55.エナの帰還
カイは、その瞬間を円陣の最前線でゲンと共に目撃していた。
「おいっ、カイ。今のは俺の見間違いだよな」
「いや、たぶん事実だ」
ミカエルと一騎打ちを行い。ミカエルの首を取ったエナの心臓を何者かが打ち抜いた。
「いや~~~~、エナ~~~~~」
それは、桜の叫び声だった。
「カイ、ここは俺に任せて行ってやれ!」
「ああ、覇国が攻めて来たら迎撃してくれ」
「任せとけ!」
カイは身体強化の魔法を使って桜の居るお守り様のご神体の元に一歩で移動した。そこには取り乱している桜とそれをなだめるレミとカナタが居た。そして、カイルも持ち場から戻ってきた。
「桜、落ち着け」
カイはそう言って桜の肩に手を置いた。
「でも、エナがエナが~~」
「先生、エナは?」
(大丈夫です。バイタルは正常値を示しています。水の精霊が瞬時に回復してくれたから死んではいません。桜、落ち着いて)
「本当に大丈夫なの?だって、心臓を……」
(水の精霊が、その心臓の代わりをしています。エナを助ける為にカイに状況を説明したいので主導権を渡してください)
(分かった。エナは必ず助けて)
(必ず)
「カイさん。エナは無事です。ですが、土の精霊が破壊されました。このままではエナが殺されてしまいます。急いで保護してくれませんか?」
カイが返事をする前に、カイルは無言で魔法を使ってエナの元に飛んで行った。
「カイル!先生俺も行く!」
カイもエナの元に飛んだ。ゲンはカイルとカイがエナの元へ向かったのを見て事態を把握し、自分が何をするべきか悟った。
「おい!野郎ども!カイルとカイを援護しろ!エナを助けるぞ!」
『応!』
エナは覇国軍と和国軍の中央付近で戦っていた。ミカエルは命を失ったことにより、エナを残して落ちていた。エナは風の精霊により和国軍に向かって移動していた。ただし、土の精霊が失われた事とエナが気絶している事、そして水の精霊が心臓の代わりを行っているせいで、高速機動が出来ない状態だった。だから、ゆっくりと移動していた。
カイルとカイがエナを助ける為に動いていたころ、覇国軍は混乱していた。ミカエルが熾天使の最強が打ち取られた。その衝撃の光景に主天使達は思考停止していた。
≪何をしている。ミカエルの死を無駄にする気か?エナに確実に止めを刺せ≫
それはルシフェルからのオープンチャンネル無線での指示だった。
≪何者か知らないが感謝する≫
その声に反応したのは主天使十番のドミーだった。絶望的な状況からの生還が彼を強くした。どんな状況でも諦めなければ勝機があると彼は信じていた。
≪座天使に要請。エナの死を確実なものに≫
≪≪了解した≫≫
座天使は熾天使と同じく主天使の部隊に所属していなかった。それぞれ独自の判断と行動が出来る遊撃部隊だった。だから、ドミーは要請を行った。
≪第十部隊各機、座天使を援護せよ。必要と判断するのなら敵陣への攻撃並びに戦闘領域への侵入を許可する≫
≪≪了解≫≫
続いて自分が管轄する部隊への指示を行った。
≪主天使一番から九番へ当部隊との共闘を要請する≫
≪≪主天使十番へ貴官の判断は正しい、我も共闘する≫≫
主天使一番から九番も主天使十番の判断を受け入れた。
カイルがエナの隣にたどり着いた時、座天使九体がエナを殺す為に殺到してきた。それと同時に地上部隊からの一斉攻撃が始まった。それは能天使の百二十ミリ砲による砲撃だった。
カイルは鉄の盾を二重に展開し、エナを砲撃から守った。しかし、それを見越していたドミーはエナよりも高度を上げていた。そして、上空からスナイパーライフルでエナの頭に弾丸を撃ち込んだ。しかし、その弾丸は火の精霊が高出力レーザーで焼き消した。
