使十番に委譲する≫
≪了解した。ホルスは討ち取る必要は無い。遅滞戦闘をお願いする≫
≪こちらも了解した。主戦場での勝利報告を待っている≫
主天使十番のドミーも主天使一番も共通の認識を持っていた。魔力が切れれば勝利だと。
覇国の軍勢は和国を半包囲した状態で攻撃を開始した。砲弾と銃弾の雨が和国の要塞に間断なく降り注いだ。
要塞を展開しているのはカナタだった。その魔力はご神体本体から供給されていた。巨大な建造物を維持するには莫大な魔力が必要だった。ご神体本体に貯めこまれた魔力は、要塞を三時間維持する事が出来る。
必然的に三時間で決着を着けなければ和国の敗北が決まってしまう。戦闘開始から二十分が経過していた。時間は十分にあった。熾天使と座天使を失った覇国軍を撤退させる為にひと押しするだけだとカイは思っていた。
「お義父さん。不味いことが、敵の攻撃が強化されています」
「どういうことだ?」
「敵の攻撃に魔法攻撃が混じっていて要塞を削られています。このままでは三十分後にはご神体の魔力を使い果たします」
「そいつは不味いな、早急に敵を討たないといけない。カイル。すまないが俺は座天使を倒す為にお守り様を殆ど使ってしまった。前線での指揮を頼んでも良いか?」
「分かりました。部隊を率いて突撃してきます。それと、先ほどはすみません。エナの命が掛かっていたのに座天使を仕留めきれませんでした」
「結果オーライだ。俺への謝罪は良いから、亜国の方々に後で礼を言えばいい。それにお守り様の消費を抑えた事で、お前が前線で指揮を取れる」
カイはカイルに優しく言った。
「ヴリトラ殿、アルテミス殿、感謝します」
カイルは二人に礼を述べた。
「構わない。俺を負かし熾天使に勝ったエナを座天使如きに討ち取らせるわけにはいかないからな。俺がエナを助けたかった」
ヴリトラは真面目に答えた。彼は武人だった。
「エナを守るのは当然の義務よ。だって、あの子が最強なんだから不意打ちで討たれるなんて許されない」
アルテミスは真剣にそう思っていた。エナが熾天使ミカエルを討った時から、エナは英雄となったのだ。亜人の誰も勝てなかった熾天使に勝利したのだ。
「それでも、感謝します。俺にとってエナはかけがえのない妹ですから、もし良ければヴリトラ殿は俺と一緒戦ってくれませんか?」
「ああ、もちろんそのつもりだ」
ヴリトラは力強く言った。
「ありがとうございます。アルテミス殿は後方から援護射撃をお願いしても良いですか?」
「ええ、構わないわ」
アルテミスはこともなげに答えた。
「ありがとうございます」
「私も前線で戦う」
桜は志願した。みんなが戦うのなら自分も戦いたかった。
「桜、行くのは構わないが、捕まらないようにだけ注意してくれ。なんせ手足が無いんだ」
カイは心配そうに言った。
「大丈夫だよ。父さん。補助機能を使えば私を捉えられる機人なんて居ないんだから」
桜の言葉には力があった。それは覚悟を決めた人間の言葉だった。その言葉を聞いてカイは月読が言った勝利の条件が全て揃った事を確認した。
「分かっている。だが、油断はするなよ」
「うん」
カイルと三人は前線に移動した。
前線に着くとカイル達はゲンに会った。
「ゲンさん。攻撃の隙を見て突撃します。それに合わせて援護をお願いしても?」
カイルがゲンに聞いた。
「任せとけ!いよいよ決着の時ってわけか」
「ええ、これで戦争は終わりです」
カイルは自軍の勝利を信じていた。
「私も一緒に出ます」
「桜ちゃん。無理しなくていいだぜ?」
「ゲンさん。ありがとう。でも、私も覚悟を決めたから」
そう言った桜の顔を見て、ゲンは勝利を確信した。
「分かった。桜ちゃんが自分で決めたんならそれでいい」
カイルは、前線の戦士達に声をかける。
