14.月読の企み①
月読は村に戻った。村の周囲に敵の気配は無かった。だが、ミカエルがしていたように光学迷彩や音波の偽装、温度調節などでカムフラージュされていたら発見は困難だった。
だから、月読は静かに部屋に戻った。ルシフェルの言った事など無視して殺すこともできたが、村人を犠牲にすれば桜が疑問に思うだろう。なぜ、ルシフェルが約束を破ったのかと、そこから月読が体を乗っ取って動いたことを知られるのは不味かった。
月読はあくまでも桜をサポートする機能でなければならなかった。意思のある人間だと知られる訳にはいかなかった。それは、彼が守るべきルールだった。
部屋ではエナが待っていた。
「お帰り。お兄ちゃん」
「ただいま」
「悪いやつはやっつけた?」
「残念だけど倒せなかったよ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。でも、エナにお願いがある。明日、暇な時間が出来たら桜にこう言ってくれ『私、魔法が使いたい』ってね」
「魔法?」
「そう、魔法」
「それが使えると何か良いことがあるの?」
「君が機人と戦えるようになる」
「お姉ちゃんみたいに強くなれるの?」
「そうだよ。そして、エナが悪いやつをやっつけるんだ」
月読の言葉を聞いて、エナは嬉しくなった。両親も祖父母も覇国に殺された。そして、復讐する事も出来なかった。戦い方が分からなかった。でも、月読は戦う力をくれると言ったのだ。
「分かった。私、今度は逃げないで戦う」
エナは両親と祖父母の死を受け入れていた。でも、憎しみが無い訳ではなかった。仇を討ちたいと思う事もあった。でも、弱さゆえに戦う事よりも生きる事を優先させていた。笑って生きる事が母の願いだったからだ。
「でも、どうして桜お姉ちゃんに言うの?」
「僕が魔法を教えても良いんだけど、それだとこの体を勝手に動かしたことがバレちゃうからね」
「バレちゃまずいの?」
「桜に内緒でこの体を使っているからね」
「どうして内緒にしているの?」
「この体は桜の物でね。僕は桜にこの体を勝手に動かさないと約束してるんだ。だから、バレると怒られちゃうんだよ」
「分かった。内緒にするね。でも、その代わり私の願いを叶えて欲しい」
「なんだい?」
「絶対に死なないでずっと私と一緒に居て欲しい」
エナは泣きそうな顔で月読に願った。そして、月読はエナが何でそう言ったのかも理解した。エナは多くを失い過ぎた。
「分かった。約束する。救世の三姫ミリアの名に懸けて、僕は死なずに君の側に居るよ」
月読はエナが安心するように、エナが信じている希望の名を使って約束した。
「やっぱり、救世の三姫だったんだね」
「でも、みんなには秘密だよ」
「うん」
エナはとても嬉しそうに微笑んだ。そして、安心したのか大きなあくびをした。
「眠る前に一言だけ、明日もしかしたら僕がエナと話す事になるかもしれない。でも、その時、変な喋り方をすると思うけど、笑わないで欲しい」
「うん。分かった」
「おやすみ。エナ」
「おやすみ。お兄ちゃん」
エナは布団に入るとすぐに寝息を立てて眠った。月読はエナの横に桜が最初に眠りに入った姿勢で横になった。
月読は考えていた。これから起こるであろう事を……。ルシフェルの狙いは読めていた。そして、それをされた場合、桜は何の抵抗も出来ずに敗北する事も知っていた。
だからこそエナに希望を託すことにした。それが、どんな結末になるのか、その結果、何が起こりえるのか知ったうえで、彼はエナに希望を託した。その代わり、月読は誓った。何があろうともエナとの約束は絶対に果たすと……。