ドミーは通常の攻撃が防がれる事を確認すると、今度は弾丸に魔法を付与して撃ち込んだ。火の精霊は再度、弾丸を焼き消そうとしたが弾丸には光を反射する魔法がかけられていた。ゆえに、弾丸を防ぐことが出来なかった。
しかし、最初の一撃を失敗したせいでカイがエナの援護に間に合った。カイは飛んで来た弾丸を素手でつかみ取った。それは、身体強化魔法と知覚強化魔法の合わせ技だった。
カイルとカイがエナを守りつつ後退していった。そこへ座天使九体が殺到してきた。二対九の圧倒的不利な戦いが開始されようとしていたが、座天使の先頭に銃弾が撃ち込まれた。それは、ゲンの放った弾丸だった。魔法で強化されたそれは座天使の頭を正確に打ち抜いていた。
ゲンの銃撃の後で、和国の陣から無数の銃弾が座天使とエナの間に壁を作った。しかし、それは続かなかった。覇国の軍勢が前進して和国の要塞に向けて一斉砲撃を行ったからだ。榴弾による爆炎で視界が遮られ攻撃が出来なくなった。
攻撃が止んだことで、座天使はエナを追った。そこへカイルとカイが立ちふさがる。
「カイル!何体仕留められる?」
「四体やるしかないでしょう?」
「しくじったらエナが死ぬ。分かってるな?」
「ええ、しくじりませんよ」
そう言って、カイルとカイはお守り様の魔力を使って身体強化を行った。
「全て切れ!全て斬れ!斬られたものに終焉を!全てを削り流す刃よ宿れ!流刃」
「全て打て!全て討て!打たれたものに終焉を!この世で最も硬き拳よ!我が両手に現れよ!金剛拳!」
カイルは武器を強化し、カイは武器を出現させた。そして、死闘が始まった。一体四の圧倒的不利な戦いでカイルとカイは先手をうった。守りに入ってもエナを守れないことを知っていた。
カイは、即座にお守り様を四つ使う事を決断した。
「皇流拳闘術奥義!玄武!」
そう言って、カイは体当たりを放った。それは中国拳法のテツザンコウに似ていた。技に入るとカイの前面に半円球のダイヤモンドの壁が出現した。それは亀の甲羅を模していた。一瞬で間合いを詰めて座天使一体に壁が激突する。座天使は粉みじんに吹き飛んだ。
「青龍!」
カイは連続して奥義を放った。それは竜を模した拳を天に突き上げる攻撃だった。その一撃は水の竜巻を発生させ座天使を引き裂いた。
「朱雀!」
それは鳥を模した下降する飛び蹴りだった。その一撃は炎を纏い座天使を熔解させた。
「白虎!」
それは虎を模した諸手突きだった。その一撃は真空の刃を纏い座天使を切り裂いた。カイは座天使四体を宣言通りに破壊した。ただし、お守り様の残数は一個だけになった。
一方カイルはお守り様を一個使って奥義を出していた。
「皇流刀術、水流の型、奥義、千変万化」
流れる様な連撃で、最初の一体を倒した。しかし、カイルはカイの様に一撃必殺が出来なかった。一体を倒している間に、三体の座天使がエナに迫っていた。
その座天使の一体の頭に矢が刺さった。それはアルテミスの持つ神の白金で作られた弓『ガーンデーヴァ』から放たれた矢だった。
次いで座天使一体に槍が突き刺さった。それはホルスが持つ神の白金製の槍『グングニル』だった。グングニルは敵を貫くとホルスの元へ戻っていった。
最後の一体は大剣に両断されていた。それはヴリトラが持つ大剣神の白金製の大剣『アンサラー』だった。アンサラーも敵を両断するとヴリトラの元へ戻っていった。
亜人達はそれぞれの持ち場からカイルとカイが飛び出したのを見ていた。そして、援護が必要だと各自に判断して援護を行っていた。
主天使達は困惑していた。座天使がいともたやすく倒されたからだ。
≪どうしたら良い?このままでは全滅だぞ≫
≪待て、最初からこの戦いは相手の魔力が尽きるまで遅滞戦闘を行うのが目的だ。エナを殺すという目的はあるが、それは最終的に達成されていれば良いはずだ。エナの追撃はいったん諦めて最初の戦術に戻ろう≫