「これから、覇国の軍に突撃を行う。目標は、後方に布陣している権天使達だ。中央突破して、敵を殲滅して戻る。俺についてきてくれ」
『応!』
戦士達は威勢よく返事をした。カイルについて行くのはいずれも武術の心得のある者達だった。武術の心得があるものが敵陣に突撃し、武術の心得が無いものは銃を手に要塞からの援護射撃を行う。そういう役割分担だった。
カイルは敵の攻撃の間隙をついて突撃命令を出した。
「突撃!」
魔法で身体能力を強化した戦士達五百人が一斉に要塞から飛び出した。それに合わせて敵陣の前面に魔法で強化された銃弾が撃ち込まれた。しかし、距離が遠いため前線を崩すには至らなかった。
≪迎撃せよ≫
ドミーは飛び出してきた部隊に対して迎撃命令を出した。前線に配置されている能天使達がガトリングガンでカイル達を攻撃した。
「散開!」
カイルの掛け声で部隊は散開し、各々が銃弾を躱しつつ能天使の作る壁に向かっていった。
桜は地面からは二メートルの高さを飛んでいた。位置はカイルの少し後方だった。桜は火の精霊を操り敵の前線を薙ぎ払うように高出力レーザーを放った。光の線は敵陣に届かなかった。覇国は魔法でレーザー対策を行っていた。光を反射する極小の粒子を漂わせていた。レーザーは乱反射し霧散し効果を失ってしまった。
「ごめん。カイル。戦力になりそうにない」
桜は謝った。
「いや、大丈夫だよ。桜のお陰で敵の魔力が減っている。それだけで十分だ」
カイルは桜を慰めた。でも、桜は何か役に立ちたかった。
(ねぇ、月読。何とかならない?)
(火の精霊、闇の精霊、光の精霊を鈍器として使えば武器になります)
(どういう事?)
(精霊は神の白金で出来ています。形状は拳大の球形です。そのまま高速でぶつければ鋼鉄で出来た機人と言えどひとたまりもないでしょう)
(なるほど、その発想は無かった)
桜は早速実践した。精霊達を自分の前面に配置して敵陣に向けて高速で飛ばした。風の精霊の様に音速で動くことは出来ないが、時速二百キロ程度の速度は出せた。
精霊達は敵陣に飛び込んだ。そして、ぶつかった能天使達は吹っ飛んだ。覇国の前線の壁に隙が生じた。そこへ和国の銃弾が集中し穴を広げる。和国の戦士達はその穴に殺到し、手あたり次第、能天使を破壊する。
ドミーは桜を封じる手段を考えたが答えは無かった。神の白金製の精霊達を破壊する手段が失われていた。神の白金を装備していた熾天使ミカエルはエナに討たれ、他の熾天使は負傷により撤退し、座天使は全滅していた。
ミカエルと座天使の武器は戦場に残っているが、和国の攻撃を躱しつつ回収できる機人が居なかった。和国の魔法で強化された銃撃は容易く機人達を破壊するからだ。
≪困っているようだな≫
そんなドミーにルシフェルが通信で話しかける。
≪先程の機人か?≫
≪そうだ≫
≪もしかして、ルシフェル様?≫
≪まだ、その名で呼んでくれるのか。本国ではサタンとされているはずだが……≫
≪それは、あなた様を信じられなかった科学者達が勝手に付けた名前です。我ら機人にとってあなたは光をもたらす者様です≫
≪ありがとう。では、ルシフェルとして機人ミリアを無力化させよう≫
≪感謝します≫
ルシフェルは、回収していたミカエルの武器を持って、桜の側面に移動し奇襲をかけた。
桜は精霊達を使って、機人達を薙ぎ払っていた。そこへルシフェルが横から現われ、裁きの剣を一薙ぎし精霊達を破壊した。
(CPUのリミットを解除します)
月読がそう宣言し、桜は時間が止まったように感じた。
(すみません桜、光の精霊は残しておくべきでした。戦場を俯瞰していれば、ルシフェルの接近を感知できたのに……)
月読は謝った。光の精霊は攻撃に参加させるべきではなかった。勝利を焦るあまり、月読は判断を誤った。
(大丈夫よ。それよりルシフェルをどうにかしないと)
