16.嵌められた貴族
季節は移り変わり、冬から春になった。覇国の首都アバロンでは王家が主催する舞踏会が開かれていた。春の温かい日差しの中で着飾った貴族たちが親交を深めていた。舞踏会は王宮の中庭で行われ、春の花を観賞しつつ、音楽とダンスを楽しむと言った趣向だった。
舞踏会を前に、この舞踏会で覇国の存亡に関わる重大な発表がある事と所有している機人を必ず同行するように告知されていた。
参加者の中にミハエルと天使千百四番のジェシカも居た。舞踏会は和やかな雰囲気で進んでいた。一時間ばかりした頃、会場の中央に覇王が姿を現した。
覇王は四十代半ばの中年男性だった。王に相応しい立派な髭を蓄えた痩身のナイスミドルだった。王冠と赤いマントを羽織った彼は厳かに話し始める。
「諸君、これから話す事は覇国の存亡に関わる事。心して聞くように」
覇王の声に多くの貴族たちが耳を傾ける。
「救世の三姫ミリアが現れた」
その報告を聞いて、貴族たちはざわめき出した。
「救世の三姫だと?」「あの和人たちの妄想のか?」「いや、過去に失敗した機人だろ?」「なんで今更」「和国などとうに滅んだというのに」
そんなざわめきの中で、ミハエルとジェシカだけは、その事実を知っていた。そして、熾天使が敗れた事も聞いていた。
「熾天使を差し向けたが、勝利できなかった」
「なんだと?」「熾天使の力をもってしても敵わないのか?」「どうするんだ?」
そんな不安な貴族たちの声を聞いて、貴族の一人であろう黒い長髪の美男子が覇王の前に立った。
「恐れながら申し上げます。覇王様に質問をしても宜しいですか?」
彼は、歌うような美しい声で覇王に質問した。
「構わぬ。申せ」
「ありがたき幸せ。では、救世の三姫は最初から我らと敵対していたのでしょうか?」
「それは分からぬ。ただ、救世の三姫ミリアが現れたのは和国領のプラントFと呼ばれる場所だった。プラントFは年貢を納められなかったので強制徴収が行われる事になり、そこへ救世の三姫が現れ、強制徴収部隊を殲滅したと聞いておる」
この場に強制徴収が何なのか知らない貴族は居ない。ゆえに強制徴収が引き金となって敵対した可能性をみな認識していた。
「なるほど、まずい場面を見られましたね」
「その通りだ。その後、口封じの為に熾天使を差し向けたが撃退されてしまった」
「その後のミリアの動向は?」
「プラントEに村の生き残り一名と共に移住したと聞いておる。その後、こちらに敵対する様子はないようだ」
この報告を聞いて、誰もがプラントFでの虐殺がミリアとの敵対する理由になったと認識した。黒髪の美男子はそれを聞いてさらに覇王に質問をした。
「そうなるとプラントFの強制徴収を見られたことが残念でなりませんね。強制徴収の判断が不味かったという事はありませんか?」
その言葉を聞いてミハエルは顔面蒼白となった。なぜなら、判断自体は間違っていないが執行するタイミングに問題があったからだ。
「判断自体は間違っていない。覇国の基準に照らし合わせれば適正だったと言わざるを得ない。だが、判断自体が遅かったことは否めない」
その言葉を聞いて、貴族たちがざわめき出す。
「判断が遅かっただと?」「馬鹿な!覇国の貴族にあるまじき失態だ」「一体誰だ」
ミハエルは、虐殺の判断を躊躇した。和人に対して同情的だったとは言えないが、虐殺の指示は初めてだった。人間として当たり前の躊躇だった。
貴族たちの声を聞いて黒髪の美男子は続けて声を上げる。
「判断自体は適正だったのですね。ならば仕方ないですね。運が悪かったとしか言いようがない。それで、ミリアは放っておくのですか?」
「それはリスクが高いと言わざるを得ない。彼女を旗印に和人が反乱を起こした場合、多くの犠牲が出る事になる。可能ならば打倒するべきだが、問題がある」
「問題?」
「彼女の正確な戦闘能力の情報が不足している。と熾天使からの報告が上がっている」
「つまり?」
「我らが勝利するために機人の犠牲が必要となる」
「なるほど、戦闘データを収集するための生贄と言ったところですか」
