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救世の三姫  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)


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42.アルテミスと桜と月読

 金色の長髪をたなびかせて、アルテミスは農作業をしている桜に近づいていった。カイから作戦概要の説明を受けて桜の正体を知った。だからこそ、アルテミスは桜を見に来た。

 桜は農作業の真っ最中だった。その姿は機人でありながら人間の少女の様だった。黒目黒髪長髪の戦闘とは無縁に見える和人の美少女。そんな桜を憎々しげにアルテミスは見た。

「あの、何か?」

 アルテミスの視線に痛みを感じた桜は、面と向かってアルテミスに聞いた。アルテミスは真っすぐに桜の目を見て言い放った。

「八つ当たりよ。気にしないで」

「あの~。とっても困るんですけど」

「ごめんね。あなたは悪くないんだけど、色々と思う事があるのよ」

「えっと、睨むの止めて貰っても良いですか?」

 アルテミスは、自分のイライラの原因が何なのか考えてみた。そして、一つの結論をだした。

「分かった。あなたに言いたいことがあるの。たぶん、あなたは何のことか分からないだろうけど、それを言わせて」

「それを言ったら睨むの止めてくれるのなら聞きます」

「分かったわ。では、言わせてもらうわね。遅いのよ!このポンコツ!」

 アルテミスは、心の中のモヤモヤが晴れていくのを実感した。

「ええ~。本当に意味不明なんですけど~」

 桜は何を言われたのか本当に分からなかった。

「気にしないで」

 そう言ってアルテミスは睨むのを止めることができた。

「うん。そうする」

「ところで、あなた何で農作業しているの?」

「え?仕事だから」

「機人が農作業なんて聞いたことないわ」

「いや~。みんな働いてるし私も働かないとと思って」

「あなたは魔法の授業と戦闘訓練で村に貢献していると思うのだけど」

「ああ、それは月読がやってる事だから、私は私で何かしたくて」

「ふ~ん。殊勝な心がけね」

「働かざる者食うべからずという諺がありまして」

「いや、あなた食わなくても生きていけるんだから働かなくても良いんじゃないの?」

「私はそうだけどエナは違うから、保護者の私が働かないと」

「まるで家族の様に言うのね」

 アルテミスは驚いた表情でそう言った。

「家族ですよ。私の大切な妹です」

 そう言って桜は微笑んだ。

「なら大事になさい」

 アルテミスはエナがどのような立場に置かれているか知っていた。カイの説明では死なないと言われていたが、もっとも危険な事を任されていた。それは、他の誰も代わる事が出来ない事だった。

「大事にしてますよ」

 桜は優しい眼差しで答えた。その姿にアルテミスは胸を痛めた。もしエナが死んだ時、桜がどれほど傷つくのか知ってしまったからだ。

「どうして、そんなに悲しい顔をするの?」

「ごめん。気にしないで」

 アルテミスは桜から逃げるように離れた。なぜなら、桜に何かを伝える事は禁止されていたからだ。その時が来るまで桜には何も話してはいけない。もし、話せば桜はエナを連れて村から逃げる。

 その理由もアルテミスは理解した。桜は戦うには優しすぎた。そこまで理解しながらアルテミスは桜に『逃げろ』と言えなかった。なぜなら、アルテミス自身も覇国の支配体制を終わらせたいと思っていたからだ。

 親友が引きこもりになってしまった原因を作った国が、いまだに世界を支配しているのが許せなかった。


 亜人が増えても夜の魔法の授業は続けられた。アルテミスはその授業を見ていた。内容は血液型についてだった。

「血液には型があります。細かく分けると色々ありますが、皆さんが知っておくべき型は主に四つです。A型、B型、O型、AB型です。これらに加えてRhの型も知る必要があります」

 アルテミスは授業の内容を知っていた。千年前なら当たり前の知識だった。現在の亜国では一部の知識層にとっては常識として定着している。しかし、一般の人々は知らない知識だった。

「血液型の判別方法は今の設備では不可能なので僕が行います」

 月読はそう言って、村人たちの血液型を判別して、木の札を渡していった。木の札には四つの型とRhのプラス、マイナスが書かれていた。

 月読は水の精霊を使って血液を採取して判別していた。エナはAB型のプラスだった。アルテミスの番になった。

「私の血液型はAのプラスよ」

「すでにご存じでしたか」

 そう言って月読はアルテミスに札を渡した。

「それにしても血液型の検査なんて準備が良いのね」

「ええ、怪我や病気で手術する時に必要ですので、調べておくのは当たり前です」

 月読は嘘を言っていないが、主目的である戦争への備えという部分は隠していた。アルテミスもそれを理解していた。

「もし、エナが死ぬような大怪我を負ったとしたら、あなたは何を思うの?」

 アルテミスは月読がどういう表情をするのかが見たかった。桜が愛する妹を死地に送りこもうとしている月読の気持ちを知りたかった。

「最善を尽くして救いますよ」

 月読は表情を変えずにそう言った。

「やっぱり、そうするしかないのよね」

 アルテミスは月読の表情からは何も読み取れなかった。ただ、その声には絶対の決意が込められている事を知った。アルテミスはそれ以上、月読に何も言えなかった。

 そんなに大切に思っているのなら、止めろと言えなかった。言ってしまえば覇国を打倒するとこが出来なくなるからだ。


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