9.悪役令嬢に気付く
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ようやくたどり着いたゲルダ様の寝室に、フィーちゃんはずかずかと入っていく。
私よりもよっぽど詳しい。
宴会場のような広さの部屋だ。真ん中にドカンと天蓋付ベッドが置いてある。ベッドは常識的な大きさだ。眠るゲルダ様が普通サイズなのだから、当然だろう。
豪華絢爛な彫刻で飾られた暖炉があり、その周辺、壁際といくつもソファが置いてある。デザインは可愛らしい花と小鳥で統一されていた。
ゲルダ様は、恋する人に愛の詩を書いてしまうぐらい乙女チックなご令嬢なのだろう。
飾り棚の可愛らしいポットの蓋を開けると、フィーちゃんが「食べてもいいか?」と聞いてくる。
彼が手にしているのは少し大きいサイズの飴色のボールだ。
「食べ物なの?」
金平糖とか、飴玉の類だろうか。
「ハニー・キャンディーだ。余が遊びに行くと、必ずゲルダがくれた」
また蜂蜜か。このハニー・ジャンキーめ。
一応ゲルダ様の身代わりとして、寛容に「どうぞ」と答えると、待ちきれないように口に放り込む。
「ゲルダにもらった味がする」
当たり前だろう、ここはゲルダ様の部屋だ。
窓の外は既に夕方だった。
時間の経過を自覚すると、なんだかお腹が減ってくる。
「私にも一つ」
手を差し出すと、フィーちゃんは首を傾げる。
「よいのか?闇の魔力で煉ってある。いくらゲルダの身体といえど、人間が食えば腹を壊すかもしれんぞ」
「……やめます」
なんでそんな凶悪なものが、無造作に置いてあるのだ。
「これは余の母上のような味なのだ」
まさか自分の母親食べたことがあるのか?突然カニバリズム的な事を言い出したドラゴンに驚くと、彼は苦笑する。
「余の母上の魔力だ」
紛らわしい事を言わないでいただきたい。
相手はファンタジー生物ドラゴンなのだ。そういうこともあるのかと思ってしまったじゃないか。
「母を知らない余の為に、ゲルダが作ってくれたのだ。ゲルダの持つ、人間とも思えぬほど強く純粋な闇の魔力と、蜂蜜の濃厚な甘さ。とてもよくできている」
「ゲルダ様は、その。優しい、良い人だったんだ」
ふわふわと乙女チックなものが好きで。
ペットのドラゴン(二人の関係はそんな感じだろう)には、お菓子を自作してあげたり。
政争の類は苦手。グレータさんが嘆いていたものな。
「そうだな。優しい娘だ。強大すぎる魔力には似合わぬほど。だが、間抜けで弱い所があった。
それが、余のゲルダを追い詰めたのだろう」
ゲルダ様は、ゲームに出てきただろうか。
グレータ男爵姉弟のように、出てこないキャラだろうか。
主人公がシェリーであるとして。乙女ゲームなのだから、あまり女性キャラは出てこない。
当て馬救済枠とか、親友枠に女性キャラはいる。女性騎士ボルグヒルドとか、女性魔術師ロヴィーサとか。この二人はストーリー上シェリーとくっつかなかった攻略キャラに、あてがわるような構図なので、出てこないことも多い。
ゲルトルーデは、黒髪琥珀の瞳の美女なのだ。使うのは闇の魔力。
フィーちゃんは凶悪な闇龍フィアツハイブルグとして登場している。
そのお友達枠か?
幸せそうにハニー・キャンディーを頬張り、すっかり皮一枚美形であることを忘れているフィーちゃんを眺め、それから窓へ視線を外す。
真面目に考え込むのに、面白い顔をした美形は邪魔だ。
記憶にあるより窓枠が細かい。おそらくガラス板製造技術が低いのだろう。大きな一枚ガラスを嵌めているのではなく、何枚もの小さなガラスを嵌めているのだ。
覗き込んだ風景は、針葉樹林帯と、その奥に見える雄大な山脈。山が大変近い。アルプスの少女になった気分だ。
やはりここは、日本じゃないんだろうなぁ。
針葉樹林帯なんて、よっぽど北に行かなきゃないからな。近くに迫る森の様子を見ても、下生えが少ない寒い地域の植物群手だ。
視界の中をどこまでも続く庭園。人の手が入っていることは明らかだ。ぽくぽく馬が歩いていたり、牛やら羊やらが闊歩している。
珍しいファンタジー動物は見当たらない。ふれあい牧場にでも来たようだ。
めえめえ羊たちを牧羊犬が集めている。夕方だから獣舎に帰るのだろうか。
いやいや、思い出すのはゲルダ様の事。
元気少女シェリーの傍に、ゲルトルーデ嬢という美女はいただろうか。
懸命に記憶をさらって、ふ、と浮かび上がってきた。
「そうか。いたわ」
頭を抱えて呻く。
傍にいたというか、時々出てきたというか。
私の中で構築された、優し気で儚げな美女という枠にはいない。
陰鬱で抑揚のない話し方をする、ミステリアスな美女。容赦なく権力を行使して主人公の前に立ちはだかる。
声を当てていた声優さんは、実力派の色っぽい声で有名な人だ。主人公シェリーは新人さんが当てて、二人の対比もいい演技だったのだ。
ゲルトルーデ・ドゥケンハイム・グリーム公爵令嬢。
魔女王ゲルトルーデ。
本作の悪役令嬢、そしてラスボスに進化する最強の魔女だ。