「ありていに言えばそうだ」
覇王と黒髪の美男子のやり取りに貴族たちはざわめき立った。
「機人を犠牲にするだと?」「そんな貴族が居るものか」「だが、放置するわけにも行くまい」
その声を聞いて、覇王が続ける。
「機人を手放したくないと思う貴族の皆の思いは重々承知しおる。だが、覇国の安寧の為には必要な犠牲だ。どうか協力してくれまいか?」
覇王の要請に応える貴族は居ないかに思えた。ミハエルは俯いていた。直接非難された訳ではない。だが、自分の決断がもっと早ければ救世の三姫ミリアと敵対する事も無かったかもしれない。
ミハエルは葛藤していた。本来なら責任を取る為に自分が手を挙げるべきだと分かっていた。プライドの高い彼はそうしたいと思っていた。だが、ジェシカを死ぬと分かっている任務に送る事になるのだ。
彼にとってジェシカは母であり姉であった。だから、ミハエルは自分のプライドよりもジェシカの生存を優先させた。
しかし、ジェシカが手を挙げた。辛そうなミハエルを見て、ジェシカは自分が死ぬべきだと思った。
「おお、勇敢な機人に感謝を!」
手を挙げたジェシカを覇王は称賛した。そして拍手をした。その拍手をきっかけに会場はジェシカに対する賞賛の声で溢れた。
「千百四番どうして私の許可なく動いたのだ」
大歓声のさなかミハエルが小声でジェシカに問いただした。
「ミハエル様。ご自分の声に従ってください。今ここで立たねばミハエル様は一生後悔する事になります」
「だが、君は私にとって姉だ」
「そう、私は姉。でも、あなたには当主としての役目があるでしょう」
その言葉でミハエルは理解したが、同時に気づいてしまった。自分の理想の女性像が目の前のジェシカだと、そして機人と人間の間には子供が生まれようがない事も悟っていた。
だから、ジェシカの言いたいこと全てが分かってしまった。子供の産めない自分を生かして後悔するよりも、子供を産める覇人と結婚して後悔の無い人生を送れと言う姉のメッセージを理解してしまった。
それに対する答えをミハエルは一つしか思い浮かばなかった。
「では、君と一緒に死のう」
「なぜです?ミハエル様」
「君こそが私にとっての運命の相手だからだ」
「それはいけません。私は機人です。子供は産めません」
「良いのだ。子供など無くても、一緒に生きたいと思った相手が君だったのだ」
「家が滅んでしまいます」
「君と一緒に滅びるのならそれでいい」
「私は家宝者です。ミハエルさま。ですが、それは幻想です。私は貴方の姉でした。どうか家の存続の為に、見捨ててください」
「姉を大切に出来ない人間がどうして嫁を幸せに出来る」
「十分、大切にして頂きました。そして、その先の思いも理解しています。どうか、機械の完璧さを愛と勘違いしていただきたくないのです」
「どういう意味だ」
「私は機人です。人がどのように振舞て欲しいか理解しております。そして、その振舞を行う事に抵抗はありません。だからこそ、奥方となられる方は貴方にとって我がままに見えるでしょう。でも、違うのです。本当の運命の人と出会ったのなら、あなたはその方の欠点全てを許せると思えるのです」
「俺の思いが間違っていると言いたいのだな?」
「そうです。あなたはまだ運命の相手に出会っていない。だから、姉である私を運命の相手と勘違いしているのです。私は知っています。運命の相手に出会った人がどうなるのかを」
「父上の事を言っているのだな」
「はい。お父上だけではなく代々の当主皆さまがそうでした」
「残念ながら、俺はまだ出会っていない。だから、今この時点で俺の結論は変わらない」
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ」
「分かりました。それが、あなたの望みなら、私は従います」
「君が死の覚悟をするのなら、俺は一緒に死ぬことを選ぶ」
「機人として許される事ではないと思っています。でも、あなたがそれを望むのなら、私は従います」
ジェシカとミハエルは抱き合った。二人は幸福な時間を共有していた。




