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救世の三姫  作者: 絶華 望(たちばな のぞむ)


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13.月読

 食事が終わると桜とエナは二階の部屋に案内された。その部屋にはベットとクローゼットがあるだけの寝室だった。

 二人は服を脱ぎ布団に入って一緒に眠った。桜は本来なら眠る必要が無かったが、人間だった頃の習慣で眠ってしまった。それから、一時間ほどして桜が起き上がった。そして、服を着て部屋に一つだけある窓を静かに開けて飛び降りようとしていた。

「お姉ちゃん。どこ行くの?」

 桜が起き上がった事でエナが目を覚ました。

「ちょっと用事があってね。いい子だから大人しく寝ててね」

 そう言って桜は窓から飛び降りようとした。

「あなた誰?」

 エナは気づいてしまった。目の前の桜が桜ではないことに……。

「何言ってるんだい?僕は桜だよ」

「違う!見た目は一緒だけど、全然違う!お姉ちゃんはどこ?」

 エナは怖かった。桜が居なくなったと思った。目の前の桜ではない何者かが桜を乗っ取ってしまったと思った。

 桜ではない何かは、ゆっくりとエナに近づいてベットで半身を起こして震えているエナの手を取った。

「感が良い子だね。僕は月読。安心して桜は今眠っているよ」

「月読はお兄ちゃん?」

 そう言われて月読は驚いた表情を見せた。

「ちょっと違うけど、その認識で構わないよ。僕はこれから悪いやつを倒しに行くから良い子で待っていて」

「悪いやつ?」

「そう、君の村を襲う様に命令した奴を殺しに行くんだ」

「ちゃんと帰ってくる?」

「ああ、約束する。それに今しかないんだ。誰も死なせないで勝つためには桜が眠っている今しかないんだ。だから、行かせてくれ」

「分かった」

 エナは月読の言葉を信じた。そして、月読は窓から飛び降りて村の外に出た。向かうべき先は知っている。村から十分に離れて風の精霊を使い。全速力で闇の精霊が居る覇国の首都に向かった。

 彼が狙っているのはたった一人だった。そいつさえ倒せば勝利なのだ。だから、首都に着いた時、彼は闇の精霊を呼び戻し、自身に纏ってターゲットに近づいた。

 ターゲットは覇国の街の外れの方に居た。たった一人で街道を歩いていた。月読は闇の精霊で隠れたまま倒せる距離まで歩いて近づいた。

「これはこれは、桜殿。何しに来たのですかな?」

 月読が殺そうとしていたターゲットのルシフェルは振り返りもせずに月読の接近を言い当てた。

 月読は少し驚いたが気づかれた理由は分かった。地面はぬかるんでいて足跡が残っていたのだ。だが、不意打ちで倒せると考えて月食から月光を抜き放ちルシフェルを両断したかに思えたが、金属音が鳴り響き月読の攻撃は受け止められてしまった。

 攻撃したことにより闇の精霊が解除され月読が姿を現すと、月読とルシフェルの間にミカエルも姿を現した。

「本当に来るとは思わなかった」

 ミカエルが無表情のまま言った。

「だから、言っただろう?桜の言葉の意味をちゃんと理解していないから見落とすのだ」

 ルシフェルも無表情のまま答える。

「『説明が難しいけど、この体が勝手にやったとしか言えない』とはこういう意味か」

「そこから僕の存在を割り出したのか」

「彼女が正直で助かったよ。挨拶は必要かな?」

「不要だ。ルシフェルとミカエルだったな。お前達には今ここで死んでもらう」

「なるほど。では死ぬ前に確認だけさせてくれ君がミリアなのか?」

「いいや、この体に意思は無い。僕は月読だ。これで思い残すことも無いだろう?」

「もう一つ聞きたいのだが良いかね?」

「君の問いに答える必要性を感じない」

「まあ、待ってくれ。君の実力は知っている。こちらは四人がかりでも倒せなかった。君が本気で戦えば都市一つぐらい簡単に消せることも知っている。ハッキリ言って降参するしかないのだよ。だから、死ぬ前に疑問だけは解消しておきたいのだよ」

「良いだろう。何が知りたい?」

「君の目的はなんだ?桜と違うように見える」

「僕の目的か……」

 月読は目的を話す事を躊躇った。なぜなら、それを知らせるという事は自分の弱点を話す事に等しかったからだ。だが、月読は答える事にした。なぜならルシフェルとミカエルは、ここで死ぬのだから。

「僕の目的は桜を守る事だ」

「ありがとう。これで心置きなく死ねるよ。でも、良いのかな?ここで私を殺すとあの家の者達が全員死ぬことになるのだが?」

「嘘は良い。出かける前に周囲に敵が居ない事は確認してきた」

「気づかれるように刺客を置いておくと思うのかね?私は最初から君の存在に気づいていたんだぞ?さっきもミカエルを見つけられていなかったではないか」

 ルシフェルの言葉で月読は攻撃する事が出来なくなった。同時に目の前のルシフェルは戦闘能力は低いかもしれないが策略に長けていると痛感した。

「良いだろう。今回は君の勝ちだルシフェル。だが、約束は守ってもらうぞ。こちらが秘密を洩らさない限り手を出さないという約束はな」

 だからこそ月読は次の手を打つことに決めた。

「おいおい、約束を破った君に言われたくないな?」

「何を言っている。約束は秘密を洩らさない事だけだったはず。そちらを殺害しないというのは条件に入っていないだろう」

「これは、一本取られた。暗黙の了解で不戦協定を結んだつもりだったのだがな。明文化してサインでも貰えば良かったな」

「それをされて困るのはそちらだろう?」

 月読はルシフェルを睨んだ。そして、ルシフェルも月読を睨み返していた。

「いつか、きっとお前を殺す」

「何故だね?私は君達を殺さないと誓ったのに」

「僕は桜の様に甘くは無い」

「そうか、では私は君達との約束をちゃんと守る事で君の信頼も勝ち取るとしよう。ただし私も死にたくないのでね。保険は掛けさせてもらうよ」

 月読はルシフェルの言葉には答えずに月光を鞘に納めてエナの待つ村に飛び立った。


 月読が居なくなった後でミカエルがルシフェルに問いかけた。

「しかし、君は本当に凄いな。私に内緒で刺客を用意していたのか」

「何を言っているんだ?私の命令を聞く機人なんて居ないぞ?」

「では、さっきのは?」

「ハッタリだよ。だが、彼にはそれを確かめる術がない」

「本当に君が味方で良かった」

「それはこっちのセリフだ。あいつの実力は本物だった。君が居なければ殺されていたよ」

 二人の機人は笑い合う事も無く淡々と話し合っていた。

「計画に変更は?」

「ない。月読の存在も最初から計画に盛り込んである」

「月読と桜の目的が違うが、それも問題ないのか?」

「問題ない。人質を取った事で月読は退いた。つまり、桜に通じる手は月読にも通じる」

「なるほど、では我らの勝利に変わりは無いと」

「その通りだ」


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