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5.侍女再登場

読んでいただきありがとうございます。ブックマークしていただいた方もありがとうございます。とてもうれしいです。

王都に行こう、という決意を固めたところで、いいタイミングでグレータさんが戻って来た。

「おまたせいたしました、ゲルダ様」

ノックの後に入ってきたグレータさんは、ベッドの中で当然のように座っているフィーちゃんの姿を見つめると顔をしかめる。

「勝手に入ってはならぬと教えたでしょう。行儀の悪い闇龍よ」

面と向かっては邪龍と呼ばないらしい。

「余はゲルダの騎士。傍にいるのは当然だ」

逆らうドラゴン。

思い出さないと傍に寄れないらしいのに、偉そうだ。

人間の都合などどこ吹く風という態度に、グレータさんは忌々しそうに溜息を吐いた。

ゲルダの騎士なら、少しぐらい人間サイドに合せたらいいのに。

情報秘匿の為だろう、グレータさんは一人でお茶の準備を始める。蜂蜜入りの紅茶を淹れます、と宣言していた通り、たっぷり蜂蜜を入れてくれる。

甘そうだ。

カップに落とす量がちょっと多すぎじゃないのか?、と思ったのだが、ゲルダ様は甘党なのだろう。彼女の為に入れてくれるグレータさんを阻止できなかった。

色々と気を使っている私の隣で、全く気を使わないフィーちゃんは「余にも蜂蜜、蜂蜜!」と騒いでいた。威厳のなさから鑑みて、やはりポンポコ山の主なのだろう。

ティーカップの半分ぐらい蜂蜜を入れ、紅茶風蜂蜜を満足そうに飲んでいるオオトカゲは他所に置くとして、グレータさんは困ったように首を傾げた。

「お嬢様。お客様。どちらでお呼びしましょうか」

「私はどちらでも」

「この凶霊はゲルダの身代わりを務める。『お嬢様』のまま統一しろ」

意見を聞いた覚えはないのに口を挟むドラゴン。

言っていることは正しいので止めないが、なんだか釈然としない。あと、私の事を「凶霊」と呼ぶな。まだ死んでない。

「分かりました。『お嬢様』ですね」

「ただし、この凶霊は世界の境界外から来ている。貴族社会どころか、この世のすべてを分かっておらん」

いちいち正しい忠告をしてくる。

私がポンポコ山の主だと思っているのが気に食わないのだろうか。

蜂蜜を飲んでいるフィーちゃんを伺うと、皮一枚美形はニヤリと笑った。

「お任せください。わたくしが付いております、お客様」

「よろしくおねがいします」

ぺこりと頭を下げると、グレータさんは寂しそうに笑った。

貴族のお姫様が簡単に頭を下げないことは分かっている。

「お部屋を出た後は、僭越ながらわたくしが先導いたします。軽々に頭を下げることはなりません。

けれど今は。

お客様、どうかお嬢様の無念を晴らしてくださいませ」

「頑張ります」

大量虐殺はナシの方向で、と腹の内で付け加える。

ゲルダ様がこの世の終わり志望だと伝えると、グレータさんは「レッツトライ」って言い出しそうなんだよね。彼女からは、そう言う思い切りの良さを感じる。

「いずれグリーム公爵夫妻には真相を伝えねばならんな」

フィーちゃんは、ゲルダ様のご両親についてはっきりとそう言う。

かっこいい口調とは裏腹に、フィアツハイブルグは空のカップをゲルダさんに渡した。

無言のお代わり要求だったらしい。

私が見守る中、カップを受け取ったゲルダさんは、同じく無言のまま蜂蜜のツボと交換した。ティースプーンを添えている。もしかして、そのまま食べるの?オオトカゲの正体は、蜂蜜好きな黄色いクマのぬいぐるみなの?

