感謝されたかった
僕は彼女のことが好きだったはずだ。
彼女が笑顔でいてくれるから、僕は今日も頑張ろうと思えた。
彼女がありがとう、って言ってくれるから、僕は笑顔になれた。
■
僕らには親がいなかった。
きっと僕らは必要のない子供だったんだろう。
だから僕らはスラムに置き去りにされたんだ。
僕はスラムの地獄を生き抜いた。
路地裏に生活スペースがあったから、そこで過ごした。
物を盗んで、店の人に見つかって逆さ吊りにされたこともあった。
彼女は幸いにしてそこにはいなかった。
人が死んでいて、それを憲兵に突き出せばお金が貰えることがあった。
そのお金で彼女のために服を買った。
労働を試みたこともあった。でも相手にされなかった。
僕は彼女のために頑張った。感謝されたかった。
彼女はいつも笑顔で、僕を見ていた。
○
ある日、僕はいつも通りに路地を出た。
彼女は僕を笑顔で見送ってくれた。
喧嘩をして、食料を確保して、戻ったんだ。
でも、そこに彼女はいなかった。
いつもなら笑顔で出迎えてくれていたのに。
彼女の仕事が終わっていないらしかった。
彼女は花売りをしていた。
嬉しそうに、今日はいつもより花が売れた、と報告してくることもあった。
しばらく待った。
でも日が暮れても彼女は帰ってこなかった。
探した。表通りも、城下町も、スラムも。
でも、見つけられなかった。
路地に戻っているかと淡い期待を抱いて戻ったが、無人だった。
疲れ果てて、探すのをやめた。
僕の人生の意味がわからなくなった。
僕の人生は彼女を中心に回っていたから。
ぼうっとして過ごした。
何もする気になれなかった。
何も食べずにいたからか、僕の体は動けなくなっていた。
ぼんやりと彼女との日々を思い返していた。
よくよく思い返してみると、彼女は僕をずっと利用していたんだ。
食料を確保するのは僕だけの仕事だったし、彼女は僕が用意したものを、ありがとうと言うだけで、なんの躊躇もなく全部食べていた。
僕なんて気にしていなかったように思えた。
ああ、思い返してみると、ロクデモナイ奴だったな。
でも。笑顔だけは綺麗だった。
ありがとう、と言いながら浮かべてくれた微笑は女神のようだった。
僕の人生は彼女によって操作されていたんだ、マリオネットみたく。
でも、僕の生きる意味をくれた彼女に感謝こそしても、恨むことはない。
何処かにいるかもしれない彼女に感謝を捧げる。