2.ある機人の目覚め
真っ白い空間の中に三つの玉座が置かれていた。そこに座るような姿勢で三体の人形が
置かれていた。その場所はかつて汎用戦闘駆動機体研究所と呼ばれていた施設だった。
施設内は全て神の白金と呼ばれる金属で覆われており、神の白金の特性で常に淡い白い光を発していた。
三体のうちの一体に漆黒の魂が一つ宿った。しかし、何も起きず。一週間たって、さらにもう一つ、純白の魂が宿った。
純白の魂は真っ白な世界に居た。そこに地平線は無かった。唯々白い空間の中で自分を認識した。それはまるでゲームの画面のように自分の姿を後ろから見ているような感覚だった。
純白の魂は自分の名前を思い出した。此花桜という名前だった。そして、自分が死んだことも思い出した。
桜の目の前に右半分が白、左半分が黒の腰まで延びた長髪、白い肌の男か女か分からない人物が現れ、恭しく一礼をした後で桜に話しかけた。
「ようこそ。僕は月読、汎用戦闘駆動機体ミリアと君を仲介する者です」
月読は声も中性的で、男か女か分からなかった。
「私は此花桜です。月読っていうと神道の神様ですよね。ここはあの世?」
「いいえ違います。ここは、第十一銀河、第十五恒星系第四惑星『世界樹』、旧和国領、死の砂漠中央、汎用戦闘駆動機体研究所です」
桜は月読の言った事を殆ど理解出来なかったが、ここが地球ではないことは理解できた。
「私はどうなったの?」
「この機体の魂に選ばれました」
「この機体?」
「ああ、まだ認識できない様ですね。しばし、お待ちを直ちに機体と魂をリンクさせますので」
月読の言葉の後で桜は自分が何かと接続されるのを感じた。真っ白な空間から真っ白な部屋へと視界が変り、もう一つの視界を認識した。
「なにこれ?もう一つ視界がある」
「そちらは補助機能の光の精霊からの映像です」
桜の問いに月読が答える。そして桜は光の精霊からの映像を見て、見えたものをそのまま言葉にした。
「真っ白なマネキン?」
「それが、今のあなたの姿です」
「もっと人間っぽいのが良い」
「では、自分の理想の姿を想像してください」
桜が理想の自分を思い浮かべると白いマネキンの姿が変わった。腰まで伸びる真っすぐな黒髪、身長百六十センチ、やせ型Cカップの美少女の姿に。自分の体に触れてみると柔らかかった。
「不思議、本物の人間みたい」
「神の白金は万能の金属です。硬度や靭性を意のままに変更できます」
桜は自分の体が万能な事だけは分かった。
「ねえ、服は無いの?」
「こちらの部屋にございます」
月読がそう言うと、桜の視界に研究所の見取り図と自分の位置、それに衣裳部屋と書かれた部屋が緑色に点滅していた。
「ナビ付なのね」
「はい」
桜はナビに従い部屋を移動した。そこには色々な服が置いてあり、桜は喜んだ。闘病生活が長かったせいであまり買い物に出れなかった。桜は服をとっかえひっかえして、自分にしっくりくる服を二時間かけて選び出した。
選んだのは黒いブラウスと黒いスカートだった。部屋に設置してある鏡を見ながら桜は満足していた。
「ねぇ、月読。私って可愛い?」
「可愛いと思います」
「それで、私は何をしたらいいの?」
「お好きなように」
「美味しいものを食べたい。一緒に遊ぶ友達も欲しい。買い物がしたい。恋もしたい」
それらは、桜が闘病中に出来なかった事だった。
「では、人が居る場所へ向かうという事で宜しいですか?」
「うん」
桜は即答した。色々疑問はあったが、健康な体を手に入れて自由に動けることが嬉しかった。これから始まる第二の人生に胸を躍らせていた。
「では、戦訓練を行ってから向かう事をお勧めします」
「なんで?」
「現在の世界情勢では、亜人と人間が戦争を行っています。その為、戦争に巻き込まれる危険性があります。ゆえに、戦闘訓練を行ってから外へ出る事を強く推奨いたします」
「戦争に巻き込まれない場所は無いの?」
「ありますが、その場所ではあなたは差別を受ける事になり危険が付きまといます」
「なんで、差別されるの?」
「あなたの選んだ外見が和人と呼ばれる人種に酷似しているからです」
「なんで和人は差別されているの?」
「端的に申し上げれば戦争に負けたからです」
「敗戦国なの?」
「その通りです」
「同じ和人が住む場所なら安全じゃないの?」
「その和人が住む場所は亜人が住む場所と隣接している為、戦争に巻き込まれる可能性が高いのです」