戦慄する私の前で、出来る女と絶世の美青年は、阿吽の呼吸で紅茶に入れるという過程を省略していた。

「ご両親以外には伝えないんですか?」

ダイレクト蜂蜜食を見なかったことにして尋ねる。

「相手による。

今後の見通しとして最良の結果は、ゲルダの望みを確認し、それを叶え、ゲルダがもう一度身体に戻り そなたは自分の世界に帰る、だ」

美青年は、子供のように口の周りを蜂蜜でベタベタにしながら説明する。

グレータさんは無言のままナプキンで拭ってやっていた。

お母さんか。

「まず不可能だがな。

 一番現実的な結果は、ゲルダの望みを叶える、ゲルダは安心して次の世に旅立つ。契約完了して己の世界へ帰ったそなたも、肉体が滅びていてあの世に旅立つ」

「……」

肉体が火葬される前に帰りますけどね。

私の熱い決意は口には出さない。私がこの世界を知らないように、私の世界を知らないドラゴンに何を言っても無駄だろう。

私の視線に気付いているのか居ないのか、はたまた蜂蜜に夢中なのか、フィーちゃんは蜂蜜をぺろぺろとしながら続ける。

「現実的な過程をたどると、最終的にグリーム公爵令嬢は十五の若さで死ぬこととなる。

公爵は継嗣をギルベルトの小僧に切り替える算段をせねばならん。

グリーム公爵家には母上の時代から世話になった。早めに真実は伝えておくべきだろう」

アルトゥールもアガーテも悲しむだろう、とフィーちゃんが呟く。

「公爵令嬢が、凶霊召喚を行ったというのは外聞が悪い。故に秘匿されねばならぬ」

これもまた、まともな発言だ。

随分と世事に詳しいドラゴンだな。

「承知しました。闇龍よ。では、わたくしの弟イデオンには黙っておきましょう。

あの子に腹芸が出来るとは思えません」

できないのか、男爵。次期当主じゃなくて現役なのにできなくて大丈夫か。

私の想いが顔に出たのだろう「まだまだ子供で」とグレータさん。

ゲルダ様の乳兄弟なら、たぶん同じ年なんだろう。十五歳は子供だから、良いんだけど、男爵家当主が子供でいいのか。

「グリーム公爵様が後見してくださっているので、我が家は安泰です」

と説明が続いた。

「そのイデオンが王都から戻ってきているのです。

学園が半壊したとか、お嬢様が投獄されるとか」

「は?」

お嬢様って、ゲルダ様で、それは私だよね?

その情報大事。ドラゴンに蜂蜜で餌付けしている場合じゃないぐらい大事だよ。

「とても本当の事とも思えず。あの子はいつもドジで早とちりが多いので」

話半分に聞き流したという風情のグレータさん。

「いや、学園が半壊したのは間違いない。実行犯はゲルダだ」

「まぁ」

しれ、と蜂蜜中毒ドラゴンが応えたので、流石にグレータさんは目を見開いた。

「では、錯乱したお嬢魔が聖剣の乙女を害し、ライオネル殿下もろとも殺害を目論んだと?」

 聖剣の乙女ってビームサーベル少女の事かな?

 あの時の派手なこの世の終わり演出から考えると、学園半壊は正しいかもしれないが、暴力行為に及んだのは金髪美少女の方だよ。ゲルダ様は正当防衛でしょう。

王子様の方には手を出してないよ。

「そうなのか?」

とフィーちゃん。

彼も慌ててポンポコ山から飛んできただけで、どういう経緯で絶望したのか知らないんだよな。

「ゲルダ様も私も、手は出してない。本当に」

ビームサーベルこと聖剣は弾き飛ばしたけど。

刺されたら痛いじゃすまなさそうだったよ、あれ。

「イデオンの話ですと、王族への反逆、聖剣の乙女への加害行為のため、お嬢様は神殿に囚われる恐れがあると」

「……」

さて。どうしたものか。

脂汗が滲んでくる。

記憶は思い出せないが、私は警察のお世話になったことはない。たぶん。犯罪者にされるよ、と言われただけで心臓が縮み上がる。

法治国家日本だって、冤罪は発生する。

このふんわり中世風の世界で、どれぐらい公権力は公平性と正当性を確保しているんだろう。

司法は神殿が握っているのか?政権と宗教はちゃんと分離しているのか?神殿と王家は同じなのか違うのか。

心配になってきた。

真実がどこにあるとしても、犯罪者に仕立て上げられる可能性は十分にあるだろう。

筆頭公爵令嬢だったら大丈夫なのか?むしろ、権力者だからこそ、潰し合いをしているからダメなのか?

「困りましたね。旦那様はこの時期王都にいらっしゃいます。王都で旦那様が解決なさってくださるとは思うのですが……」

焦る私の顔色を見て、グレータさんも思案顔だ。

「ひとまず、お客様。お嬢様としてイデオンに会ってくださいませ。お話なさる必要はございませんが、伝聞での情報ばかりですと正確さに欠けます。

イデオンはわたくしが誤魔化します」

頼りなるグレータさん。

しかし、その提案は弟男爵を蔑ろにし過ぎじゃないだろうか。

「余も同席しよう」

蜂蜜を一壺食べきったフィーちゃんは、凛々しくそう宣言した。

全く頼りになる気がしなかった。

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