40.エナと四天王
ヴリトラ、アルテミス、ホルスの三人はプラントEに到着した。旧和国領と亜国の間に覇国の軍隊は居ない。なぜなら亜国から覇国に攻め込んだことなど一度として無いからだ。
戦争は覇国が一方的に亜国に攻め込む形で行われていた。亜国からは戦う意思がない事を再三通達しているが、戦争は無くならなかった。
そして、旧和国領には和人が住んでいて奴隷の様に働かされていた。領主や和人を支配するための軍隊は居たが、和人を守る為に動くことは無かった。
だから、三人は何の問題も無くプラントEにたどり着いた。村の入り口には筋骨隆々の中年男性が居た。
中年男性はヴリトラ達を見つけると驚くことなく話しかけた。
「亜人が、こんな村に何の用だ?」
「救世の三姫ミリアが居ると聞いてきた」
三人を代表してヴリトラが答えた。
「それはデマだ。だが、救世の三姫よりも強いやつなら居る」
「ほう。それは誰だ?」
「断絶のエナという。覇国の機人、大天使に単独で勝利した」
「ふむ、そいつに会えるか?」
「ああ、会えるとも。俺はカイ。あんたは?」
「ヴリトラだ」
「他の二人は名乗らないのか?」
「俺はホルス。よろしく~」
ホルスは軽い調子で答えた。
「私はアルテミスよ。よろしく」
アルテミスはニコリともせずに答えた。
「エナはこっちだ」
カイは三人をエナの元に案内した。エナは子供達と遊びという名の訓練をしていた。それを見たヴリトラは驚いた。
「なんだあの子は?」
「あの子がエナだ」
「あれは、機人ミリアではないのか?人間の子供の動きではないぞ」
「残念ながら、正真正銘人間だよ」
「手合わせ願いたい」
「良いだろう。その為にここに案内した」
「まるで、我らの目的を知っているような口ぶりだな」
「ああ、知っているとも、協力してくれるのなら、こちらの秘密も教えよう」
「ふむ、自信があるようだな」
「そうとも、俺達は覇国に勝利する」
「そいつは楽しみだ」
「エナ!お客さんだ!」
カイが声をあげるとエナは訓練を止めて、三人の亜人と対峙した。
「この人たちが、もう一つの鍵?」
エナはカイに聞いた。
「そうだ。だから、殺さない程度に実力を見せてくれ」
「うん。分かった。魔力は使っても良いの?」
「月読から聞いてないのか?」
「細かい事まで教えてくれてない。でも、迷ったら最善を尽くす様に言われてる」
「なら、エナが必要だと思ったら使うと良い」
「分かった。でも、実力を見せるのは良いけど、断絶剣だと殺しちゃうよ」
「断絶剣は見せるだけにして、実際はこっちの木で体を叩くだけで良い。それで理解してくれるはずだ」
「うん。分かった」
エナは頷いた後で歌った。
「全て断て!全て絶て!敵対するものに絶望を!この世の全てを絶つ光の剣よ!我が右手に現れよ!断絶剣!」
魔法で光の剣を作った。その剣を見て、ヴリトラ達三人は驚いた。その魔法の剣は、この世に斬れぬものは無い剣だったからだ。
「なぜ、そんなものが作れる?」
「ありえないわ。どういう原理なの?」
「よくわかんないけど、怖い」
「これはね。光を集めて作ったんだよ」
エナはさも当たり前のように話した。
「違う。そう言う事じゃないわ。なんでも切れるという効果がおかしいのよ。そんなものこの世に存在しない。具現化するものは存在するものしか出来ないはずよ」
アルテミスはエナの言葉を否定した。
「何を言ってるの?この世に存在しているよ。だって神の白金で作った剣は何でも切れるでしょ?」
「それは、神の白金だから出来る事で、本来はありえない事なのよ」
「魔法はイメージを具現化する方法でしょ?実際にあると信じれば何でも出来るのが本来の魔法だよ?」
エナは当たり前のように話していた。アルテミスにとってそれは非常識な事だった。世界の理を知れば、何でも切れる剣なんて存在しない事になるのだから。
「理解できないという事が理解できたけど、その子の魔法は本物だと認めるわ」
魔法はどういう効果があるのか見る者が見れば分かるのだった。
「では、先に木剣を当てた方が勝ちというルールで良いな?」
ヴリトラ達がエナの魔法が本物だと認識した後で、カイがルールの確認を行った。
「ああ、異論はない」
ヴリトラが答えた。
「戦うのはあんたで良いのか?」
「ああ」
「三人まとめてでも良いよ」
エナは軽い調子で答えた。
「ずいぶんな自信ね」
アルテミスは静かに答えているが怒っていた。侮辱されていると感じた。
「だって、私は熾天使を殺せるもん」
「なるほど、ずいぶんな自信だな。だが、戦うのは俺一人で十分だ。だが良いのか?木剣とはいえ、俺が打ち込めば人間の肉体では挽肉になるぞ?」
「大丈夫だよ。まず当たらないし、当たったとしても砕けるのは木剣の方だから」
「その言葉、信じて良いのか?」
ヴリトラはエナを心配してカイに尋ねた。
「大丈夫だ。本当にエナは強い」