そう提案したのはドミーだった。
≪≪その提案を受け入れる≫≫
他の主天使達はドミーの言葉を受け入れた。ルシフェルは、自分の武器とミカエルの武器を回収していた。その間に座天使が全て倒された事に衝撃を受けていたが、ドミーが冷静な判断を下しているのを見て安心していた。
これなら、余計な口出しをせずとも和国軍を殲滅できると思った。だから、前線には出ずに後方に下がった。
≪それと和国に亜人が居る。四天王の三人だと思われる≫
四天王の存在に気が付いたのもドミーだった。
≪同盟を結んでいるのか?≫
他の主天使が質問した。
≪その可能性は高いが、本格的な協力体制は無さそうだ。亜人がほとんど見当たらない≫
ドミーは推測で答えた。
≪どちらにせよやる事は一緒か≫
≪ああ、遅滞戦闘を行い。和国の魔力切れを待って殲滅する≫
ドミーは自分たちの勝利を信じていた。
≪機人ミリアの手足と武器は戦場から遠ざけておくべきか?≫
その質問を行ったのは天使十三番だった。
≪その方が良いだろう。戦力として復活されると我らが負ける。全速力で戦闘領域から離脱してくれ≫
ドミーが答えた。
≪了解。離脱する≫
天使十番は単独で戦場から離脱を始めた。
和国の本陣にエナは帰還した。そこには桜、カイル、カイ、レミ、カナタ、ゲン、アルテミス、ホルス、ヴリトラが集まっていた。エナは風の精霊に連れられて桜に抱き着くような姿勢で降ろされた。
「お帰り、エナ。頑張ったね。もう休んで、後は私がやるから」
桜はそう言うとエナを地面に寝かせた。そして、水の精霊以外の補助機能を自らの意思で支配下に置いた。
「私もみんなと一緒に戦う」
そう言った桜は戦士を顔をしていた。
「手足を取り戻すのが先ではないか?」
カイが意見を言った。桜は首を横に振って否定した。
「みんなを死なせたくない。私には火の精霊がある。きっと役に立てるから」
「先生の意見は?」
(桜、手足と武器の奪還はホルスさんにお願いしてください)
「手足の奪還はホルスさんにお願いしたいって」
「おう!俺に任せてくれ!で?どこへ行けばいいんだ?」
ホルスは軽い調子で答えた。それに対して一同は一斉に不安な顔になった。
(桜の手足と武器を持った天使は北西に移動しているので、高高度から追跡すればすぐに分かると伝えてください)
「敵は天使で北西に移動しているから、高い所から見れば分かるって」
「オッケー。桜ちゃん。俺が手足を必ず持って帰るから大船に乗ったつもりでいてね」
言われた桜は不安しかなかったが、ホルスの実力は知っていた。
「分かった。期待して待ってるね。ホルスちゃん」
「おう。行ってくるぜ~」
ホルスが飛び立ってからアルテミスが言った。
「なんでこう。不安にさせる様な話し方しかできないのよ、あのバカは」
その一言でみな爆笑した。
「アルテミス殿、そこまで責めなくても良いのでは?あれでまだ十二歳だと聞いている」
カイがホルスをフォローした。
「それでも、あのバカは、うちの空戦のエースなのよ。もうちょっと威厳とかほしいじゃない。じゃないと亜国がなめられる」
「言動はあれだが、実力を見てなめるやつは居ない」
カイはホルスを信頼していた。
「まあ、実力は確かなんだけどね」
アルテミスもホルスを信頼していた。
「さて、俺達はここで、残りの覇国の軍勢を撤退させるまで戦うしかないんだが、作戦はプランAで問題ないかな?先生」
カイが桜を見て月読に質問した。
(問題ないと伝えてください)
「問題ないって言ってる」
「よし!では、ここからが正念場だ。熾天使も座天使も居ない。残りの天使達なら十分やれる。気合い入れていくぞ~!」
カイの大音声は戦場に響いた。
『応!』
和人達はその声に応えた。




