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救世の三姫  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)


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50.悲劇の始まり

 七月十日。この日、桜が起きた時、いつも寝ているエナが居なかった。桜はいつもの白い農作業の服を着て外に出たと思ったが、着ていたのは研究所から持って来た黒い服だった。

 一瞬、戻って着替えようかと思ったが、桜はそのままエナを探しに行った。しかし、村の様子が異常だった。いつもなら朝ごはんの準備をしている時間なのだが、どの家からも炊飯の煙が上がっていなかった。

 桜は不安になりながらもエナを探して村を歩いていると、目の前にエナが降り立った。エナは黒装束で現れた。風の精霊を背に付けていた。腰にはお守り様を十個ぶら下げていた。

「エナ、何があったの?」

「お姉ちゃん。覚悟を決めて、覇国が大軍で攻めて来た。私たちは戦う。お姉ちゃんはどうする?」

 そう言ってきたエナの目は冗談を言っているようには見えなかった。

「私は……」

 桜が迷っているとエナは突き放したように言った。

「戦う気が無いのなら逃げて、私はお父さんたちと一緒に戦って死ぬ」

「駄目よ!」

「駄目じゃない。私は怒っているの。お姉ちゃんをじゃないよ。私の家族を殺した存在を許せないの。だから、戦うの。でも、お姉ちゃんは優しいから戦えないのも知ってる。だから、逃げて良いよ」

 エナは諭すように桜に言った。桜は、決断できなかった。だが、やるべきことを知っていた。

(月読。あなたに全て任せて良い?みんなを助けてくれる?)

(畏まりました。僕に任せてください)

 桜は、体の支配権を月読に預けた。

「エナ、僕が分かるかい」

「分かるよ。月読お兄ちゃん」

「桜は戦えないけど、代わりに僕が戦う」

「分かった。これ、お兄ちゃんの分だよ」

 そう言って、エナは月読にお守り様を五個渡した。

「ありがとう。エナ。では、みんなの所に行こう」


 その場所は、お守り様のご神体が置かれている森の中だった。その森に、村人二千人がご神体を中心に布陣していた。

 ご神体の周りには、カイ、カイル、レミ、カナタ、ゲン、アルテミス、ヴリトラ、ホルスが居た。

 月読とエナがその場に着くと、カイが話し始めた。

「桜か?」

「いえ、月読です」

「おお、先生か、じゃあ桜は覚悟を決めたのか?」

 その問いに月読は首を振った。

「大丈夫なのか?」

「大丈夫でしょう」

 月読は詳しく話す事はしなかった。なぜなら、桜の答えは戦うではなく、任せるだったからだ。何があっても逃げないという意思は感じられなかった。だが、それで良かった。月読が望む局面まで、この体の支配権を貰えれば結果が変わる事は無いからだ。

「では、作戦会議を始めます」

 月読は、そう宣言して、作戦の概要を話し始めた。

「まずは、熾天使を全滅させます。取り逃がしても良いですが、ミカエルだけは確実に倒します。倒す時は、ミカエルと戦っている者以外は、遅滞戦闘に努め、被害を最小限に留めてください」

 月読は、詳しい情報を言わなかった。なぜなら、作戦の本当の姿を桜に伝えたくなかったからだ。本当の姿を知った時、桜がどう動くか予想できなかったからだ。他のメンバーは作戦の本当の姿を知っている。それは、エナから伝えられているからだ。だから、これは桜に対する偽装だった。桜が納得できる作戦概要を話すだけで良かった。

「また、亜国の三人は、重要な局面までは戦闘に参加しないで頂きたい。予備戦力として待機していて欲しい」

「分かった」

 返事をしたのはアルテミスだった。

「戦闘開始時刻は昼の十二時を予定しているので、食事は戦闘開始前までに済ませるようにしてください」

「ああ、分かった」

 今度はカイが返事をした。

「作戦は以上になりますが、何か質問は?」

 誰も声を上げなかった。

「では、開戦に備えて準備を」

『おう!』

 こうして、各々持ち場に散っていった。


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