桜は悩んだ。自分が思い描く理想の姿が日本人の美女だった。白人の美女になる事も考えたが、自分の理想を変えたくなかった。
「分かった。戦闘訓練を受ける。それで、訓練はどれぐらいかかるの?」
「体感時間で三年ほどです」
「三年もかかるの?」
「はい、回避、体術、剣術、魔法の訓練がありまして、最低でも三年かかります」
桜は魔法の訓練と聞いて疑問が沸いたが、それ以上に期間の長さが気になっていた。本当はすぐにでも人に会いたいのに、三年も訓練を続けるなんて嫌だった。
「そんなには無理、一日一時間で少しづつ強くなるって事じゃダメなの?」
「駄目ではありません。僕はあくまでも推奨しているにすぎません。判断するのは貴方です」
「そっか、じゃあ今は一時間だけ訓練して出発する」
「畏まりました。では、回避の訓練から入ります」
「どこかに移動するの?」
「いいえ、仮想空間での訓練になりますので、この場所で行います」
それから桜の視界が切り替わり、地平線の無い真っ白な空間が見えた。そこに一個のボールが浮かんでいた。
「これから、このボールがあなたを目掛けて飛んで行くので避けてください」
「分かった」
桜は飛んでくるボールを避ける訓練を一時間ほど行った。最初は難しいと感じていたが、何とか躱せる様になった。
「訓練も終わったし村に行くよ」
「畏まりました。ですが、武器を持って行くことを推奨します」
「武器?」
「はい。こちらに武器がございます」
桜の視界にナビが表示された。桜は危険な場所に行くなら武器は必要だと考え武器を取りに行くことにした。案内通りに進むと『汎用戦闘駆動機体用外部装置保管庫』と書かれた扉の前についた。部屋に入ると中には三本の刀が刀掛けに飾られていた。
三本の刀はそれぞれ太陽、月、星をモチーフとした装飾が施されており、桜は芸術品のようだと思った。
「綺麗ね」
「それぞれ、陽光、月光、草薙という銘がついています。あなたの武器は月光です。お持ちください」
桜は言われた通り月光を手に取り鞘に付属していたプラスチック製のベルトを使って腰に佩いた。
「これで良いの?」
「はい、ではこの場所から一番近い和人の村をご案内いたします」
月読の指示に従って桜は研究所の外に出た。外は砂嵐だった。そして、砂嵐のせいなのか辺りは真っ暗だった。
「何これ?」
「砂嵐です」
「服が汚れちゃうじゃない」
「では、外套を着て出かける事を推奨いたします」
桜は、こんな砂嵐の中を歩くのは大変だと思い月読に質問をした。
「砂嵐はいつ止むの?」
「この場所の砂嵐は止むことがありません」
「なんで?」
「地形的な問題です」
「そういう事は先に言ってよ」
「畏まりました」
月読の答えに不満を持ちつつも桜はせっかく選んだ洋服が汚れないように外套を着て外に出た。
桜は外に出て気が付いたことがあった。これだけの風が吹いているのに呼吸が苦しくないのだ。というか自分が呼吸をしていないことに気が付いた。そして、心音も無い。
自分が人間ではない物になった事を自覚したが、闘病生活時に感じていた不快感、気だるさがない事を喜んだ。
案内に従って八時間歩くと砂漠を出れた。その間疲れを感じなかった。そして、空腹も感じていないことに気が付いた。
「ねえ、この体って疲れを知らないの?」
「活動限界はありますが基本的に疲労という感覚はございません」
「あと、お腹が空かないんだけどどうして?」
「食事の必要がございませんので空腹は感じません」
「え?じゃあ私は何で動けるの?」
「電力で動いております」
「じゃあ、充電はどうやって行っているの?」
「光発電を行っております」
「太陽光パネルみたいな?」
「太陽光パネルではなく、全身に使用されている神の白金という金属の特性で充電を行っております」
「そっか」
桜は説明を受けたが理解できなかった。だが、理解出来なくていいと思っていた。今、自分が生きていて、自由に動けることの方が大事だった。砂嵐を抜けると外は明るかった。
「月読、今は何時?」
「午後十二時三十分でございます」
「村まであとどれくらい?」
「二時間ほどで着きます」
桜はナビに従い村に向かった。砂漠を抜けると荒野が広がっていた。植物は乾燥に強いサボテンぐらいしかなかった。桜には歩いて二時間かかる距離にある村がすでに見えていた。
「そこに見える村に向かえば良いのね」
「その通りです」
桜は村人に会う事を楽しみにしていた。病気で出来なかった事をたくさんする為に村に向かっていった。