23.月読の企み②
月読は夜中に桜が目を覚ました事に衝撃を受けていた。過去に彼女が夜中に目覚めたことは無かった。
これからは、夜に動くこと自体がリスクとなる。もう、自由に使える時間は無くなった。冬の間、観測者の痕跡を探したが見つける事が出来なかった。村の周囲一キロ四方をくまなく探した。屋根の上も木の枝も三次元空間のあらゆる場所を探したが、何も見つけられなかった。
人に紛れている可能性も考慮した。村人の中に裏切り者が居る可能性もある。岩に擬態している可能性や、動物に擬態している可能性まである。全ての可能性を検証する時間は月読には与えられなかった。もう、このままルシフェルの思惑通りに事態を進めるしかなかった。
魔法による村人の強化は一定の成果を出した。しかし、反応速度という一点で人間の限界が露呈した。やはり、普通のやり方では人間は機人に勝てないという結論に至った。
だが、ミハエルと呼ばれていた人間が、月読にヒントを与えていた。彼が千百四番を助けるために見せた命を削っての身体強化魔法は機人に対抗し得るレベルだった。
命を削れば機人に対抗し得るのだ。だが、それを村人たちに実行させるつもりは無かった。命を削らなくても魔力があれば機人に対抗できるのだ。
その方法を月読は知っていた。それは神からの啓示を受けた月読だから気づけた方法だった。本来は、ルシフェルの作戦に対抗するための手段として用意していたものだが、村人の強化にも使える事が分かった。
神は機人ミリアに桜の魂を定着させ、魂と機人ミリアのリンク方法を月読に伝えた。それは魔力操作の極意だった。月読が知っているこの世界の科学者たちは魔力の本質を理解していなかった。
魔力を感覚的に理解していて、理論だって魔力が何なのか解明してなかった。だから、魔力を貯蔵する方法がこの世界には無かった。
月読はその方法を編み出した。魔力は空気中に存在している。ミリアもそうだが機人は空気中の魔力を集めて魔法を使う。これは、機人が魔力を貯めておけないからだ。空気中の魔力は生物が呼吸した時に排出されるものだった。
生物の魔力はどこから来ているのかというと、根本的には魂から発生している。魂から発生した魔力は、体内の細胞に一定量貯蔵される。だが、細胞が貯蔵できる量では少ない。余った魔力が呼吸により体外に排出されていた。
細胞の代わりに魔力を貯蔵できる物質が必要だった。月読はすでに実験を成功させていた。最初から目星は付いていた。桜が寝ている間にある程度、必要な量も揃えていた。
魔力を大量にため込める物質はクリスタルだった。この世界でもクリスタルについて核戦争の前に魔力を貯蔵する実験は行われていたが、鉱物への魔力の貯蔵は不可能とされていた。理由は魔力を空気のような存在だと誤認していたからだ。
意思を持ってしまった機人ルシフェルが呼吸により魔力を集め魔法を使った事実が、当時の科学者に魔力は空気だと誤認させてしまった。
本当の魔力の姿は、熱エネルギーに近かった。イメージが全く異なるから実験はことごとく失敗に終わっていた。
月読はこの事実を村人たちに伝えていた。そして、魔力の貯蔵も始めさせていた。もちろん月読自身も魔力を貯蔵している。避けようの無い決戦に向けて月読は準備を始めていた。
月読は、ルシフェルに勝利するつもりだった。まだ、足りない条件はあるが、それはルシフェルが勝手に手配してくれる。桜をこの村に釘付けにする為にルシフェルは事を大きくするつもりなのだ。それは、桜が『機人ミリア』だとミハエルが村人にバラしたときに分かった。
単純な戦闘能力で勝てない彼らが何をするのか、桜の性格を知っている彼らがどう動くのか月読には理解できた。なぜなら、逆の立場なら月読はそうするからだ。月読にとって桜は足かせだった。だが、その枷を外すことは出来ない。これは、神の呪いだった。月読が犯した罪に対する罰だった。
だからこそ月読は桜に己の目的を隠して補助機能として動いている。そうしなければ破綻する事を身をもって知っているからだ。
また、もう一つ桜に知られてはいけない事実があった。それは、機人には魂があり人間と同じように感情と意思を持っているという事実だった。
月読が知っている記録では魔法を使える機人は、智天使と熾天使だけだった。しかし、今回天使型の千百四番が魔法を使った。つまり、全ての機人が魔法を使えるようになっている可能性が高かった。
魔法を使う為には意思が必要だ。意思、それは魂と同義だった。つまり、桜は殺人を犯したことになる。本人は機械を壊した程度の認識しか持っていない。ミハエルについては自殺みたいなものだから罪の意識を持っていない。
もし桜が、機人が意思を魂を持った存在だと認識した場合、月読の計画が破綻する事は目に見えていた。
幸運なことに桜はその事実に気づいていない。魔法とは魔力と意志の力で世界を改変する力だと教えられても、魔法を使うという事は意思と魂を持つ者だという逆の結論を導き出すほど頭は良くなかった。
その事を月読は感謝した。もし、桜が頭のいい人間だったのなら、月読の計画は破綻していたのだから……。




