17.春の訪れと来訪者
厳しい冬が去り、温かい春がやって来た。桜たちの住む村で、人々は畑を耕し、田んぼに種を撒いていた。
桜は、いつもの黒い服ではなく、農作業用に借りた白い服でカイ達と一緒に田んぼに種を撒いていた。朝から作業を始め、昼になると昼食の休憩時間になる。エナは同年代の子供達と遊んでいるが、昼の時間になると桜の居る場所に戻り、一緒に食事をするのだった。
いつもは手ぶらのエナだったが、その日は荷物を持っていた。それは、エナが桜の為に握ったおにぎりだった。
「お姉ちゃん。お昼ご飯持って来たよ」
「ありがとう。エナ」
桜は笑顔で答えた。
「今日はね。私がおにぎり作ったんだよ」
「本当!ありがとう。エナ」
桜はそう言ってエナの頭を撫でた。エナはとても嬉しそうに笑った。桜は早速、エナのおにぎりを食べる。
「どう?美味しい?」
エナは少し不安そうに桜に聞いた。
「とっても美味しいよ」
桜は、本当に美味しいと思った。塩加減は多少足りなかったが、エナの愛情を感じた。エナも一緒におにぎりを食べた。
「ちょっと、塩味足りなかった」
エナは、少し落ち込んだ。美味しいおにぎりを桜に食べてもらいたかったのだ。
「十分美味しいよ。エナのお陰で、午後からまた頑張れるよ」
「ありがとう。お姉ちゃん。今度はもっと美味しいおにぎり作るからね」
「うん、楽しみにしてる」
昼食を終えると、エナはまた友達と遊ぶために戻っていった。昼食を終えて桜も農作業に戻った。
そこへ、覇人の貴族ミハエルと機人の天使千百四番のジェシカが訪れた。覇人が村に来ることは珍しかったので、村人たちは自然と手を止めて二人を目で追った。
二人は、誰に声をかけるでもなく黙々と歩いていた。二人が目指していたのは桜だった、
二人は桜の前に立った。桜は手を止めて二人を見た。
「なんでしょうか?」
桜は何気なく聞いた。
「あなたにお話があります。ゆっくり話が出来る場所に移動しても良いかしら?」
ジェシカが姿に似合わない女性らしい声で桜に話しかけた。
「話って?」
「あなたが知っている秘密についてよ。悪い話じゃないわ。私はあなたの味方よ」
「私の味方?」
「ええ、覇国のやり方は間違いているわ。私は覇国を内部から変えたいと願っているの。協力してくれないかしら?」
桜は迷った。目の前の機人を信じていいのか、誤魔化すべきなのか。だが、もし彼女の言っている事が本当なら、秘密を抱えたまま生きていくことをしなくて済む、覇国との敵対関係を終わらせて平和に生きる事が出来る。
だが、無視してもエナと二人、この村で平和に生きることが出来る。桜とエナは約束を守っていた。
「ごめんなさい。何を言っているのか分からないです」
桜は今の生活を守る事にした。
「あなたが知っている事がこの村で起こらない保証は無いのよ?」
それは、桜が懸念していた事だった。
「この村はちゃんと年貢を納めているわ」
「天気は人間に操れないし、少し天候が悪いだけで悲劇は起こるわ。あの村のようにね」
桜は心臓を鷲掴みにされたように思った。その事は考えないようにしていた。
「あなたに協力すれば、それは無くなるの?」
「ええ、保証するわ。人道的な貴族たちは、あのことに心を痛めているのよ」
「分かった。協力する」
桜は目の前の機人を信じる事にした。
「では、ゆっくり話が出来る場所に移動しましょう」
「ついてきて、私の家で話しましょう」
「分かったわ」
桜は、二人を家に案内した。エナは村の子供達と遊びに出ていたので居なかった。食卓に向かい合わせに座るとジェシカから話始めた。
「では、あなたの知っている事を全て話して」
「良いけど、それが何の役にたつの?」