カイは自信たっぷりに言い放った。
「分かった。では、遠慮なくいかせてもらう」
そう言って、ヴリトラはカイから木剣を受け取りエナと対峙した。エナも木剣を構えている。
先に動いたのはエナの方だった。身体強化魔法を使わずに風の精霊で加速し、すれ違いざまにヴリトラの胴を薙ぎ払った。
ヴリトラは動くことも出来ずに一本取られ吹っ飛んだ。アルテミスはエナの動きを見ていたが、反応は出来なかった。ホルスも同様だった。
「あれが、人間の動きなの?」
「あれが、エナだ。こちらの実力は理解してくれたか?」
「本当に熾天使も倒しそうね」
アルテミスはエナの実力が本物だと理解した。
「それで、そちらは何が出来る」
カイは彼らが亜国の使者だと知っていた。だから、こちらの実力を認めさせたうえで、相手の協力を得るつもりだった。
「そうね。当面は私達三人の協力は約束するわ。それ以上は亜王の判断によるわね」
「え?勝手に決めて良いの?」
ホルスはアルテミスが決めたことに驚いていた。そういう判断は王の指示を仰ぐものだと思っていたからだ。
「ホルス。状況が理解できないのなら余計ない事は言わないで」
アルテミスはホルスを睨んだ。なぜなら、エナの実力が本物である以上、協力するのは当然だったからだ。旅立つ前に亜王ジャガンナートがどういうつもりで自分達を送り出したのか考えれば分かる事なのだ。
「分かった」
ホルスは怒られて落ち込んだ。
「協力してくれるのは助かるが、そちらの実力を見せて貰っても?」
「良いわ。でも、エナを相手出来るほど強くはないわよ」
アルテミスは正直に話した。見栄を張っても仕方ない事だったからだ。
「それは、知っている。だから、今度は俺が相手しよう」
「亜人を相手にするという事は、最低でも機人天使と対等でなければ話にならないのだけど、それだけの実力はあると思って良いのね?」
「ああ、問題ない」
「それで、あなたの得物は?」
「これだよ」
そう言ってカイは拳を突き出した。
「なるほどね。じゃあ、もう一度ヴリトラに頑張ってもらうしかないわね」
そこへエナに吹っ飛ばされたヴリトラが戻って来た。
「全くとんでもないな」
「ヴリトラ。吹っ飛ばされた後で悪いけど、今度はカイと戦って」
「ああ、戦うのは良いがなんでだ?」
「こちらの実力を見たいんですって」
「なるほど、吹っ飛ばされただけでは終われないと思っていた」
「私はもう良いの?」
ヴリトラと一緒に戻って来たエナがカイに尋ねた。
「ああ、良いよ」
「分かった。じゃあ、遊んでるね」
そう言って、エナは子供達の元へ戻った。
「では、やるか」
エナを見送った後でヴリトラは木剣を構えてカイと対峙した。カイは拳を目線の高さに構えてヴリトラに向かった。そして、身体強化魔法を使用した。
先に動いたのはヴリトラだった。大上段からの袈裟切りをカイに向かって放った。カイは体捌きでそれを躱して、ヴリトラの懐に入った。そこから、ヴリトラに向かって拳を使った連撃を放った。
ヴリトラはそれを上体の動きだけで躱しきる。両者ともすでに人間の動きを凌駕している。ヴリトラは半歩下がりつつ攻撃を放つが、その全てをカイは捌いた。無論、木剣を真剣に見立てて剣の側面を押す形で軌道を逸らして捌いていた。
ヴリトラは驚愕しつつもカイが一流の武道家である事を認めた。その上でヴリトラは全力を出した。
その技はヴリトラが誇る最強の技だった。『無限闘舞』それは終わる事のない連続攻撃、ひとたび始まれば相手が倒れるまで続く連撃だった。
切り下げ、切り上げ、横薙ぎ、突きと連続で繰り出される攻撃をカイは捌いていたが、終わる事のない連撃の前についには一本取られてしまった。
「参った」
戦闘で荒くなった呼吸を整えつつカイは降参した。
「なかなかやるな」
「お前もな」
カイとヴリトラはお互いの健闘を讃えて握手した。アルテミスは驚愕していた。ここの村人はおかしい。人間の強さを逸脱している。そもそも、亜人のしかも最強種族である竜人と互角に渡り合えているのがあり得ないのだ。
「なんで、そんなに強いの?」
「それは、追々話す。まあ、今は互角だったが、同じ条件で戦えばヴリトラ殿が俺を圧倒するだろうよ」
「強さに秘密があるのね」
「ああ、とっておきの秘密だ」
そう言ってカイは笑った。これで、月読が話した勝利の条件五つのうちの二つが揃ったことになる。熾天使を殺せる人間、亜国の協力が手に入った。残りは三つだった。食料の調達、要塞を建設できる人間、そして桜の覚悟が揃えば勝利できる。
ここまでは月読が話した通りに順調に進んでいた。これからもそうである事をカイは祈った。
亜国の協力を取り付けてから数日後に、正式に亜国の王ジャガンナートより、和国を支援すると連絡があった。軍を動かすには時間がかかるが、食料支援はすぐに行ってくれるという。これで、食料の問題も解決した。




