12.家族
桜は交渉を終えて村に帰って来た。機人である事がバレないように歩いて村に入り、村長の家に向かった。
すでに夕方になっていた。村長の家に入ると、エナは暇そうに机に突っ伏していた。
「ただいま」
桜はエナに微笑みかけた。エナは桜を見て一気に笑顔になった。
「お姉ちゃんお帰り」
「村長さん達は?」
「まだ来てないよ」
「そっか、良かった。エナ、この村の人達には私が機人だって事とあの村であった事は秘密だよ」
「うん。分かってる」
それから桜とエナは雑談して村長が帰ってくるまで待っていた。
程なくして村長のカイが彼の家族を連れて戻って来た。カイは扉を開けてすぐに桜とエナに話しかけた。
「待たせてすまない。この時期冬に備えて何かと忙しくてな」
「いえいえ、こちらこそ突然押しかけてすみません」
桜とエナは椅子から立ち上がってカイを迎えた。
「いや、いいんだ。家族を亡くして辛かったろう」
そう言いながらカイが家に入ると続けて優しい雰囲気の中年女性が入って来た。
「本当にね。今から夕飯作るから待っててね。私は妻のレナです。よろしくねお嬢ちゃん達」
そう言ってレナは桜とエナをまとめて抱きしめた。桜とエナは驚いたが、優しい抱擁に身を任せた。
「ありがとうございます」
桜は自分の母親を思い出していた。死ぬ前に何度も抱きしめられた。自然と涙が溢れていた。対照的にエナは泣いていなかった。嬉しそうに笑っていた。
「辛かったね~。もう大丈夫だよ。美味しいもの作るからね」
そう言った後でレナは二人から離れて台所に向かった。レナの後で入って来たのは、純朴そうな青年だった。美男子とは言えないが不細工でもない普通の青年だった。
「息子のカイルです。よろしく」
カイルは桜を見て少し頬を赤らめていた。桜はカイルを誠実そうな人だと思った。
「お兄ちゃん。一目ぼれしたでしょ?」
カイルの後から入って来た少女がカイルをからかう様に言った。その少女は美少女とは言えないが可愛い印象の少女だった。
「余計なこと言うな」
カイルは少女をにらみながら言った。
「おお怖い。私はレミです。よろしくねお二人さん」
そう言ってレミは桜とエナにお辞儀した。桜はレミを見て嬉しくなった。同年代だと思われるレミと友達になれる予感があった。
「よろしくね。私は桜。レミって呼んでも良い?」
「いいよ。よろしくね桜さん」
「桜で良いよ」
桜はレミに近づいて手を取った。
「友達になってくれたら嬉しい」
「もちろん良いよ。あらためてよろしくね桜」
「ありがとう。レミ」
桜は自分の夢が叶っていく事が嬉しかった。
「さあ、桜はお客さんなんだから準備出来るまで休んでて」
「まって、これからお世話になるんだから私にも手伝わせて」
「だめよ。今日はお客さんなの。明日からはバリバリ働いてもらうんだから、今日は休んでて」
「分かった。じゃあ、明日から頑張る」
「エナちゃんも休んでてね」
「うん」
桜とエナは二人で食卓に座って待っていた。
「美味しそうな匂いだねお姉ちゃん」
桜にはエナの言う事が瞬時に理解できなかった。
「匂い?」
(先程からにおい物質を検出しております。画面に表示されているはずですが)
月読の言葉を受けて視界の端に並んでいる数値を見ると確かに『におい物質』の項目があり、何の匂いがどれぐらいの濃度で空気中に存在しているか表示されていた。
(これって、私は匂いを感じる事が出来ないって事?)
桜は衝撃を受けた。人間なら普通に感じるはずの匂いを数値化して表示している。そして、桜自身は匂いを感じていなかった。
(いえ、表示されています)
(違う!こんなの匂いじゃない!人間が感じる様には出来ないの?)
(サンプリングが出来れは再現は可能です)
(では、急いでやって)
(通常時間で一ヶ月かかりますが)
(体感時間速めるやつでチャチャっとやって)
(畏まりました。では、CPUのリミッターを解除しますのでご協力をお願いいたします)
(協力?)
(これから匂いのサンプルを作りますので感覚的に合っているか確認をお願いします)
(分かった。それで嗅覚が戻るなら協力する)
桜はそれから脳内で一ヶ月の間、匂いを嗅ぎ、合う合わないを月読に延々と伝えた。その甲斐あって、レナの作る料理の匂いを感じることが出来た。
「本当に美味しそうね」
桜は嬉しかった。しかし、気になる点が一つ。
(月読。この体って食事をしても大丈夫なの?)
(本来、食事をする機能は付いておりません。ですので、食事をしても魔力の吸引装置にゴミが貯まるだけなのですが、水の精霊で対処いたします)
(水の精霊?)
(本来は自己修復機能を強化する補助機能ですが、ナノマシンの塊なので体内に取り込んだ異物を分解しエネルギーに変換いたします)
(よく分からないけど任せた)
(畏まりました)
「さあ、出来たわよ」
そう言ってレナが持って来たのはシチューの鍋だった。
「これが母さんの得意料理、特製シチューよ」
レミは自慢げに桜とエナの前に皿を並べてパンを置いた。
「美味しそうだね。お姉ちゃん」
「そうね。とても美味しそう」
食事の準備が終わり、広いとは言えない食卓を六人で囲んで座った。カイが手を合わせると桜を除く四人が手を合わせた。
その情景を見て桜は懐かしく思った。そして、桜も手を合わせた。
『いただきます』
桜は目の前に置かれているスプーンを手に取り、皿に満たされているシチューをすくいあげ口に運んだ。
桜にとって長い闘病生活を終えてから初めての食事だった。闘病生活中は薬の副作用で美味しい食事などできなかった。だからこそ、口に運んだ後の衝撃は大きかった。
(月読。味覚を作るわよ!)
桜には嗅覚同様に味覚も無かったのだ。塩分濃度、百グラム当たりの糖分等が数値で分かったとしても健康管理にしか役に立たないのだ。
桜は嗅覚を手に入れた時と同様に味覚も手に入れた。
「本当に美味しい」
桜は心から美味しいと思った。
「本当に美味しいねお姉ちゃん」
エナも嬉しそうに言った。
「ありがとうお二人さん。作った甲斐があるよ。さあ、いっぱい食べてね」
桜は久しぶりに家族で食事する楽しさを味わった。