桜は慎重だった。彼らが何をする為に情報を必要としているの知りたかった。また、どうやって覇国の和人虐殺を止めるのかも知っておきたかった。
「今までは、覇国の貴族の一部が和人を虐殺しているという噂があったのだけど証拠が無かった為、誰も彼らを糾弾できなかったの。でも、あなたはそれを知っているのでしょう?」
「知っている」
「では、証言して欲しいの。それで、彼らを糾弾し虐殺を止めることが出来るわ」
桜は、ジェシカの言った事を全て信じた。
「分かった。私の知っている限りの事を話すわ」
こうして桜はプラントFで行われていた虐殺の全てを話した。ただし、自分が機人である事は隠して運良く生き延びたと証言した。
「ありがとう桜」
ジェシカは桜に礼を言った。その直後で、声が変わった。
「残念だよ桜、約束を守ってくれなかったんだね」
その声はルシフェルの物だった。
「あなたはルシフェル?」
「その通り、約束したよね。誰にも言わないって」
「騙したのね」
桜は激怒して立ち上がった。
「騙したなんて人聞きの悪い。私は確かめただけだよ。君が約束を守ってくれるのかね」
「それを騙すって言うのよ!」
「やれやれ、もしこれが本当の話だったのなら、裏切り者は君の方だろう?」
桜は何も言い返せなかった。
「では、ミハエル殿、千百四番。作戦を実行してくれ」
「畏まりました」
そう言うと、ミハエルとジェシカは家の外に出た。そして、真っすぐにエナの元に向かった。
桜は二人を追って、家を出た。そして、二人がエナの元に向かっている事を知った。
(月読!エナに土の精霊を)
(既に実行しております)
(いったいいつから?)
(彼らが村に入る前からです)
(いつから気づいていたの?)
(何をです?)
(彼らが嘘を吐いている事よ)
(彼女が話していた嘘は見抜けませんでした。人間と違って機人に感情の起伏はありませんので、表情や声のトーンから嘘を判別する事は出来ませんでした。ただ彼らが村に来た時から、罠の可能性を考慮し、エナに土の精霊をつかせました)
(ありがとう。でも、なんで警告してくれなかったの?)
桜は疑問に思った。いつもなら何かが起こる前に警告をする月読が何もしなかったのだ。
(ルシフェルとの休戦協定がありましたので、脅威だと断定できなかったためです)
(そっか)
桜は納得した。なぜなら、桜自身もルシフェルとの休戦協定があったから、襲われるとは思っていなかったからだ。
(じゃあ、急いでエナを助けないと)
桜はギリギリ人間に見える様な速度で走っていた。ここまで来ても自分が機人である事を知られたくなかったからだ。それと、月読がエナを守ってくれていた事で心に余裕が生まれていた。
ミハエルとジェシカはエナの元に駆け寄り、ミハエルがエナをうつ伏せに押し倒して腰に佩いていた長剣を抜き放ち首筋に当てた。
ジェシカは、桜が向かって来ている方に向き直り、迎撃の体勢を取っていた。エナと一緒に遊んでいた子供達はミハエルとジェシカの乱入に驚いて逃げた。
桜が追いつくとジェシカは警告を発した。
「動くな!動けば子供の命は無い」
「その子は関係ないでしょう」
「嘘を吐くな。目撃者の一人だ」
「動かなかったら、その子を生かしてくれるの?」
「いいや、あなたを殺した後で死んでもらう」
ジェシカの言葉を聞いて、エナは状況を理解した。そして、魔法を発動させる。
「放せ~!」
エナの雄叫びに呼応して魔法が発動する。エナが使ったのは身体強化の魔法だった。うつ伏せの体勢から腕立て伏せの要領で飛び上がった。ミハエルは突然の出来事に反応できずにひっくり返った。
