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救世の三姫  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)


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28.永名

 エナはいつものように桜の隣で眠りについた。すると不思議な事が起こった。エナは気が付くと何もない白い空間に立っていた。目の前には右半分が白、左半分が黒の腰まで延びた長髪、白い肌の男か女か分からない人物が現れた。

「月読お兄ちゃん?」

「よく分かったね。エナ」

「ここはどこ?」

「夢の中だよ」

「そっか、夢か」

「でも、君はこの中での出来事を忘れない」

「なんで?」

「これから、熾天使の倒し方を教えるからだよ」

「本当に?」

「本当だよ。これはただの夢じゃない。僕が君に干渉して起こしている。だから、眠っているけど眠っていない状態なんだ」

「よく分からないけど、熾天使を倒せるのなら何でもいい」

「よし、では倒し方を教えるよ」

「うん!」

 エナは嬉しかった。やっぱり月読はちゃんと理由があって後で教えると言っていたのだ。こんな方法があるとは想像も及ばなかった。

「まずは、精霊達の機能と使い方を説明するからよく聞いてね」

「分かった」

「精霊は神の白金で出来ていて、普段は見えないようになっている。でも、魔力の疎通を行えば見えなくても位置を感じる事が出来るようになる」

「魔力の疎通って?」

「神の白金は、通常魔法が効かない。でも、魔力を一週間注ぎ続けると、その魔力によって起こされた魔法の影響を受けるようになる。そうして神の白金を加工しているんだけど、その事を魔力の疎通って呼んでいる。魔力の疎通をすると神の白金の位置を感じ取る事が出来るようになるし、こちらの意思を神の白金に伝える事も可能になる」

「分かった。これから一週間かけて精霊達に魔力を注ぎ込めばいいんだね」

「その通り、だからこれから一週間、桜には内緒でエナに精霊達を同行させるから、魔力を注ぎ込むんだよ」

「うん。それで、精霊達ってどれぐらいの大きさなの?普段の生活で邪魔にならない?」

「大丈夫だよ。拳大の大きさしかないから、邪魔にならないよ」

「分かった」

「それから、光の精霊の機能は……」

 エナは月読の教えをよく聞いた。これが桜を守る為に必要な事だと知っていたからだ。


 月読の説明が一通り終わった後でエナは疑問をぶつけた。

「なんで、桜お姉ちゃんは戦うの嫌がってるの?」

 それは、素朴な疑問だった。誰よりも強い桜が、何故戦いを嫌がっているのか理解できなかった。

「それはね。桜が優しいからだよ」

 月読は、桜の気持ちが分かった。桜が元々居た世界とこの世界では理が違い過ぎた。

「だから、覇国は付け上がってやりたい放題してる」

 エナは怒っていた。桜が約束を守っているのに騙して喧嘩を売って来たからだ。

「そうだね。でも、桜は法律に縛られているから、自由には出来ないよ」

「法律?」

 エナは法律を知らなかった。この世界にも法律はあったが、それは和人には適用されていなかった。

「そうだよ。法律とは、みんなが幸せになる為のルールなんだ」

「でも、桜お姉ちゃんは幸せそうじゃないよ」

「そうだね。桜の法律を覇国が無視してるから、桜は理不尽な目にあっている」

「どうして、覇国は法律を守らないの?」

「それが覇国の正義だからだよ」

「意味が分かんない」

「簡単に言うと、覇国は我がままなんだ。他の人の幸せを考えずに、自分の幸せだけを考えて行動してるんだよ」

「そんなの間違ってる」

「そうだね。だから、覇国は桜を殺そうとしている」

「そんなの許せない!」

 エナは怒っていた。

「どうして誰も覇国をやっつけないの?」

「覇国が強いからだよ」

「強かったら何をしてもいいの?」

「世界の理は、本来弱肉強食なんだ。でも、それだと弱い人は幸せになれないよね?」

「うん」

「だから、法律を作って強い人だけじゃなく弱い人も幸せになれるようにルールを作ったんだ」

「それなのに覇国は自分勝手をしてるの?」

「そうだよ。理由は簡単だよ。同じぐらい強い国が無いからだよ」

「そんなのおかしいよ」

「でもね。ルールを守らせるには、実力が拮抗していないとダメなんだ」

「なんで?」

「エナは、木を怖いと思うかい?」

「思わない」

「なんで?」

「だって、何もしないもん」

「そうだよね。木は何をされても何もしてこない。だから、殴ろうが削ろうが切り倒そうが、人間の自由に出来る」

「うん」

「国も同じなんだよ。何も言い返せない。何も反撃できない。戦っても勝てない。そんな国を怖いと思う?」

「思わない」

「それって木と同じだよね。何をされても文句を言わない木と」

「うん」

 エナは理解した。弱い事は罪なのだ。

「私は木じゃない。文句も言うし、殴り返す」

「エナは強い子だね」

「なんで桜姉ちゃんは……」

「桜は、法律を破ったら覇国と同じになってしまうと思っている」

「どうして?相手は悪い事してるんだよ?」

「例え、そうだとしても同じように仕返ししたら、そいつと同じ罪を犯すことになる。だから、法律の範囲内で出来る事をしているんだと思う」

「法律の範囲内?」

「つまり、暴力による解決ではなく、話し合いでの決着だよ。この前の話し合いで秘密を守ると決めたことがそれにあたる」

「でも、それはあっちがお姉ちゃんを騙して!」

「そうだね。でも、桜は法律を犯したくないと考えている」

「桜姉ちゃんは何をしたくないの?」

「相手を傷つけたくないと思っている」

「なんで?ここまでされて、それでも?」

「そうだよ。それが、桜の生きていた世界でのルールだった」

「そんな世界で、みんな幸せだったの?」

「その世界では、みんなの力が拮抗していた。誰かが悪さをしたら他のみんなが団結して悪いやつをやっつける事が出来た。だから、大勢の人間が幸せを享受していたよ。まあ、例外はあったけどね」

「だから、桜お姉ちゃんは、この世界でもルールを守ってるの?」

「そうだよ。それが、桜の生き方なんだ」

 エナは小さいながらに月読の言う事を理解した。

「私が覇国の熾天使を殺そうと思ってる事は間違ってるの?」

「間違ってないよ。覇国の横暴は、熾天使という絶対の存在があって成り立っている。熾天使が居なくなれば、覇国は和国と亜国の言う事も聞かなくちゃならなくなる。だから、エナが熾天使を倒したいという思いは間違っていない」

「でも、人を殺しちゃいけないんでしょ?」

 エナは直感的に理解していた。機人には魂があり、人間と同じ魂のある存在だと理解していた。

「エナは、やっぱり賢い子だね。なら、教えてあげるよ。相手が絶対間違ってる。もしくは、話し合いが通じない相手だと思ったら、思いっきりぶん殴って良い」

「良いの?」

「ああ、言って分からない奴には殴って分からせるしかないからね」

「でも、それだと法律に違反するよ?」

「大丈夫。相手も法律違反してるんだ。だから、こっちもルールを破って思い知らせるしかないんだよ。殴ってきたら殺すぞってね」

「そんな事していいの?」

「法律には、それをしていいと規定がある。自分の命が危険と判断される場合に限り、相手を殺しても良いというルールがある」

「そんなルールがあるの?」

「ああ、正当防衛と言われている」

 月読の言っている事は拡大解釈だった。だが、本当の法律を知らないエナにとっては福音の様に響いた。

「じゃあ、私が熾天使を殺すの正当防衛なんだね?」

「そうだよ」

 この瞬間、エナは熾天使を殺すことを自分の使命と決めた。


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