25.皇海
カイは月読と対峙していた。魔法の授業の後で、戦闘訓練を行うべく設けられた篝火の中で素手で対峙していた。周りには見物人の村人たちが居た。
「なあ、月読先生と手合わせする前に、桜ちゃんと手合わせしてみたいんだが良いか?」
「え?私?なんで?」
桜は素っ頓狂な声を上げた。
「桜ちゃんもある程度鍛えてるんだろう?普段の歩き方を見れば分かる。それと俺の実力を知っておいて欲しいってのもある。口先だけじゃないって事を証明したいんだ。これでも武術の心得はある」
「分かった」
桜は防御に徹するつもりだった。カイの実力は分からなかった。筋肉だけ見れば強そうではあるが、筋肉量は戦闘能力と直結していない。戦闘訓練を積んだものだけが戦えるのだ。
桜は冬の間、一日も欠かさず月読との戦闘訓練を行ってきた。実力は既に人間を凌駕している。だから、ある程度戦ったらワザと負けるつもりでいた。
「ああ、それと月読先生に確認したいんだが、本当に全力を出して良いんだな?」
桜には、カイの質問の意味が分からなかった。
(桜、答えても?)
(どうぞ)
「構いません。また、貯めれば良いだけですから」
「分かった。遠慮なく使わせてもらう」
(なんの話?)
(魔法の事です。全力で魔法を使って戦っても良いかという質問です。魔力はすぐに貯まりますから)
桜は先日の戦闘を思い出した。ミハエルが寿命を削って魔法を使ったことを。
「死んじゃダメ!」
桜は叫んでしまった。
「大丈夫だよ桜ちゃん。俺はそこまでするつもりはねぇ。持っている魔力だけで戦うよ。ていうか、ただの手合わせに命を賭ける馬鹿がどこに居る」
そう言ってカイは豪快に笑った。
「そうだよね」
桜はホッとして笑った。また、自分の的外れな想像にも笑えて来た。そうして、安心して見るとカイの異変に気付いた。カイのお守り様が眩いばかりに光り輝いていた。今朝見た時はあんなに光っていなかった。
「カイさんのお守り様って、そんなに光ってたっけ?」
「朝は光って無かったな、ご神体にお参りしたから加護を得たのかもな」
「そっか」
「じゃあ、ぼちぼち行くぜ」
そう言ってカイは構えた。桜もカイに半身になり左半身を前に出して左拳を目線の高さに合わせて構えた。
桜が構えたのを見て、カイが前進する。その動きには一切の無駄がなく、人間としてはかなり速い方だった。そのまま、拳が届く距離になると気合と共に正拳突きを放った。
桜はそれを足さばきだけで姿勢を崩すことなく躱した。それを見たカイが魔法を発動させる。それは、身体強化魔法だった。カイが魔法を使うと同時にお守り様の光は減った。
人間の運動限界を超えた速度でカイは桜に手刀を放ったが、桜はこれも躱した。カイはさらに強化魔法を重ねた。それと共に知覚加速魔法も併用し始めた。
カイの動きは機人と遜色のないレベルにまで達していた。その攻撃を桜は見切っていた。しかし、カイの動きは洗練されていた。蹴り突き手刀、足さばき、そのどれもが達人レベルだった。身体能力で勝っていた時には難なく躱せた攻撃も桜は必死になって躱していた、
そして、ついにカイは正拳突きを桜のみぞおちに当てた。正確には当たる前に寸止めしていた。
「参り……ました」
桜は驚愕していた。カイに負けたことに……。
「なんとか勝てたか、これで証明できたな。桜は俺が守る。もう何も心配するな」
そう言って、カイは桜の肩を優しく叩いた。桜は自分の視界が歪んだ事で、自分が泣いている事に気が付いた。負けて悔しくて泣いているのではなかった。負けたことが嬉しくて、カイが自分を守ると言った事が嘘ではなかったと知って泣いた。
「ありがとう。お父さん」
桜は顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。それを見た村人たちは笑顔だった。カイは嬉しそうに笑っていた。自分の娘がようやく肩の荷を降ろしたのだ。そして、どうにか父親と認めて貰えたことを喜んだ。
「泣いているとこ。悪いんだが、月読先生に代わって貰えるかい?」
桜は泣きながら頷いた。
(月読。お願い)
さっきまで泣いていた桜が急に泣き止み、平然と話し始める。
「何でしょう?」
「俺は届くか?」
桜には意味不明な質問だったが、月読には分かった。
「知覚加速の魔法はまだ効いていますか?」
「ああ」
「では、これが見えますか?」
そう言って月読は、一瞬動いた。常人には何をしたのか分からない速度だった。
「ああ、ジャブってやつか?」
「見えたのなら、届き得るでしょう」
「簡単に言ってくれる。知覚できても動きがついて行かなければ届かねぇだろ?」
「届きますよ。時間はたっぷりありますから」
「先生がそう言うのなら、精進するとしよう。可愛い娘の為だしな」
そう言ってカイは笑った。そして、桜に背を向けて去ろうとしていた。桜はカイを呼び止めた。疑問があったからだ。
「待って、父さん」
「なんだ?」
「父さんはいったいどこで格闘術を学んだの?」
「ああ、これは小さい頃から親父にやらされていた。皇家の伝統だとか言われてな」
「でも、いつ訓練してたの?」
「ああ、桜は知らないか。夕飯の後、桜達が後片づけしている時に、カイルと訓練してたんだ」
「そうだったんですね」
桜は全く気が付かなかった。夕飯の後、カイとカイルがどこかへ行っているのは知ってたが、訓練をしていたとは知らなかった。
「こんな形で役に立つとは思わなかったがな。親父には感謝している」
カイはそう言って遠い目をした。そして、村人の中に戻っていった。桜は気が付かなかったが、カイのお守り様は輝きを失っていた。