エナは三メートルほど飛び上がって、ミハエルの後ろに着地した。それを見たジェシカが瞬時に魔法を発動させる。狙いはエナだった。ジェシカが発動させた魔法は、鋼鉄の矢を具現化してエナを貫く魔法だった。
エナはその魔法を検知して、対抗魔法を発動させた。それは鋼鉄の盾を具現化する魔法だった。
ジェシカの矢はエナの盾に弾かれた。その隙に桜がジェシカに肉薄していた。桜は冬の間、月読との戦闘訓練を続けていた。桜は人を殺したくなかった。だから、格闘術を学んだ。桜は、ジェシカに正拳突きを放った。
ジェシカはそれを体を捻って躱し、右腕の肘から先が地面に落ち肘から先が剣となった。そのまま振り向きざまに剣を横薙ぎに払い桜を両断しようとした。
桜はジェシカの動きに対応して、しゃがみ込み剣を躱して、しゃがんだ体勢から回転して足払いを放った。
ジェシカは後方にバク転して蹴りを躱した。
その間に、逃げた子供達が大人を呼んで来た。
「おい!あれってさっきの覇人じゃねぇか!」「なんで桜ちゃんと戦ってるんだ?」「エナちゃんを押し倒したって聞いたぞ」
大人たちは驚いていた。その中にカイも居た。
「おい!俺の村で何してやがる!」
桜は動揺していた。みんなが見ている前で全力で戦えば自分が人間では無いことがバレてしまう。
ジェシカは容赦なく魔法を発動させようとしていた。それは全ての村人に向けて、無数の小さな火球を放つ魔法だった。
村人たちはそれを見て即座に防御の魔法を展開させようとしていた。しかし、桜だけは知っていた。ジェシカの魔法が発動するのが速いと。そして、通常モードの戦闘速度ではジェシカを止められない事も知っていた。
(月読!戦闘モード!)
(畏まりました。汎用戦闘駆動機体ミリア戦闘モードに移行します)
その言葉で、桜の外見が機械然とした直線的な外見に代わり、腕や足は鎧に見える様なデザインになった。髪は肩口までの長さとなり硬化した。
桜はジェシカの魔法が発動する前に全速力の正拳突きを放った。その拳はジェシカの胸を貫いていた。
ミハエルは、その光景を見て絶叫した。
「ジェシカ~~~~!殺してやる!殺してやるぞ!機人ミリア~~~~~!」
叫び声と同時に身体強化の魔法を使い。桜に切りかかった。その速度は人間の限界を逸脱していた。しかし、戦闘訓練を受けた桜にとっては脅威ではなかった。ジェシカから拳を引き抜き、後ろに下がって躱した。
それを見たミハエルはさらに身体強化を行った。魔力が底をつき、これ以上強化出来ないぐらいまで身体能力が向上していた。その状態で大上段からの袈裟切りを放ったが、桜はこれも難なく躱した。
そして、ミハエルを気絶させようと鳩尾に正拳突きを放った。ミハエルはその拳を避けた。桜は困惑した。人間が避けれる攻撃を放ったつもりは無かったからだ。
ミハエルは血涙と鼻血を流し吐血していた。攻撃は当たっていないにも関わらず。彼は瀕死だった。
(月読。なんで彼はあんな状態になっているの?)
(彼は身体強化の為に自分の寿命を前借したのでしょう)
(それってどう言う事)
(端的に言えば、自爆特攻です)
(助ける事は出来ないの?)
(彼の命が尽きる前に気絶させることが出来れば何年かは生き延びるでしょう)
(分かった)
桜はもう一度、ミハエルを気絶させる為に、彼の先ほどの動きを計算に入れて殺さないギリギリの速度で正拳突きを放った。しかし、ミハエルはこれも躱してそのまま反撃の袈裟切りを放った。その一撃は、桜の体を斜めに切り裂いたように見えた。
しかし、ミハエルの剣が桜の体に触れると、甲高い金属音と共に折れた。そして、ミハエルは剣を振り下ろした姿勢のまま死んだ。
「どうして……。命を捨ててまで戦ったの?」
桜はミハエルの気持ちを理解することが出来なかった。