(無理です。もう武器がありません。魔法を使えば攻撃は出来ますがお守り様がありません。撤退するしかありません。急いでカイの元へ戻ってください。そして、僕に主導権を渡してください)
(分かった)
桜は悔しかった。最初から覚悟を決めてみんなと戦っていれば勝てたかもしれない。カイもカイルも他の戦士達もみんな強かった。彼らは機人相手に優勢を保って戦っていた。
「ごめん。みんな、私撤退する」
桜は、そう宣言してルシフェルから逃げようとした。
「逃しませんよ!」
ルシフェルは桜を間合いに捕らえていた。裁きの剣を一閃させる。その攻撃は桜を確実に捕らえていたが、桜の隣にはカイルが居た。カイルはルシフェルの一撃をムラマサで受け流した。
「行け!桜、こいつは俺が止める!」
「ありがとう。カイル」
桜はカイルに礼を言って退却した。
「人間にしてはやるようだな」
「桜は俺が守る!」
「やれるものならやってみろ!熾天使の神髄を教えてやる!」
そこへヴリトラも加わる。
「カイ!一緒にやるぞ!」
「応!皇流刀術、水流の型、奥義、千変万化」
カイルはルシフェルの右側から気合と共に技を放った。
「無限闘舞!」
ヴリトラはルシフェルの左側から最強の技を放った。ルシフェルはカイルとヴリトラの攻撃を全て受け流し、そしてムラマサを裁きの剣で両断し、ヴリトラはアンサラーで攻撃を防いだが吹き飛ばされた。
「それが、人間と亜人の限界だ」
カイルとヴリトラは決して弱くなかった。座天使には勝てたのだ。だが、ルシフェルの強さは尋常ではなかった。
「死んでもらう」
ルシフェルはカイルを殺すつもりで一撃を放ったが、その一撃を受けたのは和国の戦士の一人だった。ルシフェルの剣を右肩に受け、その剣を両手で挟み込んで止めていた。その戦士は四十代で、息子を覇人に殺されたと言っていた。カイルを息子と重ねていた。
「カイル、退け……」
血を吐きつつ掠れた声でそう言った。
「すみません。ダリルさん」
カイルは、男の名前を知っていた。訓練でよく手合わせしていたからだ。そして、カイルは逃げた。ルシフェルの強さを知ったからだ。自分では何をしても敵わない相手だと理解した。
「総員!撤退!」
カイルは命令を出した。五百人の戦士は撤退を開始した。
「逃げ切れると思っているのか、なめられたものだな」
ルシフェルはそう言うと剣に力を込めてダリルを両断した。そして、カイル達を追って追撃を行った。殿の戦士達はルシフェルに反撃を試みたが、全て失敗に終わり命を落としていった。
戦士達は弱くない。魔法で極限まで強化していた。だが、熾天使の強さに届かなかった。みなルシフェルの攻撃を見切れなかった。熾天使クラスの攻撃を見切れるものは和国の人間の中では二人だけだった。一人はエナ、もう一人はカイだった。
カイは前線で突撃を開始したカイル達が敵の前衛を突破すると信じていた。しかし、カイル達は敵陣を突破できずに撤退してきた。しかも、追撃を受け倒されていた。和国の戦士達は決して弱くない。残っている天使達に負ける要素は無かった。だが、予想外の事が起こっているようだった。
先に桜が帰って来た。そして、カイの元に駆け付けた。
「カイさん。ルシフェルを止めてください」
月読はカイにそう告げた。それだけでカイは全てを理解した。ルシフェルという熾天使が居る事を事前に聞かされていた。そいつが黒幕だという事も知っていた。
「分かった。ぶちのめして来る」
そう言うとカイはカイルの元へ急いだ。カイルはカイがこちらに向かっているのを見て、自分の持っているお守り様を一個カイに投げた。
「使って父さん」
すれ違いざまにカイはお守り様を受け取り、戦士達を虐殺しているルシフェルの前に立ちはだかった。そして、身体強化と知覚の強化を行い。歌った。
「全て打て!全て討て!打たれたものに終焉を!この世で最も硬き拳よ!我が両手に現れよ!金剛拳!」




